235 漆黒の子山羊(ゴート) 01

「でまあ、打ち捨てられた砦があってそこに獣魔族ビーストマンの集団が住み着いている、ということですね」


「砦を修復しながら大集団になってるって感じかな……面倒な……」

 アドリアの説明の通り、今いる場所から少し離れた小高い丘に見えている少し古びた外見の砦には、松明や不気味な紋章が刻み込まれた虫食いだらけの朽ちた旗が翻っている。

 あんなに目立つ外見なのに、これまで放置されているというのは恐ろしいことなのだが、このブランソフ王国では見過ごされてきたということなのだろう。

 この状況は異常だ……混沌ケイオスの眷属である獣魔族ビーストマンは排除されるべき対象であり、集団になればなるほど面倒な存在なのだ。

 それ故にある程度の集団になる前に討伐をする……そのために冒険者組合ギルドでは獣魔族ビーストマンの集団を討伐する依頼が多く存在している。

「前にゲルト村に獣魔族ビーストマンの大集団がきた事があったけど、あれって出どころはこの王国内とかにあるこういう場所だったのかねえ……」


 ロランの言葉に俺たちが顔を見合わせる……確かにブランソフ王国は大荒野に抜ける街道があると地図にも記載があるし、実際にあれだけの大軍勢をどうやって今まで隠し続けてきたのか、デルファイの冒険者組合ギルドですらわからないと話していた。

 この王国の冒険者組合ギルドもグルなのか? とは考えてみるが、そもそも冒険者組合ギルドは国家権力から独立した存在として認められているはずだ、一部の幹部が腐敗していればそういうこともあるだろうが。

「王国ごと混沌ケイオスに汚染されているとか?」


「それにしては切羽詰まったって感じでしたけどねえ……長年放棄された砦はあちこちにあって、今までは似たようなケースがあってもこの国に在住している冒険者の巡回でどうにかなってたって話でしたし」

 俺の疑問にアドリアが答える……冒険者組合ギルドから戻ってきた時の彼女も少し困った顔をしていたのを思い出す……移動の申請をしに行って依頼を押し付けられるというのは正直冒険者側からしても気持ちのいいものではない。

 断ることも可能だったはずなのだけど、アドリアは少し考えた結果依頼を受けるという判断をしている……それは尊重するべきだ。

「砦ごと吹き飛ばすって手もあるけどさ、内部調査は必須なんだろ?」


「王国軍が使用したいんだそうで……引き渡しは冒険者組合ギルドがやるからって」

 俺の言葉にアドリアが頷く……そうなると正面突破して全滅させるか、忍び込むか……獣魔族ビーストマンは不潔で病原菌を媒介するという厄介な特性を持っており、戦利品の大半はそのまま触ると病気になる可能性が高い。砦にある井戸や、物品も下手に手を出せないよな……と考えるとハズレを引いたような気分になってくる。

「儲からねえ仕事か……まあ、冒険者組合ギルドにはお世話になっているしやるしかないよなあ」


 俺の言葉に仲間たちは苦笑いを浮かべながらも頷く……そんな俺らの表情を見て、不思議そうな顔をしているのがカレンとベッテガだ。

 彼らは冒険者登録をしていない……あくまでも今の立場は、夢見る竜ドリームドラゴンに雇われた傭兵という立場で参加をしているからだ。

「冒険者もしがらみだらけだな……」


「私らはあくまでも雇われ、って立場になってるからね、クリフたちの決定に従うわ」

 ま、戦闘能力が高いメンバーが多いのはいいことだ……特に数がいる相手に俺たちは数人で立ち向かわなければいけないわけだし……その点二人はトゥールイン戦でも理解したが恐ろしく腕が立つ、潜入工作すらやってのける。

 傭兵という存在は決して良い印象のある職業ではないにも関わらず、俺は二人の腕にすっかり信頼を置くようになっている。

 俺の表情を見た仲間達が頷く……そう、俺たちはそれだけの力を有しているのだから。

「じゃ、まあ手っ取り早く終わらせるほうがいいだろうし、潜入工作なんて生ぬるいことはやめよう、正面突破だ」




「ガラタン様! 怪しい一団が砦に近づいてきています」

 獣魔族ビーストマンの戦士が部屋に飛び込んでくる……その戦士を見て、億劫そうな表情を浮かべた山羊頭の一際巨大な肉体を持った獣魔族ビーストマンがジロリとその金色の目を入り口に向ける。

 一握りの戦士が到達できる勇者である英雄チャンピオン……その一人であるガラタンは、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 身長は二メートルを超え、その肉体ははち切れんばかりに筋肉で盛り上がっている……そう、ガエタン、ガルタンに連なる存在だが、彼はすでに死んでしまった彼らと違い二本腕である。

 そしてその背中には畳まれてているがまるで悪魔のような蝙蝠を模した羽が生えていて、その姿がより一層恐怖感を煽る印象を与えている。

 その腕には、放心状態であらぬ方向を見ている傷だらけになった裸の女性が抱えられていたが、その女性を寝台へと放り投げると、そのまま打ち捨てて部屋を出ていく。

「そろそろ苗床を狩る時期だ、その一団に冒険者の女がいればより健康な子供も産むだろう……」


「すでに繁殖用の苗床は半分を切っておりますからな」

 グフフといやらしい笑みを浮かべた部下を一瞥すると、鼻を鳴らしたガラタンは部下が待つ砦の中庭へと進み出る。そこには一〇〇体を超える獣魔族ビーストマンたちが思い思いの武器を手に、唸り声を上げている。その部下たちを一瞥するとガラタンは一度大きく吠え声をあげる。

 その吠え声に呼応するように獣魔族ビーストマンの目の色が一気に変わる……それまでの金色の山羊の目から、充血したかのように赤い色が混じり合っていく。

 ガラタンはその様子を見て満足そうに頷くと部下に向かって吠えるように命令を下す。


「良いか、男は殺せ……女がいたら生捕りにしろ。苗床を殺すことは許さん。それ以外はいつもの通りだ、数で圧殺する……それだけで良い」

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