234 さ迷える魂が全てを塗り替える
「……ここは……また……この場所かよ」
気がつくと、耳障りな音が響くドス黒い空間の中にポツンと浮かぶ椅子に俺は座っていた。目の前にはゲーム途中で放棄でもされたのか、テーブルに乗ったチェスボードと、いくつかの駒が乱雑に置かれており、俺の対面には今俺が座っている椅子と同じものが置かれているのが見える。
周りを見ると、そこには空間の中にどこか別の光景が浮かんでは消えているようにみえ、その中で起きている光景には見覚えがあるような気がするものも混じっている。
「やあ、待たせたね」
いきなり声をかけられて俺は慌てて視線を目の前のそれまで空席だった椅子に向けると、そこには影絵のような体に真っ赤な目と口が開いたような不気味な
俺は少しだけ椅子の座り心地が悪いような気がして身じろぎをするが、その様子を楽しそうな表情……赤い目を少しだけ細めて、口を広げただけだけど、
「いきなりくるなよ……俺は普通の人間なんだぜ」
「またまた……神化した
俺に指を指すように向けて笑うと、
地面に落ちるかと思ったチェスボードは、落下途中でまるで何かにぶつかったかのようにそのままの姿勢で静止し、それ以上は動かなくなる。
そして彼女が軽くパチン、と指を鳴らすとテーブルの上に小さなカップが二つ出現するが、俺はそのカップを見てハッと息を呑んだ。
「……それをどこで?」
「クフフ……懐かしい? 君の愛用してたカップだよね……」
影絵が再び指を鳴らすと、そのカップに黒い湯気を立てる液体……匂いで俺は一気に身を震わせる……その芳醇な香りはこの世界では目にすることがない、珈琲の香りだったからだ。
俺は目の前のカップを手に取ると、軽くその絵柄を指でなぞる……前世の記憶にあるビーグル犬を描いたそのカップは、前世の妹がプレゼントしてくれたものだ。
軽く匂いを嗅いでから、恐る恐る啜ると……その味も、適度な熱さも全てが懐かしい記憶にある味に思えてしまい、俺は目頭が少し熱くなるような気分になった。
「……な、なんでこれ……俺の記憶と全く同じ……」
「そりゃあ君の記憶から再現してるからね」
ほんの少しだけ鼻を啜ってからホッと息を吐いて、テーブルの上にカップを置く……だめだ、
「……何をさせたいんだ? そういえば最近の喋り方は優しさがないよな……」
「
黙って俺が頷くと、
俺が困惑した顔でそれと
俺が椅子から立ち上がりその水鏡を覗き込むが……まるでそこに映るのはどこまでもくらい暗闇の世界だ。
「……見えないぜ?」
「立ち上がるのに時間がかかるのさ、君の世界でもそういうのあったろ?」
次の瞬間、その水鏡の中にまるで不思議なくらい鮮明な映像が浮かび上がる……平原の中にある小さな村を襲う軍隊……その軍隊は容赦無くそして無慈悲に住民を殺していく、そしてその軍隊の掲げている旗は、帝国のものであることがわかる。
最後にその軍隊の前に一人の中年男性が立ちはだかるが、数の暴力の前に彼はその命を散らし……倒れていく光景で映像はブラックアウトしてしまう。
「これは……」
次に見えた映像は懐かしい聖王国の首都……そこに見慣れない服装をした異形の軍隊が上陸し、住民を襲い殺していく……すでに懐かしさすら覚える魔法大学の建物に火がつけられ、崩壊していく様子が見える。
次に見えたのは冒険者としての拠点となっていたデルファイの街へと、不気味なエイのような姿をした
懐かしい顔が、そして冒険者たちがその攻撃に耐えきれずに倒れていく姿が映る……俺の心臓がドクン、と高鳴ると同時にその光景は消え失せ、水鏡には何も写らなくなる。
「こうなるはずだった未来、君というこの世界にあるはずのない異物を投げ入れる前の未来さ。ここまで世界は変わった、君が存在し行動するだけで未来が変わりつつある」
「ま、待ってくれ俺は何もしてないだろう?」
「してるよ、冒険の最中に死ぬ運命の人間が剣聖となり、抑圧されたまま暗い未来を歩くはずだった少女、冒険者として成功しない混ざり物や、路頭に迷う傭兵崩れ、傷物の落ちた竜が冒険者として成功しつつある……帝国は些細な国境紛争に端を発する王国への大侵攻を行わず、大荒野の都市は古代の遺物では崩壊しなかった。挙げ句の果てに滅びるはずの血筋が残っている」
クスクス笑いながら目の前の
俺は何もしてない……ただ目の前の事に必死になっていただけだったはずなのに……俺の困惑を感じ取ったのか、
「大したことはしてない、でもその小さな出来事が全てを歪ませた……
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