ファーストキス リアル編

ベッドに潜り込むと、凛が直ぐに左腕に頭を乗せて来た。

そこが完全に凛の定位置になった感じだ。

右腕で凛の身体を抱き寄せようと思ったところで、頭の中でアラートが鳴った。


「ごめん凛、アラートだ」

「何かあったの?」


凛が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「いや、水分補給しろってさ」

「流生にしては珍しいね」

「今日は物凄く緊張したからね」

「いつから?」

「ログインした時から、緊張しっぱしだったよ」

「やっぱり、最初から告白してくれるつもりだったの?」

「その為に、花火に誘ったんだよ」

「嬉しい♡」


凛が俺の胸に顔を埋めた。


「じゃあ、ログアウトして麦茶でも飲んで来るよ」

「あ、私も行く。ログインしっぱなしだから。目が覚める前に強制ログアウトさせられちゃうかも」

「流石に8時前には目が覚めると思うけどね」


プレイヤーの安全の為に、VRゲームは12時間以上連続でログイン出来ない仕様になっている。

自発的にログアウトしない場合は、強制ログアウトさせられる。

その為、ダンジョンに潜る前や、ボス戦の前には一度ログインし直す事が、セオリーになっている。

今回は20時の花火大会に合わせてログインしたので、リミットは8時前と言う事になる。


ログアウトすると左側いる凛と目が合う。

2人で繋いだ手に目を落とし、照れるように笑い合った。


「親父達、寝てるだろうから静かにな」

「うん、分かってる」


音を立てないように気を付けて、2人で階段を降りて行く。

照明をつけずにリビングを抜け、冷蔵庫を開ける。


「夜中にコソコソ起きてくるのって、いけない事してるみたいで楽しい」


ニコニコしながらカウンターチェアに座る凛の前に、麦茶を置いた。


「流生も座って」


立ったまま飲もうとすると、凛に甚平の裾を引っ張られた。

並んで座ると、凛が身体を預けてくる。


「また直ぐログインしちゃうの勿体無いな」

「でも、VR向こうなら、一緒に寝れるよ」

現実世界こっちで一緒に寝ちゃダメかな?」

「ダメって事はないけど…」

「けど?」

「俺の理性が持たないかも」

「…や、やっぱり流生も男の子なんだね?」

「普通にスケベな思春期男子だよ」

「我慢出来なくなっちゃう?」

「一緒に寝るのは嬉しいけど、我慢するのは苦行だよ」

「じゃあ、少しだけベッドでお喋りしてから、VRに行くのはダメ?」

「それなら、大丈夫だよ」

「フフフ、ありがとう」



ベッドに潜ると、VRでするのと同じように、凛が俺の腕に頭を乗せた。

お互いに身体を回し、正面から向かい合う。

自然と右手で、凛の身体を抱き寄せた。


「きゃっ…」

「ご、ごめん」


慌てて手を引っ込めようとすると、凛がその手を掴んだ。


「良いの、このまま抱いてて」

「……」


俺の胸と凛の胸が重なる。

ワイヤーの硬い感触がない。

恐らくナイトブラというヤツだろう。

凛の胸の柔らかさで、頭が沸きそうになる。

下半身もヤバい事になっている。

自分の血液が頭に集まってるのか、下半身に集まっているのか分からない。

心臓がバクバクする。

全然、大丈夫じゃなかった。


「流生、凄いドキドキしてる」

「ドキドキなんてモンじゃない。心臓が破裂しそうだ」

「私も凄い事になってるよ。分かる?」


凛に言われて気付いた。

早鐘のような2人の動悸が混ざり合っている。


「ねぇ、流生は、今日のチューどうだった?」

「どうって?」

「ウィンディが言ってたでしょ。スキンシップは、リアルの記憶に紐付いて再現されるって」

「言ってたな」

「私には紐付ける記憶がなかったの。だから、チューの感触がよく分からなくて…」

「…俺も初めてだったから、よく分からなかった」

「えっ?!嘘ぉ」

「なんで嘘なんだよ」

「だって、流生モテそうなんだもん」

「彼女が出来たのも、キスしたのも初めてだよ」

「えへへ、そうだったんだ〜」


俺の右腕に被せるように、凛が左腕で俺を抱きしめてきた。


「凛の方がモテるだろ?」

「告られた事はあるけど、私も流生が初めての彼氏だよ」

「やっぱりモテるんだ?」

「流生だって告られた事あるでしょ?」

「…なくはない」

「むぅう、アステリアさんが言ってたね、年上のお姉さんに狙われてるって。ホイホイ着いて行っちゃダメだからね」

「行かないよ」


話をしていると、心臓のバクバクも大分治まってきた。


「話が逸れちゃったわ」

「話って?」

「…えっとね、…その、もう1回……て欲しいの」

