239 漆黒の子山羊(ゴート) 05

「まずいな……とりあえず皆から引き剥がさないと……」


 俺は一気に火球ファイアーボールを連続で放ちつつ、子山羊ゴートの気を引きながらバケモノの後ろへと移動していく、そっち側には砦があってもしかしたら人質がいる可能性もあるのだけど、この際そんなことを気にする余裕はない、俺の攻撃は全くと言っていいほど効いていないのだけど、爆発と衝撃で子山羊ゴートは俺に気を取られて、砦の方向へと移動を始める。

「「「「「ままままままままてててててててて」」」」」


 子山羊ゴートは唸り声と共にその太く逞しい足を這いずるように動かし、俺の目論見通り砦の方向へと移動を始める……これで仲間の方向へは行かないはずだ。

 移動速度はそれほど速くないな……足の運びを見ても巨体がそれなりに重いらしく、時折その巨体がぐらりと左右に傾きながら動いている。

 おい、アルピナ……俺が死んだらお前もいなくなるだろ? あれの詳しい情報を教えろよ……その言葉に反応したのか心の中にアルピナの気だるそうな声が響く。


<<あなたのお願いなら仕方ないわねえ……子山羊ゴートは確かに圧倒的な耐久力を持っているけど、それだけなのよ。だからそれを上回る攻撃であれば消滅させられるわ……中途半端な攻撃ならやらない方がマシよ。そういう魔法はお持ちなのかしら、ウフフ……>>


 ふむ……であれば、少し考えていた魔法をか……前世で作っていた企画の中で、ファンタジーロールプレイングゲームでありがちな魔法だけでなく、ちょっと変わった魔法を考えてみようって仲間内で話をしてて、こんなのどうかな? と話したものがあった。

 今の俺であれば……なんとなくだけどできるという気がする……。


<<企画能力プランニング発動……魔法の構築を行います……>>


 この世界の学問はそれほど発達をしていない……というよりも実際に神様が存在していたり、魔法技術の発達によって学問は神学、悪魔学、魔法、精霊学、歴史、戦術、戦略といった方面に偏っており、物理やその他の科学技術などは未発達だ。

 例えばどうして空中に放り投げたものが落ちてくるのか、とか摩擦によって火が付くのはなぜか? という分野において誰も関心を持っていない。


 意図的に持たされていないのか? とは思ったがそうではなく、例えば神学などで引力について説明がされていたりもする……、という実にシンプルな説明として。

 例えば風の神の妻であった大地の女神が、空に放ったものを夫に取られないために引っ張ってるんだとか、なんともそれらしい説明などを作り上げており、ま、まあ……そういう考えなら……と子供の頃に少し呆れを感じたりもしたものなのだけど。


 俺はこの世界であれば、前世知識である物理や引力などを使った魔法が開発できるのではないかと、常々考えていた……そのベースとなっていたのは昔企画職の連中と遊びで考えていた広範囲を攻撃するって単純なものだ。


<<いい、いいわ! あなた発想が素晴らしいわ……さすが私の愛した人だけあるわ……>>

<<企画能力プランニング……魔法の構築、内容、展開後のイメージを固定……>>

<<……構築した魔法の名前を決定してください……>>


 そうだな……頭の中に展開後の魔法のイメージが浮かび上がっていく、この魔法はすでに名前を決めてある。

 俺は子山羊ゴートに向かって手を伸ばすと、魔力を集中させていく……バケモノの周りの空間に巨大な結界を構築する……範囲攻撃って言っても昔からある魔法は効果範囲外にも影響を与えてしまうものが多い。

 それもそれであまりスマートではないなあ……とは考えていた、そこで結界内に効果を限定するというのもこの魔法の特性の一つになるのだろう。

「……では、本邦初公開……戦術魔法タクティカルとして新しく魔法教本に掲載してもらうとするか……」


 子山羊ゴートの周りに莫大な魔力を集中させていく……物体の落下は引力があるから……前世の世界では重力にものが引っ張られている、物体に働く引力と地球の自転による遠心力の合計だったか。

 結界内に擬似的な強い重力が発生するとどうなるだろうか? 魔力を代用して無差別かつ広範囲に重力を発生させる、というのはすでに実験済みだ……ただ莫大な魔力の消費と、コントロールが効かないというデメリットがあり、さらには範囲が広がることによって効果が分散してしまって想定していた強い重力は発生させられなかった。

 だけど限定された空間であれば……魔力が拡散せずに一定方向へと重力を発生させ続けることができるはずだ。

「……重力撃グラヴィティッ!」


「「「「「なななななななにににににに」」」」」

 結界内の魔力が一気に収縮していく……それと同時に重力の代わりに収縮していく魔力によって子山羊ゴートの体が押し潰されていく。

 メリメリと音を立てて太い肉体がひしゃげ、ドス黒い血が吹き出す……悲鳴と骨や巨大な何かが潰れ、破砕されていく音があたりに響く。

 魔法による魔力の収縮が結界の中心点に向かって強い力で引き込んでいく……魔力をさらに収束させるとより中心点として設定している魔力はより小さく、密度を増していく。


「この魔法の先にあるのは……ま、……でもそんなものを目の前で発生させたら俺も無事じゃ済まさなそうだし、この辺でやめとくか」

 俺は一気に魔力の収縮を解消させる……魔力を使った擬似重力の良いところは、魔力の流入を止めるとそこで効果が消滅するところだ。

 まだ改善の余地はあるが、一定の効果を得られたと言っていいだろう……結界を解くと、ゴトリ……まるで小さなボール状に固められた黒い物体が地面へと落ちる。


<<……魔法名重力撃グラヴィティを登録したしました>>

<<ライブラリ内への記録完了、再現可能。また熟練度の向上により高速化などの改善が可能です>>


 ふう……なんとかなったな。

 しかも新しい魔法の構築も完了……そのうちクリフ・ネヴィルの魔法書なんてできちゃうかもしれないな……防御用の結界が解かれ、慌てて俺の元へと走ってくるアイヴィーとアドリア、そしてゆっくりと苦笑いを浮かべながら歩いてくる他の仲間を見つけて軽く手を振ると、彼らに向かって話しかける。


「……砦に残ってる他の獣魔族ビーストマンを殲滅するぞ!」

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