流生

中学3年生の1学期終了間際、俺は長期外泊の支度をしていた。

最後の荷物は、VRゲーム用のヘッドギアだった。


(これ、何個目だっけ?)


最初に買って貰ったモノは、小さくて今では装着出来ない。

小学校低学年の頃から、学校以外の生活の殆どがVRの世界だった。

クラスメイトと遊ぶ事もなく、学校から帰ると直ぐにVRの世界に直行した。

VRにフルダイブすれば、親父のスマホにその事が伝わる。

父子家庭の俺たち親子には、俺がログインする事が帰宅の合図になっていた。




物心ついた頃には、母親はいなかった。

墓参りに行った事もないので、小学校高学年の頃には死別ではないと気付いていた。


「流生、お前、俺の実の息子じゃないんだ」


小学校を卒業した日、親父から今までで一番衝撃的な話を聞かされた。

親父はDNA鑑定の結果を俺に見せてくれた。

学校で雄蕊おしべ雌蕊めしべの話を聞いた時から、その可能性は常に考えていた。


母親が浮気をして、出来た子供が俺というわけだ。

離婚後、母親が浮気相手と宜しくやっているのかは分からない。

分かっている事は、親父が貧乏クジおれを押し付けられたと言う事だけだ。

俺がいなければ、再婚相手だって簡単に見つかっただろうに。


俺は来るべき時が来たと思い、荷物を纏めた。

その荷物も全部親父が買ってくれた物だ。

これを持って行く事もNGだと気付き、全て部屋の隅に片付けた。


今着ている服くらいは貰って良いんだろうか?

受入先の施設に行ったら送り返すべきなのか?

ここを出る前に聞いておかなきゃならない。

リビングでビールを飲んでいた親父に話しかけた。


「お父さ…、ごめんなさい、、僕の行く施設って決まっているんですか?」


振り向いた親父は、驚いた顔をしていた。


「あ、ごめんなさい。図々しかったですね。自分で探します」

「……」

「このまま児童相談所に行ます。他の物は今日全部お返ししますけど、この服だけ貸して頂けませんか?」

「…役所関係はもう閉まってるぞ」

「はい、役所の近くの公園で寝て、朝一で児相に行きます。当面は一時保護所でお世話になると思います。今まで、お世話になりました」

「……」

「……」


2人の間に沈黙が続いた。


「流生は、この家を出て行きたいのか?」

「…どうしたいかじゃなくて、どうすべきかだと思います。僕はここにいるべき人間じゃないと思っただけです」

「だったら、ここにいろ。今まで通り、俺の息子として暮らせ」

「……」

「お前を追い出そうと思って真実を告げた訳じゃない。お前なら、遅かれ早かれ気付くと思っただけだ。俺に知らされても、自力で辿り着いても、辛い思いはするだろうけどな」

「薄々気付いてはいました」

「だろうな。お前は賢し過ぎる。子供らしく育ててやれなかった俺の責任だな」

「いえ、勝手に捻くれただけです」

「もう良いから、いつもの口調に戻せ。中学に行く準備も自分で出来るな?金は渡しておくから、制服とかカバンとか…、言う必要もないか?」

「…大丈夫だよ。自分の事くらい自分でやるよ」


この日、『お父さん』から『親父』に呼び方が変わった。




中学3年生の6月に浅沼さんという女性を紹介された。

親父が、やっと再婚する気になったようだ。

何度か一緒に食事をしたが、優しそうで綺麗な女性ひとだった。

勿論、再婚には賛成だったが、連れ子がネックだった。

一つ年上の高校1年生の女の子らしい。


(俺が邪魔なら、出て行けば良いだけだ)


血の繋がらない俺を今まで育ててくれただけでも、親父には感謝している。

出て行く事になっても、文句はない。


俺も2年半前の俺とは違う。

自分で稼いで生きていく術は、身に付けている。


夏休みに入る直前、浅沼親子が自宅にやって来た。

義姉弟になる俺達の顔合わせの為だ。


「初めまして、浅沼アサヌマ 麻里マリの長女のリンです。宜しくね、義弟おとうと君?」


(うわぁ、可愛い)


凛さんは、俺のドストライクだった。

身長は俺より5cmくらい低い。

色素が薄いのだろうか、肌は透き通るように白く、アーモンド型の目の中の瞳も、セミロングの髪もナチュラルに茶色っぽい。

胸のサイズは、恐らく平均的なのだろう。

しっかりと膨らみはあるが、特別大きいとは感じなかった。


残念ながら、俺と暮らす事に抵抗があるようだ。

まあ、そりゃそうだろうな。

最初から予想はしていた事だ。


「やっぱり、無理がありますよね。取り敢えず、親父と麻里さん、凛さんの3人で暮らしみたらどうですか?俺は暫く、友達の家に泊めて貰います。盆休みに、一度帰って来ます」


