240 エンダラン要塞にて

「……で、なんでお前がここにいるんだ?」


「そりゃあ私はお前の参謀役だからな……法螺吹き男爵ベトレイヤル

 レヴァリア戦士団の拠点であるエンダラン要塞の一室で机に足を載せながらワインを飲んでいた法螺吹き男爵ベトレイヤルカイ・ラモン・ベラスコ男爵は不満そうな表情で、彼の部屋にある寝台の上で果物を齧っている桃色の髪をした少女へと話しかける。

 桃色の髪の少女……端正な顔立ちと黒いローブを見に纏い、ぱっと見は美しいと感じるだろうが、異様なのは金色の山羊のような目が爛爛と輝いている混沌の戦士ケイオスウォリアーの一人であるネヴァンその人だ。

「えー、頼んでねえよ……第一お前戦争の時はちんちくりんだったのになんで急に大きくなったんだよ」


「成長期かのう……嬉しいだろう、こんな美少女を側に侍らせるような男なんぞ、最近では王国にきているクリフくらいしかおらんぞ? まあ、あいつの隣にいるのは妙齢の半森人族ハーフエルフだがな」

 帝国から戻ってきたネヴァンは少し成長をしており、少し前までは一〇歳程度の大きさしかなかったが、今では一五歳程度の少女の姿まで大きくなっており、カイ本人としては使用人達から変な目で見られているような有様なのだ。

 確かに異様な輝きを持つ目以外は整っており、スタイルも良く礼儀作法すらしっかりしている……新しい愛人だ、とか紹介されても決しておかしくはないが……こんな少女を愛人扱いするほど彼のモラルは低くはない。

「俺、侍らせるならもっと大人の女性がいいんだよなあ……そういやクリフがこの王国に入った、って言ってたか?」


「そうだな……数日前に巨大な魔力の爆発と収縮を感じた。あんなバカみたいに巨大な魔力を纏められるのは魔王ハイロード勇者ヒーローくらいなものだ」

 ネヴァンが寝台の横にある果物置き場から、勝手に別の果物を取ると齧り付きながら答える。その小さな体のどこにそれだけの食糧が詰め込めるのか理解し難い気もするが、魔王ハイロードね……カイはあの王国出身と言われている魔法使いの顔を思い出す。

 どこか浮世離れした雰囲気を漂わせる若者……そして仲間からの信頼も持ち合わせる彼を仲間に引き入れたい、と思っていた。

「……ちょっと待て、お前の口ぶりだと勇者ヒーローってのもこの世界のどこかにいるのか?」


「いるぞ……数名だが、一人は神権皇帝ファラオ、転生を繰り返し魂の純度を限界まで高めた存在……あれがその成れの果てだ。もう一名は森人族エルフの傭兵団を率いる針葉樹の槍コニファーあたりだな、他にも数人いるらしいがよくわからん」

 神権皇帝ファラオ……南方にある巨大国家、聖王国の永遠の皇帝として君臨する絶対的な権力者であり、平和と享楽、そして文化の守護者として知られている。

 そしてこの大陸で最も有名な森人族エルフである針葉樹の槍コニファー……本名はよく知られていないが、北方における広大な森林を支配する戦士の一人だ。

「……そういや北方といえばシェルリング王国の特使が本拠地にやってきてるんだっけ……」


「ああ、そういう報告が来ておったな……それと団長殿がお前に護衛を頼みたいと話していたらしいぞ」

 そこまで話した時にバタバタと廊下の方で足音が響く……カイはその足音を聞いて、ワインの瓶とグラスを机の引き出しへと放り込むと、軽く衣服を整える。

 ネヴァンはそんなカイの行動を見て誰が来たのかを理解し、寝台の上から飛び降りると軽く衣服の埃を祓い直した次の瞬間、バタン! と荒々しく扉が開かれ、強面の中年男性が息を切らせながら部屋の中へと飛び込んできた。

「カ、カイ! と、とんでもないのがやってきたんだ……俺の護衛をしてくれ……頼むよ!」


「団長……もう少し扉は丁寧に開けましょうぜ……それと馬鹿力で痛いですよ」

 カイの言葉も聞こえているのかいないのか……レヴァリア戦士団団長であるラウール・フロイデンタールはカイの両肩に手を当てて彼をブンブンと前後に揺さぶる。

 涙目でカイを揺さぶっていたラウールがハッと息を呑むと、じっと自分を興味深そうに見ている視線に気がつき、両手を離した後に軽く咳払いをすると、恐ろしく落ち着いた声で再び口を開く。

「……混沌の戦士ケイオスウォリアー殿がいるとは……これは失礼した」


「気にするな……それよりもさっきのが普通だな? カイの前では随分と印象が変わるようで」

 ネヴァンがニタァと歪んだ笑みを浮かべる……その不気味すぎる笑顔にラウールは少したじろぐが、悪意ではなく茶化すような言い方であったことに気がつくと、少し苦笑いのような笑みを浮かべて頬を指で掻く。

 カイが呆れたようにため息をつくと椅子を用意し、ラウールへそこへと座れと仕草で示す……それに応じたラウールが椅子に座ると、ネヴァンも笑みをやめて新台へともう一度腰をおろした。

「……ったく……お前そのうち団内の権威とか威厳とか失うことになるぞ……ネヴァンもその笑みをやめてくれ。で、どうしたんだ?」


「すまん……シェルリング王国から特使が来たんだが……その特使も変だが、護衛がやばいんだ。あれは只者じゃない……!」

 椅子に座ったまま震え始めるラウール……彼自身は戦士団の団長を務めるだけの能力、勇気、そして威厳を持っている人物でもある、それがここまで怯えるのはカイの記憶にもないレベルだ。

 ネヴァンも困惑した様子の表情を浮かべている……カイは軽く頭を振ると、ラウールの肩に手を乗せて軽く叩くとつづきを喋るように促す。

「……いいから、どんなやつだったのか教えてくれ」


森人族エルフの傭兵だ……金の紋様の入った槍を携えている……外套に針葉樹の槍コニファーの紋様がついている……」

 その言葉にカイとネヴァンは思わず顔を見合わせる……まさかと思うが……針葉樹の槍コニファー本人でもきているのだろうか……それにしても特使も変というのはどうかと思うが、針葉樹の槍コニファーの紋章をつけているということは、傭兵団の重要人物なのだろう。

 カイは少し考えると、ネヴァンに今後の動き方を相談し始める。


「……どちらにせよ俺が護衛を、ネヴァンも念の為一緒にきてくれ。なんかあった時はラウールを転移で隠れ家へ飛ばして欲しい」

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