学校見学 その3
部長からヘッドギアを手渡されると、凛がアルコールスプレーを吹きかけた。
更に結菜が、消臭スプレーを吹きかける。
部長がその様子を何か言いた気に見ていると、エースさんが話しかけてきた。
「君、ハンデはどうする?」
「?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「ウチのエースは去年の高校eスポーツ大会で全国ベスト8まで残った猛者だよ」
部長が補足すると、エースさんが得意気に俺を見た。
「そうなんですか?ハンデは要りません。大会ルール通り、お互いレベル50で良いですよ」
「!」
「そ、そうか。凄い自信だね」
大会ルールとは、対戦者同士が同じ条件で戦う為のルールだ。
実際のゲームではプレイヤーのレベルは、バラバラである。
レベル30のプレイヤーとレベル80のプレイヤーが戦えば、後者が間違いなく勝つだろう。
このような有利不利が無いように、大会では選手のレベルを統一する。
その他、ユニークウェポンやユニークスキルも使えない。
プレイヤーズメイドの武器の使用も通常は禁止されている。
練習試合やエキシビジョンでは、対戦者同士のスキルに大きな差がある場合、ハンデとして、強者のレベルを下げる事がある。
エースさんは、そのハンデを提案して来た訳だ。
俺がヘッドギアを弄んでいると、エースさんが凄い形相でこっちを睨んでくる。
女の子を4人も連れてるのが気に入らないのか。
ハンデを断られて、プライドを傷付けられたのか。
やたらと好戦的な表情をしてる。
この手の相手って、簡単にカウンターが決まるんだよな。
もうちょっと煽っておくか?
「宜しければ、ハンデを差し上げますが」
部長が驚いた顔をしている。
エースさんは、更に凄い形相になった。
「こちらもハンデは要らないよ」
エースさんに代わって、部長が答えてくれた。
「始めて良いかな?」
「はい、お願いします」
俺はゲストプレイヤーとしてログインし、デフォルトで用意されているアバターから、適当なモノを選んだ。
TGOとは少し違うが、VRの格闘はどのゲームも大差ない。
武器は両手剣、パラメーターはAGIに極振り。
準備OKだ。
「準備できました〜」
バトルフィールドから上空に向かって、話しかけた。
部長の耳に届いただろう。
フィールドには俺とエースさんだけ。
目の前でカウントダウンが始まる。
10、9、8、………、2、1、0
「りゃぁぁぁあああ」
予想通り、カウント0と同時にエースさんが突っ込んで来た。
「遅い!」
俺はエースさんの胴を薙ぎ払い、横をすり抜ける。
派手なダメージエフェクトが散った。
クリティカルが入った。
「背中の傷は剣士の恥ですよ」
エースさんの背後から、袈裟斬りに剣を振り下ろす。
再びクリティカルが入った。
そのまま逆袈裟に切り上げた所で、エースさんのHPが0になった。
「「「「「おおぉぉぉおお」」」」」
音声が
「ルイィィ、格好良い!」
「ルイちゃん、素敵!」
「ルイっち、凄ぉい!」
3人も喜んでる。
「流生、少しくらい手加減しなさい!」
ありゃ、凛に怒られた。
でも、それは聞こえるように言っちゃダメなヤツだよ。
それとも態とか?
まだ、アバターの無断使用を怒ってるのか?
「二本目やりますか?」
上空に向かって、再び話しかけた。
「いや、止めておこう。これ以上やったら、ウチのエースが使い物にならなくなる」
部長さんが、ギブアップを宣言した。
項垂れているエースさんを残して、俺はログアウトした。
ヘッドギアを外し、部長に手渡す。
「君は何者なんだ?」
「来年、ここに入学する予定の中学生ですよ」
「ハハハ、ゲームも凄い自信だったけど、受験も落ちる心配はしてないのか?」
部長が呆れ気味に言った。
「流生は、女子校以外なら何処でも受かるって言ってるわ」
凛が自慢するように割り込んで来た。
「ルイちゃんなら、特待生枠1位で鉄板だよ」
「ルイだからな〜」
「ルイっちだもんね〜」
結菜達も、俺の特待生での合格を信じて疑わない。
「それじゃあ、入学したらウチの部に入らないか?僕は君と入れ違いで卒業だけどね」
予想した反応だった。
「すいません。部活に入る予定はありませんので」
「そうか、残念だ。サッカー部のバカの所為で、一度断られたら即撤収がルールだっけか?諦めるしかないな」
「それでは、俺達はこれで」
部長に挨拶をして、eスポーツ部のブースを後にした。
スマホで確認すると、既にお昼近くなっている。
「そろそろ、昼メシにしませんか?」
「…ルイちゃん、言葉使い」
「あ、昼メシにしよう」
「ルイ、次から罰ゲームにするよ」
「気を付けま…、気を付ける」
「「……」」
亜里沙と結菜が無言でプレッシャーをかけてくる。
「ユナっちもリサポンもその位にしておきなよ、ルイっちが困ってるよ」
「そうだよ。流生も慣れるまで時間がかかるって」
陽葵と凛がフォローしてくれた。
「ルイちゃん、早く慣れてね」
「善処する」
「それじゃ、ルイの手作り弁当食べよう」
4人に連れられて中庭に出ると、先客が沢山いた。
模擬店で買った、定番の焼きそばやお好み焼きのパックを持っている人が多い。
俺達のように弁当を持参している人も見受けられる。
カップルが全体の1割くらいで、男女混成のグループがその倍くらいか?
