第1期βスタート

軽い浮遊感の直後、私と流生は天井の低い通路に立っていた。

右手には、流生と手を繋いでる感触がしっかりとあった。

流生は不思議そうに繋いだ手を見ている。


本来なら、この通路はプレーヤー毎のインスタンスエリアの筈だ。

流生とは、通路の先で落ち合う約束だった。


「…これって、どう言う理屈なんだろう?」

「ログインする時、私が流生の手を握ってたから?」

「う〜ん。例えば、俺と凛のゲーム機を違うグローバルIPのルーターに接続して、手を繋いでログインしたら、どうなるのかな?」

「どうだろうね。TGOの仕様がどうなってるか分からないし」

「考えても仕方ないか」

「そうだね」


通路の先にはゲートが有り、その上にカウントダウンのタイマーが表示されていた。


『00:02:59』


後3分弱で、βテストが始まる。

ゲートの向こうはTGOの世界だ。


「ゲートを潜ると、最初のフィールドにポップするんだよね?」

「多分、そうだと思うよ」

「手を繋いだままで良い?」

「良いよ」

「良かった。女の子1人だとナンパがウザいの」

「運営に言えば、余りに執念いヤツはBANされるんじゃないの?」

「逆恨みされても嫌だし…」

「そうだな。変なのに絡まれないように、俺から離れるなよ」


真顔で言う流生に、ちょっとドキッとした。

カウントダウンが終わると、ゲートに文字が浮かんだ。


『真の創世の物語を始めよう』


私は流生と手を繋いだまま、ゲートを潜った。

ポップした場所は、瓦礫の山と化した広場だった。

足元の石畳は砕け散り、その下の土が見えている。


広場の中央には崩れた噴水があり、水がチョロチョロ流れていた。

瓦礫は全壊した建物の痕跡だろう。

教会か神殿と思われる大きな建物が、半壊した状態で残っている。


広場にプレイヤーが続々とポップしてくる。

流生は、その様子を眺めていた。


「あれ、キャス○ル兄さんとアルテイ○アみたいだ」

「何それ?」

「初代ガン○ムのシャ○少佐とセ○ラさん」

「昭和のアニメ?」

「ほら、向こうはクラ○ドとティ○ァだ。凛もF○7は分かるでしょ?」

「名作だからね。流石に知ってるけど、著作権とか大丈夫なのかな?」

「どうだろうね。あっちはト○ーとマ○だよ。肖像権はどこ行った?」

「それも昭和のドラマだよね」


アニメやゲームのキャラのアバターが結構いる。

女の子もそれなりにいるが、やはり男性が多い。

既に数人の男の子に囲まれてる娘もいる。

やっぱり、流生と一緒で良かった。


『TGOにようこそ』


不意に耳元で話かけられた。

ビクッとして振り向くと、20cm位の大きさの女の子が肩の辺りを飛んでいた。

よく見ると、蝶の翅をヒラヒラさせている。


『私はナビAIです。プレイヤーの皆さんが、一定のレベルになるまで、一緒に旅をします。名前を付けてください』


「あれ?流生の所にも同じ子がいる」


『基本、私達はプレイヤー1人に1体提供されますが、プレイヤーがパーティーを組むと私達も1体に統合されます。例えば、3人のプレイヤーが、パーティーを組むと、3体のナビAIが1体に統合されます。その際、記憶は全て引き継がれます。彼氏さんとパーティーを組みますか?』


「か、彼氏じゃなくて、お、弟です。パーティーは組みますけど…」


(AIに恋人同士に間違われた…。余り意識させないでよ…)


AIにメニューの開き方や、パーティー申請、フレンド登録の方法を聞きながら、ゲームを進める準備をして行く。


『あの、そろそろ名前を付けていただきたいのですが、彼氏さんも一緒に考えて下さい』

「だから、彼氏じゃないって…」


流生の方をチラッと見ると、耳まで赤くなっていた。


(可愛い。照れてる)


「あれ?流生、満更でもないみたいね」

「…凛だってニヤけてるぞ」

「そ、そんな事ないもん」

『イチャつくのは名前を付けてからにして下さい』

「「……」」


私達、AIに揶揄われてる…


「妖精だし、フェアリーとかで良いんじゃね?」

流生が、安易な名前を提案した。


『そんな、ありきたりな…、しかも既に使われてます』

「じゃあ、ピクシーで」

『それは、翅のない妖精です。ゴブリンなんかと一緒にしないで下さい』

「注文の多いヤツだな。それじゃ、シルフィでどうだ?」

『大精霊様の名前じゃないですか?確かに私、風の妖精ですけど…』

「う〜ん、ウィンディは?」

『…また、ありきたりですけど、それで良いです。今から私の事はウィンディと呼んで下さい』


ウィンディがチュートリアルを再開した。

パラメーターの設定などは、他のゲームと大きな違いはなかった。

私は、INT重視で魔法の威力を底上げする。

流生も予定通りAGIに極振り。


流生にとっては当たり前の事なんだろうけど、レイドバトルで初めて流生(当時は十兵衛のアバターだった)を見た時の衝撃は、今でも忘れられない。

あんなスピードでアバターをコントロールする流生の反射神経って、どうなってるんだろう?


