233 この世界に転生した俺の目的ってなんだっけ?

「でまあ……このアーヴァインの冒険者組合ギルド支部から指名が来た、と」


「今の階級を考えたら仕方ないですけど……身動きが取りにくいですよねえ」

 アドリアが手に持った羊皮紙の依頼をひらひらと動かしながら、少し苦笑いを浮かべている。ゴールド級冒険者といえば、上から四番目の階級でもあり冒険者組合ギルドの実働部隊としても上位に存在している。

 特にダイヤモンド級以上の冒険者というのは恐ろしく数が少なく、ゴールド級が実質的に頂点として存在している支部も存在しているという。

 それ故に「おらが村にゴールド級が」なんて驚かれるケースだってあるし、俺が子供の頃にセプティムさん達がきた時もシルバー級がなんて本当に驚いたものだのだから。


「この先昇格なんてしたら国家お抱えなんて話も出てくるのかもなあ」

 ロランのため息まじりの言葉でお互いに顔を見合わせて失笑が漏れる……冒険者とは自由な職業である、というのはよく言われている言葉ではあるのだけど、階級が上がるに従って次第に自由がなくなっていくというのは正直笑えない状況だ。

 過去存在していたダイヤモンド級以上の冒険者は、国家所属となったものも存在するし、そういったしがらみを嫌がって放浪を繰り返すものや、国家を治めるようになったものすらいる。

「まあ、実際になってみないとわからんね、どうしたいとかもないわけだし」


「……私たちは国も違うし……どうするか考えないといけないかもね」

 アイヴィーが口にジョッキに入ったお茶を運びながら話しているが……俺とアイヴィー、アドリアは聖王国魔法大学時代からの付き合いだが、それ以外の面子は大荒野や帝国に入ってからの仲間でもあるし、生まれた場所や国も違う。それでも苦楽を共にした仲間と別れるというのは考えることはなかったのだ。

 冒険者パーティの解散……案外身近に起きている話題ではあるけど、大半は方向性の違い、苦楽を共にした仲間の死、一財産当てて引退をするもの、高齢化……などなど。

 こう考えると前世のサラリーマンや事業家などの引退に近いケースも存在しているな……問題は一財産当てられずに去っていくものも数多く存在していて、犯罪者……この場合は裏組織や暗殺者などへ身を落とすことも含まれているが、そういう方向へと進むものも存在している。

「解散したところでやりたいことがないしなあ……あ、いや、結婚したくないとかじゃなくてですね……」


 俺の呟きに少し鋭い目で抗議の視線を向けてくるアイヴィーに慌てて取り繕ってしまったけど、この世界に転生した俺の目的ってなんだっけ? という気持ちではいるのだ。

 あの声……もはや俺の目には黒い影絵に真っ赤な口をつけただけの化け物に見える……あれの目的はなんだったのかわからないのが一番怖い。

 転生した俺が何をするのかをみている、とは思うのだが肝心の俺の目的がここ最近あやふやになってきていて……俺は改めて頭の中を整理しにかかる。


「俺の目的ってなんだっけ……」

 アイヴィーやアドリアを幸せな家庭を築く……これは割と現実的な目標だ、可愛い子供が生まれて小さな家庭を作って朝から晩まで農作業しながら暮らす? アイヴィーがいるから帝国に入れば貴族として迎えてもらえるから、小さな館に居を構えることもできるだろう。

 それでいいのか? という声が頭の中にずっと響いている気がする……その声はとても熱く、脈動する何かのように俺の心のずっと奥、それこそ俺が普段認識していない魂の奥底にまるで眠れる猛獣のような雰囲気を持って俺をみている気がする。


<<……アクセス権限がありません>>


 くそ……クリフ・ネヴィルという人間自体が? という疑問すら感じる。

 俺が何度か頭を振って思考をまとめようとして、ふと気がつくと仲間がじっと俺のことを見ているのに気がつき、慌てて軽く頬を両手で叩くと彼らに向かってリーダーらしく話しかけることにする。

「いや、俺は今のところみんなと別れる気はないよ、冒険者家業も板に付いてきたし……世界を旅して回るってのも俺はまだ全て回ったわけじゃない……どうせならこの世界を全て見て回ってから考えたいな」


「クリフらしいな……」

 ロランが苦笑いのような笑顔を浮かべて、他の仲間の表情を見ると彼のその仕草に応じてロスティラフとヒルダは黙って頷く……カレンやベッテガはあまり興味がないようで、話半分に聞いているような状況だ。

 アイヴィーとアドリアだけが俺の目を見て、少しだけ不思議そうな顔を浮かべている……そうか、彼女達にはそういう先の話をしたこともないし、具体的に何かをしたいと話したのはいつだったか。

「まあ、冒険者家業は今を楽しむ、生きるってのが本懐とも聞きますしね……まずはカレンとベッテガのために動きますかね」


『……世界を回る、とか微温いことを……』


 アドリアの言葉で場が一気に和む……だが俺はその言葉とは別に心の奥底から響くような声が聞こえた気がして少し背筋が寒くなる……。

 その声は今までも何度も聞いた声であり、あの不気味な影絵のような、赤い口がぱっくりと開いた彼女の声だった。その声がまるで耳元で囁くように聞こえて、俺は思わず目を見開くが……そばには誰もいない……その声の圧力と不気味さにどっと汗が噴き出たような気がして、俺は軽く額を拭う。


『……そろそろ、ちゃんと今後の話をしようか、***君……』

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