236 漆黒の子山羊(ゴート) 02

「おお、出てきたなあ……」


 ロランが砦の中から整然とした隊列を組みながら行進してくる獣魔族ビーストマンの大群を見て、感心したような声をあげている。

 獣魔族ビーストマンというと、大抵隊列なんかろくに組めずに突撃を繰り返すような連中が多い中、ブランソフ王国辺境とはいえ、砦にいた彼らは何らかの意思に従って行軍しているということが理解できる。

「こいつは……指揮官がいるな、それもとびきりのヤバいやつが……」


 俺の言葉に仲間達の表情が引き締まる……遠目に見ても武器などの揃えもしっかりしているし、軍隊のように訓練された連中がこの砦に集結していたことに今更気がついて軽く舌打ちをするが、やることは変わらない。

 俺は剣杖ソードスタッフを軽く振るうと、魔法の準備へと移る……戦争での戦いを経て、なんとなくだがまずは最大の攻撃で相手の気力を削ぐのが有効だ、というのに気がついた。

 俺の魔力集中に応じて、突然空に黒い雲がどこからともなく湧き出し上空で渦巻き始め、途端に獣魔族ビーストマン達の隊列に軽い乱れが生じる。

「……いい子達だ、逃げずにいてくれている……」


 今回用意したのはやはり古い文献から掘り出してきた古代の魔法で、割と前世のゲームやファンタジー映画などでもお馴染みのものだったりして、文献を見てて少しだけテンションが上がるのを感じたりもしたな。

 ただ、実戦で使うことはほとんどなかったので成功するかどうかはまた別の問題だったりもするのだけど。


<<企画能力プランニング実行……欠損部分の補完、および再計算を実施>>

<<再計算により魔法発動に必要な魔力量、および成功率を向上>>


「んじゃま、まずは数を減らそう……雷の雨サンダーレイン

 俺の宣言と共に、黒く渦巻く雲から轟音と共に無数の落雷が獣魔族ビーストマンへと降りかかる……古代魔法雷の雨サンダーレインは一定範囲の標的へと黒雲から超高電圧の落雷を降らせる魔法で、見てからはほぼ回避できないという特性を持っている。

 単体攻撃用の落雷サンダーボルトという魔法から派生している範囲攻撃用の魔法だが、発動前に見ての通り黒雲が立ち込めるという実に見た目重視の魔法であることと、目測で決めた範囲にしか攻撃を降らせることができないため、高速で移動する物体には当てにくいこと、そして一発一発の威力は絶大だけど範囲内にいるものに絶対当たるか、というと当たらない可能性もあるという殲滅目的では少し使いにくいという特徴がある。


「……今だ! 掻き乱せ!」

 今回の雷の雨サンダーレインは……割と密集隊形をとっていたこともあり、地面に落ちた落雷自体も爆発し、獣魔族ビーストマンの隊列を完全に乱す効果も生まれているようだ。

 悲鳴と怒号が飛び交う中、その隙を逃さずに、アイヴィー、カレン、ロラン、ベッテガが一気に突進を開始する……ロスティラフとヒルダ、アドリアが混乱する獣魔族ビーストマンの集団へと弓なりに矢や石を射かけるのと同時に、俺は火球ファイアーボールを数発、その奥へと撃ち込んでいく。

 突入したアイヴィーはその速度で……ロランとカレンは連携しながら周りの獣魔族ビーストマンを確実に仕留めていく……そして彼らの背後を守るようにベッテガがフォローをしつつ、周りとの距離感を測りながら彼らに声をかけて囲まれない位置へと誘導を行なっていく。

「勝ちましたな……あれだけの数を一気に殲滅できたのは大き……何か来ますな」


「……ヤバいのが来るぞ、俺が止めるからヒルダを頼む」

 ロスティラフが弓を放ちながら、俺に話しかけるが……砦の方向から凄まじい咆哮が上がると、その声に反応して獣魔族ビーストマン達が再び隊列を整え直す。

 あまりに素早い連携に前線へと突入したアイヴィー達も戸惑うくらい、整然とした隊列へと戻していく……俺は魔力を集中させてふわりと空中へと浮かび上がると、一気に砦の方向へと移動していく。

「アイヴィー、ロラン! 下がってくれやばいのがくる!」


 飛行しながら声を張り上げる俺に反応して、目の前で武器を交わしていた獣魔族ビーストマンを蹴り飛ばすとアイヴィーがそのまま後退していく。

 それを見たベッテガも二人へと声をかけて、ジリジリと距離をとっていくがそれを見ても獣魔族ビーストマン達は反転するように一気に距離を詰めて四人へと構成を仕掛け始める。

 一瞬、獣魔族ビーストマンたちを魔法で薙ぎ払うかどうか悩んだ瞬間、凄まじい殺気を感じて俺は身をこわばらせた。

「……魔王ハイロードッ!」


「な……うわああぁッ!」

 飛行する俺よりも遥かに上空からいきなり声を投げかけられ、俺は咄嗟に黒の腕ブラックアームを展開して体を覆うように防御姿勢をとるが、その直後に凄まじい衝撃を受けて、思い切り地面方向へと叩き落とされる。

 だが、流石に魔法で展開した黒の腕ブラックアームのおかげで地面へと衝突する前に、殴りつけるような格好で衝撃を逃すと、俺は後方へと一気に飛ぶ……それまでいた地面へと黒い何かが衝突し、爆音と煙が一気に撒き散らされる。


「……な、なんだ?」

 俺は地面へと降り立つと、油断なく身構えつつその目の前に降り立った黒い影を見る……鍛え上げられた肉体、山羊の顔に金色の眼をしたその獣魔族ビーストマンは、俺を見て口元を歪ませると、その背中に生えた巨大な蝙蝠状の羽を広げる。

 なんとなくだが……この雰囲気には見覚えがある、魔物達の中でも戦いに勝ち抜いたものだけが身につける特殊な存在感、そして強者としての自負が生み出す圧倒的な圧力と不快感。

 英雄チャンピオン……あのガエタン、ガルタンよりも強い圧力を感じる魔物達の勇者が目の前に立っている。


「クフフ……新世代の魔王ハイロードに出会えるとは我ガラタン一生の宝物なり」

 目の前の英雄チャンピオンは腕を組みながら、嬉しそうな顔で咲う……ガラタン? ガエタンとかガルタンと同じ兄弟とか、そういうやつか?

 だが目の前の獣魔族ビーストマンが放つオーラというか、雰囲気はそれまでであったものとは比べ物にならないレベルの雰囲気を感じる。

「……お前がここの指揮官か?」


「左様、我ガラタンは戦士となる獣魔族ビーストマンを育成し、教育し……出荷する。それが仕事であるからな……」

 グフフと笑うと、ガラタンは顎に手をやってから、俺の顔をまじまじと見つめる……金色の目が不規則に動き、まるでこちらを値踏みするかのような仕草をすると、再び大きく咆哮する。

 ビリビリ、と体が振動するかのような大きな咆哮だ……まずいな、俺がここで掛かり切りになると、数に劣るアイヴィーやアドリアたちが不利になる。

 内心を見透かしたかのように、ガラタンは不敵に笑うと両腕を広げてその掌に魔力を集中させていく。


「……ここで魔王ハイロードを倒し、我がその力をいただくとしよう……そして混沌の戦士ケイオスウォリアーへと進化する……ッ!」

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