麻里の独壇場

「貴女達、毎晩一緒に寝てるの?」


麻里さんがド直球で切り込んできた。

俺と凛は、答えに窮した。


「夕べ、夜中にゴソゴソしてたでしょ?何かあったのかと思って、凛の部屋に行ったら、誰もいなかったのよ。悪いと思ったけど、流生君の部屋を覗いたら、見ちゃったのよね」

「…マ、ママ、見ちゃったって?」

「言わせたいの?」

「「……」」


キスしてる所を見られたのか?

言い訳出来ないな。


「2人とも未だ何日も一緒に過ごしてないわよね」

「今日で5日目です」

「私も謙介さんも、2人が仲良くしてくれるか心配だったけど、見事に斜め上を行ってくれたわね」


斜め上って言われれば、そうかも知れないけど、そんなに予想外か?

この年になって、急に一緒に暮らす事になって、姉弟として見る方が難しいだろ?


「流生も凛ちゃんも責めている訳じゃないんだ。私達もこうなる可能性を考えなきゃいけなかった」

「そうね、謙介さんの言う通りだわ。年頃の男の子と女の子が、一つ屋根の下で暮らす以上、あり得る話よね」


2人とも頭ごなしにダメとは言わなかった。

落とし所を用意してるのか?

それなら、こっちも駆け引きはなしだ。


「親父と麻里さんは、俺達をどうしたいんだ?開き直る訳じゃないけど、今更気持ちをリセットするのは無理だよ」


何となく、親父が誘導する着地点が見えていた。

ただ凛を納得させるのが難しいが。


「2人が付き合う事には反対しない。ただ同じ家で暮らすのは、問題がある。間違いが起きてからでは遅い」


男側の親からすれば、当然の配慮だ。


「俺が家を出れば、凛と付き合って良いのか?」

「お前が凛ちゃんと付き合って行くなら、それしかないかと思っている」

「…ち、ちょっと待ってよ。勝手にどんどん話進めないで。流生がいなくなっちゃうの、私やだよぉ」


凛は既に半泣きだ。


「謙介さんも流生君も、それじゃ何の解決にもならないわよ。流生君が一人暮らしをすれば、この子は流生君の部屋に入り浸るわよ。半同棲状態になるのが目に見えてるわ」


麻里さんが俺と親父に待ったをかけた。


「そうなれば、謙介さんの言う間違いが必ず起きるわ」

「ち、ちょっとママ、何を言ってるの?」

「あら、凛はそんなに清いお付き合いを続けられる自信があるの?」

「そ、それは…」


親子でこの話は気不味い。


「貴女達の年頃なら、親は考えなきゃならない事よ。自分達の子供だけは大丈夫なんて、ただの思考停止だわ。問題はそうなっちゃった時、その後どうするかよ」


麻里さんが、俺の顔をじっと見る。


「卑怯な言い方になっちゃうけど、流生君は責任取る覚悟ある?」

「責任って、結婚って事ですか?」

「そうよ、未だ中学生の流生君には酷だけど、親としては遊びで娘と付き合わせる訳には行かないわ」


確かに卑怯な言い方だ。

こう言われたら、答は一択じゃないか?!


「し、将来的に凛が望むなら…」


隣に座っている凛が、俺の手をギュッと握ってきた。


「本気で言ってるの?一度口から出た言葉は取り消せないわよ。流生君は自覚がないかも知れないけど、貴方かなりの優良物件よ。言質を取ったら、女の子の親はまず逃さないわよ」

「……」

「謙介さんも、その時は流生君を凛に貰うけど良いかしら?お互いに息子と娘を手放さないで済むんだから、悪い話じゃないわよね」

「……」

「異存は無いみたいね。流生君にその覚悟があるなら、私は2人が付き合う事に反対しないわ」

「「「……」」」


麻里さんの独壇場だった。

俺と親父が合意に達した着地点も、完全に吹き飛ばしてくれた。

この人が一番強かだと気付いた時には、全ての主導権を握られていた。


「凛はこの後、2人で話があるから、自分の部屋で待ってなさい」


〜〜〜〜〜


流生と付き合い始めた事は、あっという間にママにバレた。

無警戒に流生の部屋でチュッチュしてたんだから、当然と言えば当然か。

それにしても話ってなんだろう?

やっぱり怒られるよね。


「凛、入るわよ」

「あ、ママ」


ママが部屋に入って来ると、思わず正座してしまった。


「どうして正座してるの?変な子ね」

「だって、流生とこんな事になっちゃって…」

「怒られると思った?」

「…うん」

「バカね。怒ったりしないわ」


何か思ってたのと全然違う。

ママはとても機嫌が良さそうだ。


「ママは凛が流生君とこうなれば良いって思ってたのよ。褒めたいくらいだわ」

「へっ?」

「凛はモテるのに彼氏作った事ないでしょ?少しは恋愛経験が必要だと思ってたの。タチの悪い男の子に引っ掛かっても困るけど、流生君なら申し分ないわ」

「もしかして、私と流生をくっつける為に、謙介さんと再婚したの?」

「そんな訳ないでしょ。でも子供を連れての再婚って、考えなきゃならない事が沢山あるの。子供同士が同性だったり、年が離れていれば、心配は減るけど、凛と流生君はそうじゃないわよね」

