ログイン直前
ここ30年で、VRの技術は飛躍的に進歩した。
発端となったのは、世界的に猛威を振るった感染症だ。
通勤中又は就業中の感染を防ぐ為、在宅ワークが劇的に増えた時期があった。
ビデオ会議のアプリケーションが、凄い勢いでリリースされる中、視覚共有のVRのアプリがリリースされると、遂にはフルダイブの会議室が登場した。
昭和の頃、アダルトビデオがビデオデッキを爆発的に普及させと言う都市伝説がある。
VRに於いても、フルダイブ型のVR性風俗が、起爆剤の一つになったと言われている。
真偽の程は定かではないが、規制が厳しくなった原因である事は間違いない。
そして規制の強化が、VRの用途を更に広げた。
指紋認証・網膜認証・マイナンバーを用いて作成したアカウントは、オリジナルアカウントと呼ばれ、公的な手続きや金融機関の手続きにも使えるようになった。
役所にはVR窓口が設置され、銀行にはVR支店が登場した。
TGOでは、このオリジナルアカウントを使用する。
ログインの際には声紋認証も必要となる。
年齢や性別の詐称、サブ垢の作成はほぼ不可能。
アカウントの乗っ取りも、極めて困難だ。
凛と2人でアバターを作った翌日、親父と麻里さんは、帰りは遅くなると言って、どこかに出掛けた。
何処に行ったのかは、俺にも分からない。
再婚後初めての長期休暇だし、詮索する気もないが、凛と二人きりにならないように気を付けてた俺の苦労は、何だったんだろうか?
俺は昼メシを作りながら、凛が美容院から帰るのを待っていた。
アッシュグレーに染めると言っていたが、どんな髪型にするのかは聞いてない。
元がセミロングだし、毛先を整える程度だろうと思っていた。
しかし、俺の予想は大きく外れた。
「アバターとイメージが被らないように短くしちゃった」
アッシュグレーのショートボブにした凛が、はにかんだ微笑みを浮かべた。
(うわぁ、メチャ可愛い)
「似合わなかった?」
言葉を失った俺に、凛が不安そうに尋ねて来た。
「いや、そんな事ない。よく似合ってる。凄ぇ可愛い」
素直な感想を言わなきゃダメだ。
恥ずかしさに耐え、本音を搾り出した。
「有難う、嬉しい」
凛が上目遣いで、俺を見てくる。
ダメだ、悶え死ぬ。
「凛、準備の確認をしておこうか」
これ以上、凛の容姿の話題が続かないように話を逸らした。
「ちぇっ!もっと褒めてくれても良いじゃん…」
口を尖らした顔も可愛い。
あざとい…
「スマホとタブレットの同期は済んでる?」
「済んでるよ」
スマホとタブレットはゲームと同期しておくと、
「教科書と参考書は?」
「あ、まだだ」
「2人でサクッとやっちゃおう」
紙媒体の書籍は巻末のQRコードを読み込むと向こうのストレージに保存しておける。
準備を整えると、時刻は午後1時を過ぎていた。
βテストのスタートは午後3時。
後1時間したら、腹拵えをしよう。
「流生は何のジョブを選ぶの?」
ゲームの進め方の打ち合わせが始まる。
「ジョブって概念があるか分からないけど、戦士系だな」
「じゃあ、私は後衛の魔法使い系だね」
「無理に合わせなくても良いよ」
「ううん、大丈夫。他のゲームでも、魔法使いやってたから。流生は性格から言ってもバランス型の戦士?」
「いや、
「えっ!?あ、もしかして、コレ流生?」
凛がタブレットを起動し、動画サイトからお気に入り登録した動画を再生した。
動画の内容は、昨年流行ったVRMMOで、ボスに単独で挑んでHPゲージを何処まで削れるかを競った、悪ノリした遊びだった。
トッププレーヤー達が次々と瞬殺され爆笑が起きる中、剣を片手にバカみたいなスピードでボスの周りを駆け回り、クリティカルを連発し、HPをガリガリ削っていくプレーヤーが映し出された。
