夢なむ会話は睡魔に浚われる

「奇ちゃん、起きてる?」

「どぅ……しまし、たのぉ?」


 隣の布団から実景みかげに声をかけられて、奇乃あやのはもにゃもにゃと夢波ゆめなみに口籠らせながら声を返す。


 おまけで、ごろりと転がって、タオルケットを体に巻き付けて実景の方を向いた。


 実景は何を躊躇っているのか、沈黙が挟まって、奇乃は意識が夢海ゆめみに沈みそうになるのを懸命に堪える。


「わたし、どうしたらいいの?」


 やっと出てきたのは、そんな泣き言だった。


「それは、自分でお決めなさいませ。どうするか決めたなら、手伝いもいたしますわーぁふ」


 奇乃は堪え切れなかった欠伸で語尾を溶かす。


 暗闇の向こうでは、実景が唸っていた。体もぷるぷると震えているかもしれない。


「実景ちゃん、人に意思決定を左右される機会が普通より少ないはずですのに、人に従う癖がついてますわねー。機会ないから逆に耐性がねーのかねー」


 奇乃は眠気に負けつつあって、口調が安定しなくなってきた。

 話している内容も、普段なら思考はしても口には出さないような考察である。


「そ、そう?」

「だって、お母さんが普段いませんし、景隆さんも如実に意思を尊重してますから、ああしろこうしろって家でいう人いませんのー。でもそれが、自分の行動を決める指標を芽吹かせられなくて、右往左往してるのかもですのー。実景ちゃんは意志薄弱ですのねー。自分がどうしたいのかくらい、自分で決めろーですーのー」

「あぅ」


 うとうとと瞼を閉じかけた奇乃は、ちゃんと起きていたら気を遣って言葉を選んだり言わなかったりするのを、そのままおもいていく。


 自分の駄目なところをあげつらえられた実景は、かなりの精神負傷を喰らっている。


 でも、実景の周囲は彼女を甘やかして、欠点を指摘しない人しかいないから、いい薬なのかもしれない。

 奇乃にその自覚がないから、余りに容赦がなさすぎるけども。


「だいたいだな。人なんて考えも好みもちげーし、てか、同じ人だっでその時々で言ってること変わるような考えなしなんざいくらでもいるし、てか、そんなんが普通だし、そんなおめさが思ってるみたいな人はみんながこう考えてんべなんての、妄想だがら、捨てなせ」

「え、ええ?」


 奇乃が本格的に訛りを出してきて、実景はちっとも聞き取れなくなって、困惑がさらに深まる。


 いつもならきちんと相手に伝わるように、分かりやすく言い直す奇乃の理性は、本音よりも先に眠りに就いたのかもしれない。


「おめさを大事にしてくれる家族みでぇな人は、他人だとすくねけんじょ、んでもそんなんばっかでもねーから。百人が自分本位で、自分とちげおかしなおめさを嫌がっでも、一人はおめさを大事にしてくれるかもしんね。そいう人を友達にすんだ。百人に捨てらんによに、その一人を見落としでたら、勿体なかんべさ」

「百人と一人……」


 みんながみんな同じだと、実景はずっと思ってた。


 自分や家族だけが、その『ミンナ』から外れているんだと思い込んでいた。


 でも、奇乃は、その『ミンナ』なんていうのが幻想だと言う。


 『ミンナ』に見えても、そこにいるのは一人ひとりで、別人で、人それぞれなのだと、そんな当たり前が知れる程に実景は人と接してこなかった。


「おそろしもんをおそろしがる人は多いだろけども、おそろしもんが実は悲しがってんのを知って寄ってくる人もいんべ。あの黄色い服着だアニメのプリンセスとか」


 有名なアニメ映画のヒロインを思い浮かべて、奇乃はこてんと頭を沈めた。


 ライオンとも熊ともつかない姿の相手の手を取って、家具達の演奏に囲まれてダンスを踊るシーンは、けして二次元だけではないと言う。


 現実でだって、そんな相手は見つけられると言う。


「奇ちゃん、は、一人になってくれる?」


 恐る恐る、実景は言葉を投げかけた。


 空気を波紋が揺らいで、消えて、その後には沈黙が凪ぐ。


 奇乃は応えてくれない。


 実景の胸に、不安が重く、暗く、噛み付いてきて。


 よくよく耳を澄ませば、規則正しい寝息が寝室の普音あまねとなっている。


「……え」


 実景はがばりと布団から飛び出して、奇乃の体を四つん這いになって覆った。


 近づいても、反応はなく、逃げ場を塞いでも、見返しても来ない。


 眠れる息の音だけが、より確かに実景の耳に届く。


「ねて、るよぉおおお」


 一番言って欲しかったことを訊けなかった実景は、突っ張った手足から力が抜けて、そのまま奇乃の掛け布団に変わった。


「ぐ……ぬ……あ、っちぃ……」


 熱を持った布団を熱帯夜に被せられて、随分と奇乃は寝苦しそうだった。

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