「…もし、流生がタチの悪い男の子だったりしたら、ママは謙介さんとの再婚を諦めたの?」

「それはそうよ。そんな子と娘を同居させる訳にはいかないもの。流生君が良い子で本当に良かったわ」


ママも相当流生を気に入ってるみたいだ。


「さっきは私と流生が斜め上を行ってるって…」

「謙介さんと流生君の手前、そう言うしかないでしょ」

「確かに…」

「それはそうと、ママの援護はここまでよ」

「どう言う意味?」

「凛もモテるでしょうけど、流生君はもっとモテるわよ。責任云々でプレッシャーはかけたけど、ちゃんと捕まえておけるかどうかは凛次第よ」

「……」

「学校も学年も違うんだから、何処にライバルがいるかも分かってないでしょ」

「あ、それは大丈夫そう。流生、桐高に来てくれるんだって。2学期には飛び級スキップして、同じ学年に来るって言ってた」

「…あの子なら本当にそれが出来ちゃうんでしょうね。でも、それじゃ流生君は一番上のクラスに行っちゃうわよ」

「だから私もAクラスに上がれるように、流生が勉強を見てくれるって」

「はぁぁ、もう貴女の事は、流生君に任せた方が良いみたいね。しっかりした子だとは思っていたけど、あれで中学生だなんて反則よね」

「私も流生は弟じゃなくて、お兄ちゃんなんじゃないかって思う」

「弟でもお兄ちゃんでもなくて、彼氏でしょ。しっかりしなさい。そんなんじゃ、本当に他の娘に獲られちゃうわよ」

「…うぅ、それはやだ、気を付ける」


ママの援護で流生とは、両親公認の仲になれた。

謙介さんが、少し蚊帳の外だった気もするが。



予定より少し遅れたけど、お昼を食べてからダンジョンのマッピングに参加する事にした。

結局ママと謙介さんは、今日もお昼前に出掛けてしまった。

社会人は休みも短いし、新婚なんだから目一杯楽しんで良いと思う。


そうなると、お昼はまた流生の手料理だ。

手早く済ませると言って、オムライスを作ってくれた。

出来上がったオムライスに、私がケチャップで「ルイ♡リン」って描いた。


ママ達も新婚だけど、私達だって付き合い始めたばかりだ。

一番イチャつきたい時期なんだし、浮かれてたって良いよね。

流生は、家全体がお花畑になってるって苦笑いしてた。


ママの許可も出たし、いつも通り流生の部屋でログインの準備をする。

熱中症にならないように、エアコンの設定を確認してヘッドギアを被る。

2人並んで横になり、手を繋いでログインした。


アムダスのホームを出て、広場を通ると、噴水が直っている事に気付いた。

ウィンディは、今回のβテスターに非戦闘系のプレイヤーはいないって言ってた。

運営が直しているのかな?

ホームを設置した街で納税義務があったりするシステムになるのだろうか?


NPCのショップもチラホラ見える。

私達は馬のレンタルを見付けて、それでデュッヘルンに向かう事にした。


「凛、馬に乗れる?」

「試した事ないから分からない。流生に乗せてもらう」


流生の手を借り、私が先に馬に乗った。

私を背後から抱きかかえるように、流生が馬に跨る。

手綱を握る流生の腕に、私がスッポリ収まった。

本当は他のゲームで馬に乗った事はあったけど、これをしたかったので嘘をついちゃった。


馬でパカパカと草原を抜ける。

速く走らせる事も出来るけど、のんびり二人乗りを楽しんだ。

他のプレイヤーが、私達を生温かい目で見たり、舌打ちして追い越して行く。


『今日もラブラブですね♪』


そろそろ来る頃だと思った。


「ウィンディ、昨日は写真ありがとうね」

『あら、随分堂々としちゃいましたね』

「もう流生に好きだって言っちゃったし、流生も好きだって言ってくれたもん」

『でもカリンちゃんも、彼氏さんも、顔が赤いですよ。まだまだ揶揄い甲斐があります』


振り向くと、流生が赤くなっていた。

私も強がっては見たものの、自分で言っておいて顔が熱くなっている。

結局、デュッヘルンに着くまでの道中、ずっとウィンディに揶揄われ続けた。


デュッヘルンに着くと、タイミング良くアステリアさんがポップして来た。


「あれ、今来たんですか?」

「あ、ルイ君、ちょうど良かった。一緒に来て」

「どうしたんですか?」

「4層のマッピング中なんだけど、みんなバタバタ倒されて、全然進めないの。私もリスポーンして来たところよ」


アステリアさんと話していると、ゴエモンさんもポップして来た。


(あ、この人もヤられたんだ?)


「ルイス、カリン?!やっと来たか、手伝ってくれ!」

「ちょっと待って下さい。状況を説明して下さいよ」


説明を求める流生に、ゴエモンさんが話し始めた。

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