オーディエンスは歓声やら奇声を発してバカ騒ぎし、コメント欄は凄い勢いで流れていく。
『有り得ねぇwwwww』
『これ、人間?』
『CPUじゃないの?』
『いや、実在のプレーヤーだよ』
『キ○トかよw』
「それ、俺だ。そんな頭の悪そうな動画、よく見つけたな」
「!」
「もしかして、呆れられた?」
「そうじゃなくて、ビックリした。やっぱり私と流生、VRで会った事ある」
「マジで?」
「うん。話はした事ないけど、レイドバトルで一緒に戦った事あるよ。この時の流生のHNって『十兵衛』でしょ?チョー有名人じゃん。『AGIオバケ』って言われてたよね。私は『放火魔』って呼ばれてた」
「えっ?!『放火魔』って、『紅蓮の魔法少女』?」
「恥ずかしいから、それ止めて!『
凛が再生した動画のゲームでは、トッププレーヤー達には本人の意思とは関係なく、称号が与えられた。
それが厨二チックな恥ずかしいモノで、ゲーム内やオフ会で揶揄うネタによく使われていた。
因みに俺は『神速の剣士』で、凛は『紅蓮の魔法少女』。
スピード重視の戦闘スタイルから、俺には随分とベタな称号が与えられた。
魔法少女のコスプレイベントで、炎系の魔法を連発し、フィールド一面を火の海にした凛には、その恥ずかしい称号が付与されたらしい。
お互いに恥ずかしい話題だったので、俺は話をネタの動画に戻した。
「この日は調子が良かったからな」
「…そう言う次元じゃないと思うけど。コンビネーション上手くいくか自信なくなって来た」
「どうせ第2期になったら、ユニークアイテム以外はリセットされるんだ。デスペナ上等で練習しよう」
「そうだね。足引っ張ったらゴメンね」
「そんな事気にしてたら、面白くないよ」
「有難う、流生は優しいね」
「凛は大袈裟だな」
「え〜、前やってたゲームのクランは、失敗すると怒る人ばっかりだったよ」
「そんなヤツらとは、一緒にゲームしない方がいよ」
「うん、流生と一緒に遊ぶ方が、絶対に楽しいに決まってるよ」
凛と話し込んでいる間に、時刻は午後2時近くになっていた。
俺は最低でも6時間は連続でプレーする予定だったので、飯を食い損ねるとマズイ。
「凛、カレー作っておいたから、ログインする前に一緒に食べよう」
「流生が作ってくれたの?!食べたい!」
2人で遅い昼食を取り、歯磨きとトイレを済ませると、自分の部屋に戻った。
何故か凛も俺の部屋に入って来た。
「凛、どうした?」
「昨日、アバターを作った時、私のゲーム機ここに置いてったままだった」
「あ、そうか。直ぐに移動させよう」
急いでゲーム機を外そうとすると、凛に遮られた。
「ここで、ログインして良い?」
「…良いけど、それじゃ俺はクッション並べて横になろうか」
「え〜、流生のベッド大きいから、並んで寝られるよ」
「!」
確かに昨日から仲良くなれた実感はあるけど、元々俺との同居に抵抗を感じてたんじゃないのか?
俺、何の為に1ヶ月も外泊してたの?
何でこんなにデレてるの?
「ダメ?」
また、その上目遣い!
「ダメじゃないけど、親父達が帰ってきたらマズくない?」
「大丈夫。フルダイブ中はリアルの身体は、何も出来ないから」
「いや、そうじゃなくて、変な誤解されそう」
「流生は、謙介さんにもママにも信用されてるよ」
「……」
「ほら、時間ないから、ヘッドギア着けて横になって」
凛に押し倒されるように仰向けになると、凛も俺の横で仰向けに寝転んだ。
「ログインするよ」
そう言うと、凛は俺の手を握ってきた。
俺と凛は手を繋いで、2人でVRの世界に飛び込んだ。
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