あの中には、複数人での恋人関係のグループもあるんだろうな。
後は男同士、女同士で固まっている。
「ハーレムはルイちゃんだけだね」
「…ハーレムって、結菜」
結菜に揶揄われながら、ランチの準備をする。
芝生の上にレジャーシートを広げて、折り畳み式のゲルクッションを4人に手渡した。
「ルイっち、こんな物まで用意してくれたの?」
「本当にクラスの
「また流生は、そういう事をサラッと…」
凛が何か言いかけて止めた。
5人で弁当を囲むように輪になって座った。
俺の右側には結菜が、左側には陽葵がいる。
「あれ?リンコが怒らない」
「別に良いわよこれくらい。私はいつも流生と一緒にいるんだから」
凛が俺の隣を主張しないと、3人が不思議そうな顔をした。
「リンちゃんから凄い余裕が感じられる。これが正妻の貫禄…」
「何バカな事言ってるの、早く食べよう」
結菜が揶揄い、凛がそれを躱す。
その横で亜里沙と陽葵が弁当を広げ始めた。
「うわ、美味しそう。流石ルイ、期待を裏切らないね」
「いつも、リンコのお弁当羨ましかったんだよね」
アスパラやエノキの肉巻き、ミニハンバーグ、海老フライ、粗挽きソーセージ、だし巻き玉子、ほうれん草のお浸し、茹でたブロッコリー、ミニトマト。
お握りはミニサイズで、梅、鮭、明太子、おかか、昆布。
弁当は何の捻りもない定番の物ばかりだったが、思いの外好評だった。
「ルイっちは、お弁当作ってくれたんだから、権利があるんだよ」
何の権利かと思ったら、陽葵が箸で俺の口元に卵焼きを差し出して来た。
「あ〜ん」で食べさせて貰う権利だったらしい。
陽葵達のこの手の悪戯は、俺も凛も慣れてしまった。
周りの視線が集まっていたが、気にせず口を開けた。
「随分楽しそうね。私も一緒して良いかしら?」
卵焼きを口に入れたところで、やたらと綺麗なお姉さんに声を掛けられた。
「!」
「「「「あ、先生」」」」
俺の驚きと4人の反応は全く別だった。
「…この人、この学校の先生なの?!」
「そうよルイ君、今年からだけどね」
答えは凛達からではなく、本人から帰って来た。
「…何で先生が流生の名前知ってるの?」
凛が不思議そうに俺と先生を見る。
他の3人も戸惑っている。
先生は悪戯っぽく俺に視線を送っているだけで、何も言わない。
「凛は知らなくて当然か?」
「何の事よ?」
「この先生が誰かって事」
「英語の長瀬先生でしょ。流生の方こそ何で知ってるのよ」
先生の方に目をやるとクスクス笑っている。
「美玖さん、言っちゃって良いんですか?」
「えっ?!私とルイ君の関係バラしちゃうの?」
「「「「!」」」」
何を考えたのか、4人が硬直した。
「流生、バラしちゃマズい先生との関係って、どういう事?」
「凛、全然違う事考えてるだろう。美玖さんも悪戯は終わりにして下さいよ」
「ふふふ、ごめんね。カリンちゃんの反応が面白くて」
「…な、何で私のHN知ってるんですか?!」
HNで呼ばれて、凛が驚いた。
「この人、『ノナ』さんだよ」
「え!?ノナさんって…TGOのβにいたノナさん?」
「そう、MMOより格ゲーでの方が有名だけど」
「アバターと全然違うし、分かるわけないよ。流生は何で分かったの?」
確かにノナさんのアバターは、女子高生くらいの女の子だ。
可愛い系のビジュアルで、
「去年の世界大会の予選で闘った。ベスト32からはオフラインだったから、リアルで会った事があるんだ。HNもアバターも今と違ったから、最初にTGOで会った時は分からなかったけど」
「ルイ君の方は、あっという間に十兵衛だって知れ渡っちゃったからね。私の方から挨拶したの」
「先生って、そんなに強いの?」
「格ゲーで有名って言ったろ。俺も予選で1本取られたの、美玖さんだけだよ」
「…ふぅん、1回会っただけで覚えてたんだ?先生、凄い美人だもんね」
ちょっと凛が不機嫌になった。
確かに男なら、こんな綺麗な人は1度見たら忘れないだろう。
しかも、結菜でさえ子供っぽく見える程のスタイルだ。
数値的には大差ないんだろうけど、着ている服や着こなしの所為なのか?
兎に角、胸とか括れとかがヤバい。
綺麗なシルエットが浮かぶタイトスカートは、もっとヤバい。
(ここの男子生徒は大丈夫なのか?股間を押さえて授業受けてるんじゃねぇか?)
「あ、美玖さん、立たせたままでスイマセン。取り敢えず座って下さい」
俺の座ってたゲルクッションを手渡した。
「有難う、お邪魔するわ」
美玖さんがクッションを置いて、その上に座った。
彼女は腰を下ろすと、いきなり本題に入った。
「実はルイ君にお願いがあって待ってたの?」
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