253 星幽迷宮(アストラルメイズ)
「……ヒルダ! とまれ!」
「え? あ、っと……ごめん、周りを見ていなかった……」
俺がヒルダを呼び止めると、彼女は慌てて立ち止まって振り返るが、そこで初めて周りの様子がおかしいということに気がついたのだろう。
辺りを見回してすぐに俺の元へと戻ってくる……モーガンの逃げ足が早すぎるということもあるけど、俺は軽く後ろを振り向くとそこには広大な空間だけが広がっているのが見える。
強い魔力と不気味に脈動する壁や地面……何かの体内に潜り込んだかのように、強く鼻をつく匂いがあたりに充満している。
つまり……しっかりと誘い込まれたということだな、異空間に迷宮を作り上げる魔法というのもアルピナの記憶の中に存在しているため、
「……これは、まずいな……
顎に手を当てて少しあたりの様子を探っていくが、モーガンの気配はかなり遠くに移動していることがわかる……どうやって移動しているんだ? とは思ったがどうやら気配が消えたり現れたりしていることからワープ的な何かを使用しているのだろうな……面倒だ。
俺が少し表情を曇らせているのが気になるのかヒルダは不安そうな表情で俺を見上げていることに気がつくと、俺は彼女に心配するなとばかりに笑顔を見せる。
「クリフ……」
「ああ、ごめん。大丈夫……モーガンを追いかけてここから脱出しよう」
「うん! 一緒に行こう!」
少しだけ表情を綻ばせたヒルダが俺の腕を両手でしっかりと掴み体を寄せると、彼女の滑らかな肌と最近成長してきた柔らかな膨らみの感触が伝わって俺は思わず息を呑む。
先日の告白からどうもヒルダに対しての意識が変わってしまっているらしく、俺自身が彼女をどうしたいのかわからなくなってきているのだ。
多分本人はそう言う意識は全然ないだろうな……単純に好きになったから好きって言ってるだけで、それ以上があるなんて思ってないだろう。
「……どうしたの?」
不思議そうな顔で俺を見上げるヒルダの目が、なんとなく俺の今考えているやましい考えを見透かしているような気がして心臓がどきりと高鳴るが、なんとかそう言う気持ちを抑え込んで彼女と一緒に歩き出す。
ダメだ、彼女に手を出しちゃったらアドリアに何を言われるかわかったものじゃない……ただでさえアイヴィーと違ってアドリアは自分自身が俺を独占できていないことに多少なりとも不満を感じている節もあるんだから……。
「なんでもないよ、早くアドリア達の元に帰ろうな」
「なあ、黒髪の娘に渡した薬ってなんだ?」
魔法か? と思ってカイが首をひねるが、ネヴァンは笑顔のまま「手品だ」とにべもなく答えたことで、彼はガックリと肩を落とす。
「この薬は思考能力を落とす、特に魔力に長けたもの、
「人ではないもの?」
ネヴァンはその言葉に頷くと、ゆっくりと自分を指差した。
それは自分がちゃんと人ではない、と言うことを証明する行動ではあるが……改めてその事実に気付かされてカイはほんの少しだけ表情を曇らせる。
だがそんな彼の感情には同調しないとばかりに、歪んだ笑みを浮かべるとネヴァンは続けて説明を始める。
「クリフ・ネヴィルはすでに人の域からは少し外れた場所に存在する、本質的には
それはおそらくアルピナの魂だろうな、とはネヴァンは理解しているが目の前の人間にはそれが理解できない可能性も加味して補足としては伝えない。
クリフ自身が否定したところで彼の能力はすでに逸脱したレベルに達しており、見るものによっては彼を
カイは理解できないと言う顔をしつつもクリフがすでに人間の域を超えていると言う部分には共感したらしく、黙って頷く。
「まあ、あいつはそう言う枠には収まってないのは理解しているぜ、だからこそ俺たちはあいつを欲しいと思ってるんだけどな」
「そうだな……お前はそれでよかろう。続けるぞ? 人ならざる者はその体の構造は人間に近くても、魂はそうではない……特にクリフは
「薬が効いちまう
「人間と大して変わらないからだ、それにこの液体は単なる薬ではない。魂に直接干渉し、その認識を阻害していく……まあどう言うことが起きるかというと、真相意識にある欲望に逆らえなくする」
ネヴァンはニヤニヤと笑いながらその小瓶を指先でつまんで振る……中に入っている液体は虹色に輝いたかと思うと、次の瞬間には毒々しいくらい紫色に変化したり、再び発光したりと不可思議な変化を見せている。
カイはそこまでの話を聞いて、一つの仮説に辿り着いた……それってつまり、彼の表情を見てネヴァンは大きく表情を歪めて笑う。
「……正解、これは我々のような存在にも効果がある媚薬だ、私は少女には優しいのだぞ? あの醜い肉欲をきちんと叶えてやろうと言うのだからな。その上で動けなくなったところへ転移してクリフ・ネヴィルを捉える」
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