新学期 後編

HRが終わって、教室で陽葵達と雑談しながら待っていると、流生からメッセージが届いた。


『着いたよ。校門の所にいる』

『直ぐ行く〜』


返事を返して、席を立った。


「着いたって、行こう」


陽葵達を促し、教室を出た。

木元だか、元木だかも着いて来た。


校門を出ると、茶色い髪の男の子が壁に寄り掛かっていた。

中学校の制服を着た流生だ。



TGOでタナトスを躱す為にスキンヘッドにした後、私は流生を色んな髪型に変えて遊んだ。

その時試したカラーで、アッシュベージュがミントグリーンに劣らず似合っていた。


「流生、この色似合うね」

「この色にして欲しいの?」

「うん」

「どっちを?」

「どっちって?」

「リアルかアバターか」

「え〜と、アバターはミントのままで、リアルをこの色にしてくれると嬉しいな」


希望を正直に伝えた。


「分かった。学校始まる前に髪切ろうと思ってたから、その時染めてくるよ」

「良いの?」

「凛だって、俺の好きな色にしてくれたろ?俺も凛の好きな色にするよ」

「学校は大丈夫?」

「俺の成績なら、そんな事で文句は言われない」


夏休みの終わりに、流生は髪を染めた。



「流生ぃ、お待たせ」


私は、校門の横の壁に寄り掛かっている流生に駆け寄り、その腕にギュっと抱きついた。


「凛、みんな見てるけど良いの?」

「見せ付けてるの、流生は嫌?」

「嫌じゃないよ」

「じゃあ、離れない」


ちょっと前までは、私も流生も直ぐに照れて真っ赤になっていたが、最近では2人とも堂々としたもんだ。

TGOでもバカップルとして有名になって来てるって、ゴエモンさんに言われたっけ。


「何だよ、中坊じゃねぇか!そんなガキより俺の方が、よっぽど良いだろ?!」


流生とイチャイチャしてると、木元がバカにしたような声を上げた。


「ああ、迎えに来てくれって、そういう事か」


流生は直ぐに状況を理解したようだ。

木元に何も言い返さず、さっさと歩き出した。

陽葵達も後に続いた。


「ちょっと待てよ。俺も行くって言ってんだろ」

「私は来ないでって言ったよね」


木元を追い払おうとした私に、流生が小さな声で言った。


(俺に任せとけ、凛は相手にしなくて良い)