「???」

「だから、…、チュー…」

「もう1回?」

「うん、ちゃんと現実リアルで、チ、チューして欲しいの」

「……」

「……」

「…今?」

「…うん、今度VRでしてもらった時に、ちゃんと感じられるように、流生の感触を植え付けて」


凛が顔を寄せてくる。

再び心臓が暴れだす。

鼻が触れ合うほど近付き、2人の吐息が混じり合う。

凛の瞼が降りると、吸い寄せられるように唇が重なった。


「ぁむ、ぅちゅ、んちゅ」


VRでは感じられなかった柔らかさと熱さが、凛の唇から伝わる。

一度離れた唇を凛が押し付けるように重ねてきた。


「んちゅ、ちゅぴ、んちゅ」


ゆっくり顔を離すと、凛が潤んだ目で俺を見つめる。


「るいぃ〜、もっとぉ♡」


背中を抱いていた凛の手が、俺の頭を抱え込む。

その手で引き寄せられ、三たび唇が重なる。


「ぅうん、ぁむ、ぅん、」


凛が強引に舌を入れてきた。

少し驚いたが、俺も自分の舌を凛の舌に絡める。


「はぁん♡、じゅりゅ、れろ、じゅるん、れろれろ、じゅりゅ、ふぅん♡、」


舌を吸い合うと、互いの唇から唾液が零れそうになった。

それを2人で啜り合う。


俺達は夢中で、お互いの舌を貪り合った。

夢中になり過ぎた俺達は、気づく事が出来なかった。

部屋のドアが小さく開き、そっと閉じられた事を。


「凄かったぁ♡頭の中、溶けそう」

「俺もボーっとしてる」

「……」

「……」

「こ、このまま寝ちゃって良いかな?」

「…良いよ」


凛が俺の身体にしがみ付き、コツンと額をぶつけた。


「おやすみ流生、大好き」

「俺も好きだよ」

「えへへ」


結局TGOにはログインせず、なし崩しで俺のベッドで朝を迎えた。


〜〜〜〜〜


カーテンの隙間から差し込む陽射しで目が覚めた。

流生はまだ眠っている。


イズモモ村の時とは逆だ。

このまま、流生の寝顔を見てよう。


暫くすると、流生の目がゆっくり開いた。

未だ少し、寝惚けてる。


(あは、可愛いなぁ)


「おはよう、目は覚めた?」

「凛、おふぁよう」


寝起きで、流生の呂律が回ってない。

頼りになる普段の姿とのギャップが堪らない。


「着替えてくるね」

「俺も着替えるよ」


私は部屋着にしているワンピースに着替えて、再び流生の部屋に入った。

流生の部屋着は、Tシャツにショートパンツだった。


「朝飯食ったら、ログインする?」

「うん、ダンジョンのマッピングに参加しよう」


1階に降りると、ママと謙介さんがダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた。

流生が帰って来てから、2人が出掛けないのは初めてだ。


「おはよう、メシ作るけど、2人とも食べた?」

「食べたよ、自分達の分だけ作れば良いよ」

「了解」


謙介さんの返事を聞いた流生が、冷蔵庫を開ける。


「凛、流生君にご飯の支度して貰ってるの?」

「…う、うん」

「お昼も夜も?」

「…ぅ、ぅん」

「やっぱり…、流生君が帰って来てから、シリアルの空箱も、お弁当の容器もゴミ箱に無いから、そんな事だと思ったわ」


流生が帰って来る前は、朝はシリアルと牛乳。

お昼と晩ご飯は、コンビニやお弁当屋さんばかりだった。


「宿題も終わってなかったの、流生君に手伝って貰ったのよね?」

「……」

「まったく、この子は…」


ママに呆れられた。

ママじゃなくたって呆れるか?


「流生君も凛を甘やかし過ぎないでね」

「…善処します」


流生の用意してくれた朝食は、スクランブルエッグにベーコン、サラダ、コンソメスープ、ヨーグルトとフルーツ。

特に手の込んだ物ではないが、卵はフワフワで、ベーコンはカリカリ。

準備する手際も良い。

明らかに慣れているのが分かる。


私はいつも通り、コーヒーと紅茶を準備する。

トーストを焼いて、2人で食べ始めた。


「2人共、食べ終わったら、少し話があるの」


改まって言われると、悪い事をしてなくても身構えてしまう。

食事を済ませて、2人で片付けをする。

ママと謙介さんが、並んで洗い物をする私たちの様子を見ている。


「貴女達、随分仲が良いわね」

「そうかな?」

「それじゃ、そこに座って」


流生と並んで、ママと謙介さんの向かいに座った。


「回りくどい聞き方はしないわ」

「う、うん」

「貴女達、毎晩一緒に寝てるの?」

「「!」」


私と流生の身体が強張った。

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