皇帝-L’ Empereur-

 正と負の力。

 この緊張こそが全てを生み出す。

 ヘラクレイトスからヘーゲルへの贈り物。

「否定の否定は単なる肯定では」

 私はふと疑問に思う。

「それは違う」

 師匠は言う。

「では何ですか?」

 私の問いに

「より高い肯定」

 師匠は簡潔に答える。

「ただの肯定と何が違うのですか?」

 私の問いかけに

「では雨が降らない。は、雨が降る。の否定かね」

 師匠は逆に問い返す。

「まあ、そうでしょう」

 私はそう答えるしかない。

「では雨が降る。は、雨が降らない。の否定であることがわかる、つまりアプリオリにしろアポステオリにしろ分析的にしろ総合的にしろ否定の否定は新たな肯定となる」

 師匠はつらつら答える。

「?」

 よくわからない哲学用語が出てきた。

 師匠は元哲学科らしく当たり前のようにこのような哲学的用語を使ってくる。

 私はそれに戸惑うことがある。

「はあ、なんとなくわかりました」

 と答えると

「その答えはダメだね、魔術とは異なる思考回路だ」

 師匠は珍しくムッとする。

「では後で哲学用語辞典で調べておきます」

 私の答えに

「いや、それはやめた方がいい哲学用語辞典なるものは哲学を知っている者じゃないと読めないからね」

 と、師匠は釘を刺し哲学入門という当たり障りのない本を差し出す。

「これで少し勉強するがいい」

私は特段、興味はないが哲学入門を読むことにした。


 私のメモ。


アプリオリ……経験に先立って

アポステオリ……経験の後に

分析的……概念において内在的

総合的……概念において外在的


 経験。概念。外在。内在。の要研究。


 私はまた夢を見た。

 数学記号が踊る夢を。

 この夢に意味はない。

 もしくはある。

 またはこの対立そのものがナンセンスか……

 理解が及ばない。

 ただ感じるだけ。

 ああ、数学記号が楽しく躍り狂う、その外で普通の言葉たちは悲惨に争い合っている。

 数学記号たちはそれを見て笑う。

 しかし一つの記号。

 ¬がこう言う。

「笑っていられるのも今のうちだ……」

 と。


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