やっぱり流生って頼りになる。

流生は木元を無視して駅に向かった。


「そちらの3人は、凛の友達ですか?」

「はい、須川陽葵です。よろしくお願いします」

「私は鈴木亜里沙、よろしくね」

「ご、後藤結菜です」


3人が歩きながら、自己紹介をする。

結菜って、人見知りしたっけ?ちょっと緊張してるみたいだ。

木元はまだ付いて来ている。


「流生、家まで着いて来られるとヤダよ」

「任せろって言っただろ」


駅に着き改札を抜けると、流生は特急電車の乗り場に向かった。

券売機の前に立つと、流生が私に聞いた。


「凛、きさらぎ駅まで幾らか見えるか?」


何でそんな駅までの切符を買うのか、私にはよく分からない。

それでも路線案内で料金を確認して、流生に伝えた。


「特急料金合わせて、4,980円だよ」

「サンキュー」


流生はICカードで5人分の切符を買い、私達に1枚づつ手渡した。

木元も切符を買って付いて来た。


特急の改札を通り、ホームに出る。

ここで初めて、流生が木元に向かって口を開いた。


「おい、これ以上付き纏うなら、駅員に対処して貰うぞ」


その言葉に木元が狼狽えた。


「お、俺が何処にいこうが、俺の勝手だろ」

「そんなガキみたいな理屈が通用すると思ってるのか?明らかな付き纏い行為だろ?」

「……」


流生は態と駅員が聞こえるように話している。


「お前は俺達に付いて来てるんじゃなくて、この電車に乗る用があるんだな?」

「そ、そうだよ、文句あるか?」


駅員が流生と木元のやり取りをチラチラ見ている。

木元としては、こう答えるしかない。

完全に流生の誘導尋問に引っ掛かった。


程なくして電車が来た。

流生に動く気配はない。


「どうした、早く乗れよ。この電車に乗る用があるんだろ?」

「……」

「乗らないで、俺達に付いて来るなら本当に通報するぞ」


駅員にジッと見られていた木元は、渋々電車に乗った。

電車が出発するのを見届けると、私達は再び改札を抜けて特急乗り場を出た。

流生が買った切符は、入場券だった。


「アハハハ、君凄いね」

「いやぁ、アイツ間抜け過ぎだよ」

「ホント、5,000円も払って何処に行くつもりなのかな」


陽葵達3人は、大笑いしていた。

あの電車の次の停車駅は、確か隣の県だった筈。

流生って本当に面白い事をしてくれる。


「改めて初めまして、小鳥遊流生です。いつも凛がお世話になってます」


木元を追い払うと、流生が改めて陽葵達に自己紹介した。


「えっ!?小鳥遊って…」


陽葵が戸惑う。


「ご察しの通り、凛の義弟です」

「「えぇぇぇええ!」」


陽葵と亜里沙が驚きの声を上げた。

そりゃ驚くか?


「リンコ、あんた一つ違いの男の子と暮らすなんて無理って言ってなかった?」

「…そうなんだけど、流生、優しいし格好良いんだもん」

「…あんた、『もん』って何よ?キャラ変わってるよ」

「取り敢えず、話は家に帰ってからにしましょう。皆さん宿題をしに来るんですよね?」


流生が場を取り成した。


「この人数なら、タクシーで行っちゃいましょう」


一度改札を出て、タクシー乗り場に出る。

流生がワゴンタイプのタクシーを見つけ、5人で乗り込んだ。

私は勿論、流生の隣。

3列目シートに流生と2人で乗り、2列目シートに陽葵達3人が乗る。

タクシーに乗ると、流生は直ぐにスマホを弄り出した。


「流生、何してる?」

「リビングのエアコンつけとかないと。みんな女の子なんだし、汗かくの気になるかなって」


流生が、遠隔でエアコンのスイッチを入れた。

そんな気配りしちゃダメだよ。

そういうのは、私にだけしてよ。

あぁ、やっぱり亜里沙が流生を見てる。

完全に品定めしてるよ。


タクシーが家に着くと、3人は予想通りのリアクションをした。


「凄っ!」

「デカッ!」

「この辺の坪単価って200万超えるよね?」


結菜は、何か普通のJKと感覚がズレている。


「皆さん上がって下さい」


流生が網膜認証キーで玄関を開けた。

3人のスリッパを用意し、リビングに通す。


「凛、お昼どうする?デリバリーでも頼むか?」


時刻は12時近くになっていた。


「流生は今日、どうするつもりだったの?」

「お土産でもらった魚介が沢山残ってるから、ペスカトーレでも作ろうと思ってた」

「へっ?ルイが作るの?」


亜里沙が既に『ルイ』呼びになっている。


「はい、ウチはずっと父子家庭だったので、自分で食べる物くらいは自分で作れますけど」

「私、それ食べたい!」


結菜が食い気味にルイの料理に興味を示した。


「「私も」」


陽葵と亜里沙も結菜に続いた。


「味の保証はしませんよ」


流生が嫌な顔一つしないで、3人のリクエストに応える。

味の保証は私がするし、彼氏自慢はしたいけど、3人が流生の料理を食べると思うと、複雑な気持ちになる。


「凛、メシ作っておくから、部屋のエアコン入れてきなよ」


(誰も入らないと思うけど、俺のベッド、軽く整えといて)

(あっ!)


忘れてた。

流生の部屋、夕べ私達がエッチしたままだった。


「私、部屋のエアコン入れてくるね」

「「「行ってら〜」」」


2階に上がって自分の部屋に入ると、既に冷房が効いていた。

さっき流生が、この部屋のエアコンも遠隔でつけてくれていたようだ。

エアコン云々は方便で、部屋を片付ける時間を稼いでくれたって事か?


