中学生編

高校1年生の6月、ママが再婚したいと私に打ち明けた。

パパが亡くなったのは、私が小学校6年生の時だ。

あれから、もう4年も経つ。

この4年間、女手一つで私を育ててくれたママの再婚に反対する気はなかった。


問題は、再婚相手の連れ子だ。

私より1つ年下の中学3年生の男の子だった。


「成績も良いし、とっても良い子よ」

母は、一足先に彼に会っているようだった。

私もその段階で、再婚相手の方とは何度か会っていた。

ママが再婚を考えて私に会わせていたのは、どんなに鈍くても気付く。

後は、私と彼が顔合わせをするだけだった。


1学期の期末試験が終わった週末、私はママに連れられ、再婚相手の家を訪れた。

200坪は有りそうな、庭付きの戸建住宅だった。

ガレージには高そうな車が2台あった。

1台はセダンで1台はワゴンだ。

2Kのボロアパートに住んでいる私達には、信じられない生活水準が伺えた。


私が呆気に取られていると、心の準備をする間もなく、ママがインターホンを押してしまった。

出迎えてくれたのは、連れ子の男の子だった。

玄関に入ると、新しいスリッパを用意してくれていた。

私達にとても気を遣ってくれている事は間違いない。


リビングに通されると、またしても圧倒される。

広い!

リビングだけで、私達が暮らしているアパート1世帯分より広い。

連れ子の彼に促されてソファに座ると、早速挨拶してくれた。


「初めまして、小鳥遊タカナシ 謙介ケンスケの長男で流生ルイと言います。宜しく、義姉ねえさん、で良いのかな?」


少し照れながら私を姉さんと呼ぶ彼は、華奢な感じの中性的な顔立ちの男の子だった。

私の苦手なオラオラ系やウェイ系ではないようで、一先ず安心した。


「初めまして、浅沼アサヌマ 麻里マリの長女のリンです。宜しくね、義弟おとうと君?」

「義弟君は変ですよ。流生で良いです」

「じゃあ、私も凛で良いわ」


私達親子を迎える為、身なりを整えて待っていてくれたのだろう。

流生には清潔感があり、生理的な嫌悪感を抱く事はなかった。


「どう、凛?流生君、カッコ良いでしょ?」


母は呑気に言うが、そういう問題ではない。

正直に言えば、ルックスはモロ好みだが、思春期の私には歳の近い流生と暮らす事に抵抗があった。


私の思いは、顔に出てしまっていたのだろう。

流生が私の表情を読み取ったのか、母と私に言った。


「やっぱり、無理がありますよね。取り敢えず、親父と麻里さん、凛さんの3人で暮らしみたらどうですか?俺は暫く友達の家に泊めて貰います。盆休みに一度帰って来ます」

「「「……」」」

「毎日、親父に生存報告はするよ」

「ち、ちょっと待ってよ。君を追い出したい訳じゃ無いのよ」


私は慌てて流生を引き留めようとした。


「凛さん、気にしなくて良いですよ。家出する訳じゃ無いんですから。いきなり新しい生活に俺がいるのは、結構なストレスですよね。一月もすれば、この家にも3人での生活にも、ある程度慣れるでしょ?その頃に戻ってきます」

「…それで私が無理だって言ったら、どうするつもり?」

「高校進学と同時に一人暮らしをします。経済的にも無理な話じゃないですから」

「それなら、私が出て行くべきじゃないの?」

「親父も麻里さんも、凛さんの一人暮らしよりは、俺の一人暮らしの方がマシだと思う筈ですよ」


流生の言う通りだ。

親としては、女の子の一人暮らしの方が心配は大きいだろう。


「流生は、それで良いのか?」


謙介さんも話に加わってきた。


「俺は、親父は再婚した方が良いと思ってる。折角纏まりかけた話なんだ、邪魔はしたくない」

「…それにしても1日2日泊めもらうのとは訳が違うだろ。1ヶ月近くお世話になるなら、その友達の親御さんにも挨拶に行かなきゃならないだろう?」

「そこは心配ない。一人暮らしの大学生のところに行く。ちゃんと生活費さえ入れれば問題ない相手だ」


1ヶ月も泊めてくれる大学生の友達って、流生の交友関係はどうなっているのだろう?

