新学期 前編

いつもと同じように、カーテンの隙間から差し込む陽射しで目が覚めた。

いつもと違うのは、ここが自分の部屋で、私も流生も生まれたままの姿だと言う事だ。

夕べ私と流生は、グチャグチャになった流生のベッドを放棄した。


(本当にしちゃったんだ…)


『夏休みに初体験』なんて有りがちな話だけど、まさか自分がこんな事になるなんて、休み前には想像もしてなかった。


後悔もしてないし、とても幸せだった。

痛くなかったと言えば嘘になるけど、思った以上に流生は優しかった。


寝付くまでずっと、私の話に付き合ってくれた。

学校が始まると流生と過ごす時間が減っちゃうのが淋しいって言ったら、毎朝駅まで送ってくれる事になった。

駅と流生の中学校は反対方向だ。

駅に寄ってから学校に行くと、直接行く倍以上の距離がる。


「ゲームばかりやってると、運動不足になるからね。何なら帰りも迎えに行こうか?」


流生は笑顔で言ってくれるが、嘘だって事くらい私にも分かっている。

流生は運動不足にならないように、ちゃんと気を付けている。

離れのホームジムで、流生がトレーニングしてる姿を私は何度も見た。


でも流生が迎えに来てくれるっ言うんなら、遠慮する気はない。

ウィンディも『彼氏さんに遠慮なく甘えて良いんですよ。彼氏さんだって、カリンちゃんに甘えて貰えると嬉しいんですから』ってアドバイスしてくれた。

帰りの待ち合わせ場所は、駅前のファーストフードに決まった。


そして迎えた新学期初日、私は流生と腕を組んで駅に向かった。

正確には股に違和感があり、流生にしがみ付いて駅まで歩いた。


学校に着くと直ぐに始業式が始まった。

始業式とは言っても、席に着いてモニターに映し出された校長先生の話を聞くだけだ。

この学校にしては、こんな非効率な事をするのは珍しい。

流生がよく言う、様式美というヤツなのだろう。


退屈な始業式が終わると、HRが始まるまで各自が思い思いの行動を取る。

殆どのクラスメイトは、仲の良い友達と固まって夏休みの話をしている。

例に漏れず、私の席にもクラスメイトが1人近付いて来た。


「リンコ、髪切っちゃったの?それにその色…、お母さんの再婚に反抗?!」

「違うから…」


話し掛けてきたのは、小学校から一緒の須川スガワ 陽葵ヒマリだった。

家が近所で、子供の頃から仲が良かった。

所謂、幼馴染みだ。

人に愛称を付けるの癖があり、昔から私をリンコと呼んでいる。


「ゲームのアバター作ってる時、このカラー気に入っちゃって染めてみたの。私の髪、元々色が薄かったから、ブリーチなしでも結構ガッツリ染まっちゃった」

「ウチの学校、染めるの禁止じゃないけど、派手過ぎない?流石に言われるかもよ」


本当はこの色を気に入ったのは流生なんだけど。


「そう言えば、リンコは宿題終わった?」


やっぱり、そう来たか。

去年までは毎年、陽葵と一緒に夏休みの宿題をやっていた。


高校生になって初めての夏休み、宿題の質と量に私達は絶望した。

校則は緩々でも、ここがガチの進学校だと改めて思い知らされた。

だけど、私には流生という救世主が現れた。


「バッチリ」

「嘘っ!マジで?あれ全部出来たの?」

「うん、楽勝だった(流生が)」


陽葵は驚いた顔をした後、縋るように言ってきた。


「今日、リンコの家に行って良い?まだ一度も新しい家に行ってないし…、宿題見せて、お願い!」


ああ、やっぱりこうなったか?

本当は流生とイチャイチャしたかった。

だけど夏休み中、一度も陽葵とは会ってなかったし仕方ないか?


