学校見学 その1

結菜さん達の宿題騒動から、3週間が経った。

今のところ、積極的に何かをしてくる事はない。


彼女達は、無事TGOの第2期βに当選した。

これは、運営が頑張った結果だろう。


第2期βのテスターの人数は、当初の予定の3倍となった。

第1期βから参加した3000人の他、新たに27000人以上がテスターとなった。

その結果、国内の女性プレイヤーの競争率は1.2倍とハズレる方が難しい状況になった。


元々VRMMOは、男性プレイヤーの方が圧倒的に多い。

テスターを募集すれば、男性の応募の方が多くなってしまうのは当然だ。

運営としては女性のテスターが欲しい為、応募枠を分けた事も大きな原因だろう。



βテスターの抽選にも当選した上、凛からも頼まれ、俺は3人の家庭教師を引き受ける事にした。

結菜さんは比較的近所に住んでいたが、他の2人は頻繁に集まるにはちょっと遠かった。

そこでTGOが始まるまでの間、俺達は大手予備校の自習室を使う事にした。


勿論、VRに作られたインスタンスエリアだ。

条件にもよるが、大学生と中高生の組み合わせや、プロの家庭教師が使う場合は有料となる。

中高生だけの組合せだと、無条件で無料だ。

使用者がグループごと、その予備校の生徒になるケースが多いからだ。


放課後は4人の内何人かが、必ずここで勉強している。

俺も勉強する時は、なるべくここに行くようにしている。


勉強を教えるようになって改めて感じたが、やはり凛を除く3人も桐高に受かっただけの事はある。

地頭が良く、十分Aクラスを狙える資質があった。


桐高のクラス構成は全学年共通で、Aクラスが特待生5人を含む20人。

全学年共通とは言っても、3年生になると選択科目が多くなり、クラスという物の意味が薄れては来る。


特待生は定期テストで、2回連続で6位以下になると陥落。

21位以下になると、1発でアウトだ。


以下B〜Gクラスがあり、こちらは1クラス40人いる。

原則として年度の途中では、B以下のクラス同士での順位による生徒のクラス移動はない。


しかし、Aクラスは別だ。

B以下のクラスから上位20位に入る生徒が出れば、その生徒がAクラスに上がり、21以下になったAクラスの生徒はBクラスに陥落する。


仮にCクラスの生徒がAクラスに上がれば、Bクラスに陥落した生徒に押し出され、Bクラスの最下位の生徒がCクラスに落ちる。


基本的には、Bクラスの上位とAクラスの下位がチョコチョコ入れ替わるだけで、Cクラス以下の生徒の移動は年に1度もないらしい。


現在凛達4人はCクラスの10位前後だから、260人中の70位前後で学年全体で上の下といった所だ。

俺は、この4人をAクラスに上げようとしている。


今日から文化祭で、その準備で忙しかったが、みっちりと中学校の復習をやってもらった。

今日からは1学期の復習を予定しており、10月に入ったら、中間試験の対策を始める。


出来れば、10月の中間試験で凛と結菜さんをAクラスに上げ、12月の期末試験で陽葵さんと亜里沙さんをAクラス入りさせたい。

実現すれば、桐高が成績順クラス制度を導入して以来、初めての大下克上だ。



そんな事を考えてながら歩いていると、桐高の校門が見えて来た。

俺は今日、桐高の文化祭に呼ばれている。

駅に着いた時、凛にメッセージを送っておいたら、結菜さん達3人も一緒に出迎えてくれた。


「流生〜、こっちだよ」

「ルイ、遅いよ」

「アリサちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ」

「そうだよ、ルイっち、お弁当作って来てくれたんだよ」

「マジで?ルイの手作り弁当?」


昨夜は亜里沙さんだけ、俺と勉強する時間が合わなかった。

凛のOKが出たので、文化祭では凛と一緒に4人で俺を案内すると言っていた。

当日の時間を空ける為、前日の準備に参加しているらしい。


自習室からの帰り際に、陽葵さんと結菜さんに学校を案内して貰うお礼は何が良いかと尋ねると、弁当をリクエストされた。

材料費の他にお礼もするからと、申し訳なさそうに頼む2人に吹き出してしまった。

俺がお礼をすると言ってるのに、彼女達がそのお礼をしたのでは本末転倒だ。


5人分の弁当の入ったバッグを担いで、俺は4人組と合流した。

俺以外にも、来年ここを受験しようとしている中学生がチラホラ見える。

近隣の中学校の制服を来た生徒が、桐高生に案内されている。


俺は私服で来てしまったので、かなり浮いた感じになっていた。

七部袖のカットソーにデニムのパンツとラフな格好だ。


グループの生徒のバランスも変だ。

目に付く限り、どのグループも中学生1〜2人に対して、案内役の桐高生が1人だ。