ウィンディのチュートリアルに従って、スキルを設定しようと思った所で、流生が聞いてきた。


「凛、ポーション調合するスキルある?」

「ええと、『製薬』って言うのがあるよ」

「俺の方にはないな。INTに依存するのかな?そのスキル取って」

「良いけど、何で?」

「βで幾つかユニークアイテムが実装されるらしいんだ。回復系のチートアイテムがあるかも知れない。試しに初級のポーション、全種類作ってみる」

「…確かにあるかも知れないね。あ、初期で作れるポーションが3種類あるよ」

「先ずは、それを作ってみよう」


パラメーターやスキルを設定した後は、初期装備を揃えるらしい。

ストレージの中が空っぽの上、武器屋もお金もない。

どうしろと言うのだろうか?


『それでは、ガチャを引いて下さい』

「「ガチャ?!」」

『はい。初回特典で、武器・防具・アクセサリーの10連ガチャが引けます』


先ずは私から、武器のガチャを引く。

ジャンルは、杖だ。

目の前に現れた、スロットマシンのレバーのような物を手前に引いた。


………


『木の杖』9本に、『魔道士の杖』が1本。


これは当たりなのか?


『レア度3ですね。初期装備としては十分です』


悪くはないようだ。

次は、流生が武器のガチャを引く。

ジャンルは剣。


………


『銅の剣』…『錆びた刀』…『折れた刀』…『折れた剣』…『なまくら』…


「…クソゲーか?!」


流生が怒り出した。

そして、最後に…虹色の光の中から、一振りの刀が現れた。


「おお、これ、当たり演出だろ!!」


興奮する流生が刀を手に取った。


『和泉守兼定(之定)』


「当たり?何かレアっぽい」


『彼氏さん、鬼引きです。レア度5の刀です』

「だから…はぁぁ、もう良いわ。この手の話は、ムキになって否定する程揶揄われるものね。流生は大事な大事な彼氏です」

『やっと素直になりましたね。チューしちゃいます?』

「「何なんだ何なの、このAI?」」

『ほらぁ、照れずにチューしちゃいましょうよ』

「…それより、レア度の最高はいくつなの?」

『最初のガチャでは5が最高です。出現確率は約2%です』

「ふぇ〜、流生って引き強いね」

「偶々だ」


その後、防具とアクセサリーのガチャを引いた。

私は、魔道士のローブ(レア度3)と焔のチョーカー(レア度5)を引いた。


ローブはカーキ色の薄い布製で、軽くて動きやすい。

チョーカーは赤いレザーのベルトに、可愛いらしくデフォルメされたトカゲのようなチャームが付いていた。

火の大精霊サラマンダーをモチーフにしているのだろう。


「そのチョーカー似合うよ。髪の色と合ってて、凄く可愛い」

「…あ、ありがとう」

『流石、彼氏さん。褒めるツボを心得てますね』

「「……」」


流生が引いたのは、皮のコート(レア度1)と風のアンクレット(レア度5)。

オリーブグリーンのロングコートは、至ってシンプルなデザインだ。

防御力は兎も角、大人っぽいデザインのコートを流生が着ると、背伸びした感じがちょっと可愛い。


「…まあ、紙装甲はいつも事だ。AGI補正のかかるアクセサリーが当たった事を喜ぼう」

「そんなピーキーな性能で、ホントに大丈夫なの?」

「問題ない。それよりウィンディ、マップは見れるのか?」

『は〜い。どうぞ』


視界の端に、マップが表示された。

私達がいる場所は、大陸の南寄りにあるアムダスと言う街だ。

北側には草原が広がり、そこを抜けると、別の街があるらしい。

既に北に向かったプレイヤーもいるようだった。


「流生、私達も北に行く?」

「いや、南の森を抜けながら、ポーションの素材を探そう。海岸沿いも探索したい。最初の隠しイベントがあるとしたら、その辺が怪しい」

『行き先は決まりましたか?それじゃあ、初回特典のアイテムを渡しますね。3種類のポーションとセーブ用のテントですよ。テントは宿と同じで、HPとMPが全回復して、ログアウトのポイントにも使えますけど、使い捨てだから気を付けて下さいね』


ウィンディからアイテムを受け取って、街の南門に向かった所で、私達は3人のプレイヤーに進路を塞がれた。

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