「ヒマリッ!1人だけズルいよ」

「そうだよ。私も良いでしょ?浅沼さん、助けて」


私と陽葵の話を聞いて、更に2人クラスメイトが私の席に集まった。

鈴木スズキ 亜里沙アリサ後藤ゴトウ 結菜ユイナの2人だ。


陽葵と同じく、私はこの2人とも仲が良い。

1学期は、毎日のように4人でお昼を食べた。

授業などで班を作る時も、いつも4人一緒だった。


正直なところ、あまり流生と他の女の子を会わせたくない。

特に亜里沙は、危ない気がする。

私は亜里沙と結菜の会話を思い出した。



「アリサちゃん、モテるのになんで彼氏作らないの?」

「リンだって、彼氏作ってないじゃん」

「浅沼さんはねぇ、言い寄ってくるのがオラオラ系とウェイ系ばっかりだもんね。本人も嫌いなタイプだってハッキリ言ってるし」

「私も同じだよ。子供っぽい男子ばっかりで嫌になるよ」

「年上が良いの?」

「中身よ中身。年下だって、しっかりしてれば有りかな。いや、寧ろ頼りになる可愛い年下の方が良いまである」

「アハハハ、そんな子いる訳ないって」



うん、この娘ヤバい。

流生、完全にドストライクだ。

上手く断れないか考えていると、招かざる者も近付いて来た。


「浅沼、俺も良いか?」


私は、これ以上はない嫌な顔をしたと思う。


「お断りよ!女の子の集まりに混ざろうなんて何考えてるの?」

「じゃあ、サッカー部のマネージャーの話、考えてくれた?」

「それも何回も断ってるでしょ」


確か、元木モトキ…なんて言ったっけ?

1学期に執念しつこく、サッカー部のマネージャーに誘って来た男子だ。


「そんなこと言うなよ。1年でレギュラーになったの俺だけなんだ。俺と付き合えば、自慢出来るって」

「あんたバカなの?自分がとっくに振られてるのも分かんないの?タイプじゃないって何回言えば分かるの?サッカーの上手い下手なんて、私は興味ないの。しかも、この学校って部活に力入れてないでしょ。そんな事自慢したかったら、サッカーの名門校にでも行けば?そこでもレギュラーになれるならね。なれてもなれなくても、私にはどうでも良い事だけど」


この手の男子は少しでも甘い顔をすれば、直ぐに付け上がる。

過去に何度も嫌な思いし学習した。

全く脈がないと分からせる為に、出来るだけキツく言った。


「…せめて、連絡先だけでも教えてくれよ」

「いい加減にして!それも断ったでしょ」

「何でだよ、教えてくれたって良いだろ」


本当にうんざりする。

私がスマホを取り出すと、何を勘違いしたのか、元木が慌てて自分のスマホをポケットから出した。


アプリを立ち上げて、チャットで流生と連絡とる。


『今、大丈夫?』

『どうしたの?』

『今日、学校まで迎えに来て欲しいの』

『構わないけど、人に見られても平気?』

『別に隠すつもりないから』

『分かった。もうすぐ終わるから、待ってて』

『ありがとう』


流生とのチャットを終え、スマホをカバンにしまった。

連絡先を聞けるとでも思ったのか、元木がスマホを片手に間抜けヅラを晒していた。


「陽葵、彼が迎えに来てくれるから、一緒でいいよね」

「「「!」」」


陽葵だけでなく、亜里沙も結菜も驚いている。

元木も何か引き攣った顔してるけど、どうでも良いや。


「ごめんね、隠す気はなかったんだけど、付き合い始めたの休み中だったから」

「あ、それは良いんだけど、彼氏も家に呼ぶの?」

「うん、ダメ?」

「い、いや、リンコの家なんだし、私ら宿題見せて貰う立場だし…」


呼ぶも何も、流生の家なんだけどね。

あ〜あ、このバカの所為で、流生と亜里沙を会わせる事になっちゃったよ。


「ご愁傷様、木元。リンコ、彼氏召喚だって」


陽葵が木元(?)にトドメを刺した。


「ソイツ、元木じゃなかったっけ?」

「「「プッ」」」

「木元だよ!」

「あんたの名前なんてどうでも良いよ…」

「……」


木元は諦めたのか、自分の席に戻って帰り支度を始めた。

まだHRホームルームが残ってるんだけど…


そう言えば、3人に言っておかなきゃならい事があった。

特に苗字呼びする結菜には、名前呼びに変えてもらう良い機会だ。


「私、もう浅沼じゃなくなったから」

「リンのお母さん再婚したんだっけ?」


亜里沙も知っていた。


「そう、小鳥が遊ぶって書いてタカナシって読むの。『小鳥遊』だと呼ぶ方も呼ばれる方も違和感あるでしょ。結菜もこれからは名前で呼んでよ」

「!!!」

「どうしたの、結菜?」

「…う、ううん、何でもない。小鳥遊って珍しい苗字だなって」


確かに珍しいけど、そんなに驚く事かな?


「それより、リンコに彼氏が出来たって、みんなに聞こえてたみたいよ」


陽葵に言われて気付いたが、クラスメイトが周りでヒソヒソ話してる。


「迎えに来たら、結構目立つよ」

「みんな見に来ちゃいそうだね」


あちゃ〜、やっちゃったかな?

流生なら大丈夫だよね?

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