しかも、殆どが同性の先輩後輩の組合せだ。


俺の所は、男子中学生1人に案内の女子生徒が4人も付いている。

しかも凛は言うに及ばず、他の3人も可愛い。


髪の毛を染めてる中学生も俺だけだ。

思い切り悪目立ちしている。


「流生、校内案内してあげる」

「ルイちゃん、行こう」


凛と結菜さんに引っ張られ、校舎の中に入って行く。

陽葵さんと亜里沙さんが、後を付いてくる。

学校の設立は50年以上前と聞いていたが、建物は新しい。


「新校舎は3年前に完成したばかりだからね」

「ここには各学年のA〜Cクラスの教室と教職員の居室があるの。冷暖房完備で快適だよ。ルイちゃんは、特待生枠確定だろうから、こっちの校舎だよ」


結菜さんの特待生枠確定の言葉に、見学に来ている他の中学生の視線が集まった。

中には睨んで来るものもいる。

絡んで来る訳ではないのでスルーだ。


「ルイは始業式の日、リンに付き纏ってたヤツ覚えてる?」

「ええ、サッカー部のヤツでしたっけ?」

「そうそう、木元って言うんだけど、アイツこっちの校舎、出禁になったんだよ。特例でクラスも年度の途中でGに降格した。ルイっちが何かしたの?」


そう言えば親父の名前使って、学校に抗議の文書送ったな。

勿論、親父の許可も取ったし、自書で署名も貰った。

文面は俺が考えたんだけど。

なんて書いたっけ?


凛が何回断っても執拗くサッカー部のマネージャーに勧誘されてるとか。

断っても執拗く、交際を迫られてるとか。

付き纏われて身の危険を感じるとか。

自宅まで付いて来ようとしたとか。

そんな事を書いた気がする。


学校が事実確認して適切に対処しなければ、法的措置を取るとか、警察に被害届を出すって書いたんだっけ?

弁護士に確認して貰って、内容証明で送ったな。

4人にその話をすると、直ぐに納得したようだ。


「そうだったんだ。ルイちゃんのお陰で、男子運動部は女子マネの勧誘が禁止になったんだよ」


結菜さんは何故か嬉しそうだ。

この人、ちょっと地味だけどスタイル凄いし、顔も可愛いもんな。

凛みたいに執拗く誘われた事があったのかな?


「マジですか?」

「マジだよ。女子マネを勧誘したら廃部だって。木元の件は規則が出来る前だったから廃部は逃れたけど、サッカー部は1年間活動停止になってるよ。このまま潰れるんじゃないかって噂だよ」

「ウチは部活に力入れてないからね。女子マネ勧誘がトラブルに繋がるなら、それ自体を禁止するって事みたいね。女子マネの話だけじゃなくて、今後は他の部も部員の執拗い勧誘は厳罰らしいよ」


亜里沙さんも体育会系嫌いだって言ってたもんな。

多少なりとも溜飲を下げたのかな。


「ルイっちは、部活入らないよね?」

「全く選択肢に有りません」

「だよね〜。桐高で部活入ってる生徒は、全体の3割もいないよ。部費だって予算に組み込まれてない。やりたければ、他の学校に行くか自腹でやれって事なの。部活やってるから忙しいとか、部活を理由に人に仕事を押し付けるような連中が嫌で、桐高を選ぶ生徒って沢山いるんだよ。そういう生徒にとってマネージャーなんて、タダ働き以外の何物でもないんだよ。断っても何度も勧誘するなんて、とんでもない迷惑行為だよ。そんな事する部は、この学校じゃ廃部になって当然なの」


陽葵さんも、部活(特に体育会系)が相当嫌いみたいだ。

部活の盛んな学校の関係者や、訳知り顔の有識者と呼ばれる連中などは、今回の判断を批難するだろう。

しかし、俺はこの判断を100%支持する。

部活をやりたければ他の学校に行けとか、清々し過ぎるだろ。


「良い学校ですね」

「因みに木元本人は、意図的にリンコの半径30m以内に近付いたり、偶発的に近づいた場合も、離れるのを拒否したら即退学らしいよ」

「それは学校から文書で説明がありましたよ。口頭じゃなくて文書で下さいってお願いしたのは、こっちなんですけどね。学校がヤツの行為を付き纏いストーキングと認めた書面は重要ですからね」

「その辺、ルイはしっかりしてるよね。でも、学校もそんな面倒な事しないで、サクッと退学にしちゃえばよかったのに」

「いや、これはこれで妙手ですよ。退学になって自棄を起こされるよりも、退学をチラつかせて行動を制限した方が、凛の安全が確保できます。裁判所の接近禁止命令と比べたら緩い気はしますけど、裁判所の命令より効力の期間が長いですからね。これでヤツも自分から凛を避けるでしょうし、手元に置いて監視出来るのもメリットが大きいですね。来年には俺もこの学校に来ますから、それまでの対策としては十分ですよ」

「本当に流生は頼りになるね」


凛が腕にギュッと抱きついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る