それに謙介さんと流生の関係も、サバサバし過ぎだ。

父親と男の子って、こういうものなの?

私とママは、こんなに割り切れてないよ。


結局、あれよあれよと言う間に話は進み、夏休みに入ると直ぐに私達親子は、小鳥遊家に引越した。

その時には、流生の姿は既になかった。



流生との同居さえ除けば、私にはママの再婚はメリットしかなかった。

今まで考えた事もない自分の部屋が与えられた上、お小遣いも大幅に増額された。

学校も近くなり、2学期からは通学も楽になる。

何か私だけが得をしたみたいで、流生に申し訳ない気持ちになってしまった。


再婚後もママは、仕事を続ける事にした。

私と流生の事も含め、謙介さんとの再婚生活が上手くいく保証はない。

その場合、ママが無職では私達の生活は立ち行かなくなってしまう。

その時の保険だと、ママは言っている。



夏休みの間は両親が仕事に出ると、昼間は私一人になってしまう。

もし流生が家にいれば、彼と2人きりだった。

こうなる事を見越して、流生は一時的に家を出たのか?

盆休みなら、少なくとも親のどちらかが家にいる。

だから、その頃に帰って来るという事か。

優しそうな子だとは思ったけど、流生は随分と気を遣ってくれたようだ。



お盆休みが近づくと、流生から帰って来ると連絡があったらしい。

それまでの間も、約束通り毎日「生存報告」があった。


『生きてる。心配要らない』


メッセージの文面を見せてもらったが、何とも味気ないメッセージに笑ってしまった。



「ただいま〜」


お盆休みの初日、キャリーバッグを転がした流生が帰ってきた。


「お帰り、ちゃんと宿題やったか?」


謙介さんの言葉に私がドキリとする。


(ヤバい!私、終わってない。ネトゲばかりやってた)


「大丈夫、全部終わってる。模擬試験もちゃんと受けて来た」

「まあ、心配はしてなかったけどな」


(えっ!?流生って優等生だったの?謙介さんも信用し切ってる)


「明日から、TGOのβテストに招待されてるんだ。やる事は終わらせてるよ」

「!」


(嘘ぉ!第1期のクローズドβって国内のプレーヤーが3000人だけだったよね。この子もゲーマーだったの?)


TGO(True Genesis Online)

5年以上も前に制作発表が行われた、フルダイブ型のVRMMORPG。

魔物の出現で絶滅しかけた人類が、生存圏を取り戻すと言うベタな設定だが、ゲーム史上最大の製作費が注ぎ込まれたと言われている大作だ。

全世界のゲーマーがリリースを心待ちにしているビッグタイトルだ。


αテストが終わり、遂にβテストが始まる。

予定されているβテストも3期に分かれると言う。


第1期は、他のVRMMOで実績のある国内のプレーヤーを3000人招待してのテスト。

第2期は、海外からもテスターを募集しての大規模なテストになるらしい。

第3期は、オープンβで、誰でも参加出来る。

プレーヤーのレベルや経験値は1回毎にリセットされ、本サービス前にもリセットされる。



「私もTGOのβに招待されてるの!」


私は流生の言葉に食いついた。


「一緒にやります?」


流生も一瞬、驚いたような顔をしたが、直ぐに嬉しそうな表情に変わった。


(あ、可愛い)


この子、こんな子供っぽい顔もするんだ?

私も流生と仲良くなれる気がして来た。


「うん。一緒にやろう」


一歩どころか、一気に流生との距離が縮まった。

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