女教皇-Le Papesse-

 草をゆるりと食む雌牛たち。

 そんな中、私は立っていた。

 ここはどこ?

 確か……

 ああ、これは夢か……

 雌牛

 深層心理学では多産と忍耐の象徴シンボルだったけ?

 いかにも象徴シンボルだ。

 女性か……私には女性的な世界観が足りない。

 「師匠」

  私は呼び掛ける。

 ……。

 反応は……

 「なにかね?」

 あった。

 私が少し驚いた顔をしたのだろう

集合的無意識アニマ・ムンディにアクセスしたのだ、俺がいても不思議ではあるまい」

 師匠は言う。

「私は男ですか女ですか?あるいは殺す者ですか殺される者ですか?」

 私の問いに

「ナンセンスだが重要な問だ」

 師匠は答える。

「答えは二律背反アンチノミーなのですか?」

私はより強く問う。

「そうだ……俺も君も男であり女である。それがということだ……そして君も俺も殺す者であり殺される者だ。それがということだ」

 ああ、なんと恐ろしい。

 区別はなく、なにも。それが人間実存……

「では私はどうすれば」

 私はまた問う。

「耐えろ。そして見つめろ。そして与えよ」

 師匠はそう言う。

 それは愛徳アガペーですか?

 と言おうとしたとき。

 気がついたら

 私は師匠を殺していた。

 手に生暖かい感触。

 鼻を突く鉄臭い匂い。

 私はいつ短剣を握っていた?

 だがどうでもいい。

 生命の匂いに酔いしれる。私は殺人者だ。

___

__

 目が覚める

 冷や汗が凄い。

「師匠!」

 私は師匠のもとを駆ける。

「なんだい?」

 師匠はワインを飲んでいる。

 鉄臭い匂いがする。

 そんなものはどこにもないのに

「また、夢の中で俺を殺したな」

 師匠の言葉に

「いえ」

 私は嘘を吐いてしまう。

「そうかい」

 師匠はワインを煽る。

 鉄臭い匂いが消えた。

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