既に泊まるところは確保してある。

俺は再婚の邪魔にならないように、一時的に家を出る事にした。



終業式を欠席し、俺はクラスメイトより1日早く夏休みに入った。

向かう先は、滞在先の知人の家だ。

ゲームの攻略や実況を動画配信し、その収入で生活している大学生『ゴエモン』さんの家だ。

ゴエモンさんの動画には、俺も何度も出演しているし、滞在中も協力する約束をしている。


ゴエモンさんの家は、大学生の独り暮らしには無駄に広いと思える3LDKのマンションだった。

彼の家に着くと、直ぐに空き部屋を宛てがわれたが、残念なくらい家全体が散らかっていた。


「ゴエモンさん、散らかし過ぎですよ」

彩花アヤカが旅行に行ってるから、掃除する人間がいない」

「彩花さんって、アステリアさんですよね。そんな事言ってると、アステリアさんが帰って来た時にゴミと一緒に捨てられますよ」

「…お前は未だ分かってない。世話が焼ける男の方が好きな女もいるんだよ。彩花は、典型的な世話好き女だ。だから、俺達は上手く行ってるんだ」

「そんなモンなんですか?ガキの俺には、未だ分かりませんね」

「お前も中学生とは言え、ゲームで相当稼いでるだろ?少しは女を警戒しろよ」


ゴエモンさんの言う通り、確かに俺には中学生とは思えない収入がある。

ゲームの大会の賞金もあるし、デカい大会ではスポンサーもつく。

eスポーツのプロチームからも、中学卒業後にどうかとオファーをもらっているが、今の所はプロになる気はない。


「ところで、連れ子ちゃんはどうだった?」

「…ど、どうって、何がですか?」

「ハハハ、お前、分かりやすいな。可愛かったのか」

「…否定はしません。メチャクチャ可愛かったですよ」

「そうか。上手くいくと良いな」

「俺の事より、親父達ですよ。俺が邪魔なら、本格的に一人暮らしの準備をしなきゃならないんです」

「…気ぃ使い過ぎだ。バカ野郎」

「それより部屋片付けますよ」

「ああ、任せる」


ゴエモン宅での初日は、掃除、洗濯、冷蔵庫の中の食材の処分で終わった。

翌日からは、野良パーティーでゲームをしたり、宿題を片付けたりして過ごした。



海流ミノル!私がいない間に、女連れ込んだでしょ?!」


ゴエモン宅での滞在5日目、女の人の声で目が覚めた。

『海流』はゴエモンさんの本名だ。


「落ち着け彩花、流生が泊まってるんだよ。掃除も飯の支度も流生がやってくれてるんだ」

「ルイって、どこの女よ?!」

「バカ、十兵衛だよ。十兵衛の本名」


『十兵衛』はこの頃の俺の本垢のHNだ。

俺とゴエモンさんは、オフ会で知り合った時、本名にもHNにも似通ったモノがあり、親近感を覚え仲良くなっていった。


アステリアさんは、部屋が片付いてる事で、ゴエモンさんが女の子を連れ込んだと勘違いしたらしい。

俺は慌てて、部屋からリビングに出た。


「アステリアさん、オフ会以来ですね。紛らわしい事して、スイマセン」

「えっ?じ、十兵衛君?」

「はい。訳ありで居候させて貰ってます」


アステリアさんに居候するに至った経緯を簡単に説明すると、誤解はあっさり解けた。


「じゅ、ルイ君も苦労してるのね」


2人で会話している時は気にならなかったが、3人だと本名とHNが混在すると、紛らわしい。

3人とも本名で呼ぶ事で合意した。


「それより彩花さん、今日ここに泊まりますよね?俺、別の所に行くんで、TGOのβが始まったら、VR向こうで会いましょう」


今は大学も夏休みだ。

2人で過ごすなら、俺は邪魔だ。

予定より滞在期間が短かったが、また泊まる所を探さなくちゃならない。


「何処行く気だ?」


荷物を纏める俺に、海流さんが問いかけてきた。


「友達の所に泊まります」

「お前、俺しか現実世界リアルの友達いねぇだろ。ネカフェやビジホは、年齢確認が厳しいから、中学生じゃ泊まれねぇぞ」

「…ラブホに泊まります。連泊は出来ませんけど、転々とすれば2〜3週間なら凌げます」

「家に帰る気はねぇのか?」

「まだ帰りません。いきなり俺と2人きりは、義姉には酷いストレスになります。親父達が休みになってから帰ります」

「「……」」

「お世話になりました」

「…ちょっと待って」


出て行こうとした俺を彩花さんが引き留めた。


「海流にはウチに来てもらうわ。ルイ君はここにいなさい」

「いや、家主不在で泊めてもらう訳には…」

「君に何かあったら、私達が嫌な思いをするの。海流も中学生からお金は受け取りにくいでしょうから、タダで泊まるのが心苦しいなら、動画撮影を手伝えば良いわ」

「……」


黙り込んだ俺に、海流さんが鍵を手渡した。


「何でお前がそうなったのか知らねぇけど、ガキのクセに周りに気を使い過ぎだ。少しは誰かを頼れ」

「……」



俺は帰宅予定日まで、海流さんの家に泊まった。

家に帰るまで、宿題や動画の手伝い、ジョギング、筋トレと変わり映えしない毎日を過ごした。

買物以外で外出したのは、模擬試験の1日だけだった。



義姉ねえちゃんに宜しくな」

「お義母かあさんと上手くやるのよ」


盆休みの初日、海流さんと彩花さんに見送られて、俺は長い外泊を終えた。



「ただいま〜」

「お帰り、ちゃんと宿題やったか?」

「大丈夫、全部終わってる。模擬試験もちゃんと受けて来た」

「まあ、心配はしてなかったけどな」


親父は、ちょっとした外出からから戻った位の気軽さで迎えてくれた。


「明日から、TGOのβテストに招待されてるんだ。やる事は終わらせてるよ」

「!」


何故か、凛さんが驚いたように俺を見た。


「私もTGOのβに招待されてるの!」


俺も驚いた。

第1期のクローズドβに招待されているのは、廃人クラスのプレイヤーばかりだ。

まさか同じ趣味を持ってるとは思わなかった。


「一緒にやります?」

「うん。一緒にやろう」


凛さんが満面の笑みで返してくれた。

もしかして最初から趣味の話とかしてれば、一月も外泊する必要なかったのか?

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