流生の部屋に入ると、夕べの事を思い出して顔が熱くなった。

取り敢えず軽く片付けて、ベッドを整えた。


最後にもう一度、自分の部屋のチェックをする。

写真は…、このままにしておこう。

流生が私のだって事は、しっかりアピールしておかないと。



部屋の準備を終えリビングに戻ってくると、結菜がエプロンをして流生と昼食の準備をしていた。


「結菜さん、手伝って貰っちゃってスイマセン」

「ううん、サラダ作っただけだから」

「いや、助かりますよ」

「それなら良かったわ。それにしてもルイちゃん料理上手だね」


ルイちゃん?!

亜里沙も結菜も、馴れ馴れし過ぎじゃないの?

私の彼氏だって言ったよね?


「運ぶよ〜」


結菜に言われて、配膳をする。

6人掛けのダイニングテーブルのキッチン側中央の席に、一つだけ大きい皿が置かれた。

流生の食べる分だ。


透かさず両脇を亜里沙と結菜が固める。

流生の左側は私の指定席なんだけど。


「亜里沙、そこ私の席」

「あ、ごめん。ルイ、反対側行こう」

「そうじゃないから、流生の隣、開けてって言ってるの」

「まあまあ、リンコは毎日ルイっちと一緒なんだから、2人に譲ってあげなよ」


陽葵に宥められた。

亜里沙も結菜も、流生にチョッカイかけて楽しんでるだけだとは思う。

だけど本気にならない保証はないんだよね。


亜里沙は兎も角、結菜までこんなに流生を気に入るとは思わなかった。

ちょっと不安だな。


そんな事を考えている間に、みんな流生の作ってくれたパスタを食べ終わった。

今日のご飯もとても美味しかった。

陽葵達も満足したようだ。


「ホント美味しかったよ。宿題もご飯も面倒見てくれる弟かぁ。私も欲しいなぁ」


何で結菜が知ってるの?

流生が宿題手伝ってくれたなんて、一言も言ってないのに。

驚いたのは、陽葵も亜里沙も同じだ。


「リンコ、中学生に宿題やって貰ったの?!」

「それより、ルイにあの問題解けたの?!」

「る、流生、頭も良くてさ…」


バツの悪さに、私も歯切れが悪くなった。


「結菜は何で流生が宿題やったと思ったの?」

「だって、リンちゃんの成績って私達と大差なかったでしょ。1人で全部出来たとは思えないよ」

「…そ、それでも、家庭教師を頼んだとか思わない?」


普通に考えれば、そう思う筈だ。

兄なら兎も角、中学生の弟に手伝って貰ったなんて、一番最初に思い当たる事じゃない。


「私、ルイちゃんと同じ中学なんだよね。ルイちゃんは私の事知らなかったみたいだけど、私は知ってたよ。同じ学校にいて、ルイちゃん知らない子いなかったんじゃないかな」


(あ、だから私の姓が小鳥遊になったって言った時、あんなに驚いたのか。流生が義弟だって言った時、結菜だけ驚かなかったのも、その前に気付いてたからか)


「ルイって、そんなに有名だったの?」


結菜の言葉に亜里沙が食い付く。


「有名だったよ。超頭良いってね。中2の時に高校生の模擬試験受けて、上位に名前が載ったんだよ。受験前には、当時の3年生も勉強教わりに行ってたよ。ルイちゃん、ルイちゃんって3年女子に大人気だったよ」

「……」

「それに、VRゲームの世界大会で優勝した日本人中学生が、ルイちゃんなんじゃないかって、確信に近い噂が流れてた」

「あれって、凄い賞金出るんでしょ?!」


陽葵も驚きが隠せてない。

結菜が流生に微笑みながら言葉を繋いだ。


「億越えらしいよ。そうだよね、君」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る