232 そのファイルへのアクセスは許可されておりません

「よく食べるわね……」


 うず高く積まれた皿と、まだ大量に机に載っている宿の食事をモリモリと口に運んでいく俺を見て、アイヴィーが少し呆れたような顔で見つめている。

 俺はそのまま大きな肉にナイフを入れて、削り取るとそのまま口へと放り込む……この世界の肉は色々な種類があるが、牧畜というものが村落や小都市圏ではそれほど盛んではなく肉類は狩りで入手するのが一般的だ。

 野生の牛や豚、鳥といったものから馬、小型の爬虫類……そして毒を持たない魔物といった肉が狩りによって収穫され、それが市場へと流れていく。

「こいつは旅路じゃ食べれない肉だろ? 今のうちに食べておかないと……」


「まあ、そうなんだけどさ……でもそんなに美味しいかしら?」

 流通する肉の鮮度はそれなり……冷蔵という概念が薄い地域などでは油漬けとか干し肉などを生産して日持ちがするように改良を施していたりもするが、そうではない地域の場合痛んだ表面などを削り取って提供することもあるらしい。

 肉が高価な地域というのもあるらしいが、俺たちが移動している地域は比較的人口が多い地域が多く、今まで宿が提供する食事に当たるという経験はあまりない。


 むしろ保存食として常備している干し肉が傷んでしまって……というのは冒険者のマイナートラブルではありがちなものだ……夢見る竜ドリームドラゴンではアドリアとヒルダが帳簿管理をしており、購入した食材の消費順などを決めるようになったため、最近ではトラブルが少ないものの調理の段階で痛みが発覚するというのは案外多いのだ。

 王国での冒険者時代に数回、食材が傷んで食べれない、という経験もしているがあれは辛かった……たまたま野草や木の根などで食べられるものを使って急場を凌いだが、その時のリーダーに散々なじられたっけ……。


「まあ、食欲があることは悪いことじゃねえさ……食わない奴は死ぬからな」

 ロランの言葉に軽くため息をつくと、手に持ったナイフに刺した肉片を自分の口に放り込むアイヴィー……冒険者生活が長くなって彼女も公の場以外では冒険者らしい食べっぷりになっているが、帝国では随分と窮屈そうな表情を浮かべていたっけ。

 その横ではヒルダがやはり同じように肉片をナイフでこそぎとってから、さらに盛り付けられたサラダと共に口へと運んでいる……彼女もものだ。彼女は隣に座っているアイヴィーにニコニコと笑顔を振りまきながら肉を頬張っている。

「結構美味しいよ、アイヴィー……」


「ところで、クリフが倒れた原因ってなんだったのですか?」

 ロスティラフが手元に置かれたまるで漫画のような骨つきの肉にかぶりつきながら俺に尋ねてくる……俺は、あの時まるで昏倒するように御者台から荷台の方向へとひっくり返ったのだと、後で聞かされた。

 それを見て慌てて馬車を止めたロスティラフと、異変に気がついた仲間たちが介抱したものの、丸一日以上目覚めなかったのだという。

「記憶がフラッシュバックしたんだ……俺ではない、別の誰かの……記憶に。それはこのブランソフ王国にまつわるものらしい」


「それはトゥールインの戦いでクリフが手に入れたっていう力にまつわることかい?」

 カレンとベッテガが興味深そうな顔で尋ねてくる……俺は黙って頷くと、その時の記憶を掘り起こしていく……ブランソフ王国の騎士団長と呼ばれた男、やはり見覚えはないのだけど俺の記憶の中には彼の名前が別の記憶を参照するかのように浮かび上がる。

 初老の少しおどおどした印象を与える男性だったが、騎士団長と呼ばれるに相応しい立派な髭を生やしており、服装は一般的なものだったが肉体はきちんと鍛えてあったので、お飾りなどではなさそうだった。それでも彼は俺を……いやアルピナを見て怯えていた……本能的な恐怖からだろうか?

「ジャコブ・レスコー……聞き覚えは?」


「俺たちが王国を出る時に騎士団長候補だった男だ、清廉潔白……魔物の討伐や盗賊退治などで名を馳せた男だが、プロヴァンツーレ家とはあまり関わり合いがなかったな」


「そいつがなんかしたのかい?」

 ベッテガが古い記憶を掘り起こそうとしているかのように頭に指を当ててポンポン、と叩きながら口を開く……彼の癖なのだろうが、前世でいた部長さんの仕草を思い出してほんの少し心臓がキュッと締まるような感覚を覚える。

 前世と合わせると何十年も経過しているはずなのに、前世の記憶を思い出すとあの時の絶望感や疲労感、そして苦しさなどを思い出すような気がして辛いのだ。

「わからない……でも夢の中で彼の顔を見た気がする……騎士団長って呼ばれてた」


「……ってことは俺たちが王国を出た後に団長に出世したのかもな……悪い噂は聞かなかったが……」

 俺は記憶をもう少し掘り起こそうとする……するとまるで制限がかかっているかのように、ノイズが頭の中を駆け巡ったような気がして俺は思わず片手で頭を抑える。

 大丈夫……痛みはない、俺はすぐに手に持ったナイフから肉を齧りとるともう一度記憶へとアクセスするように神経を集中させていく。


<<そのファイルへのアクセスは許可されておりません>>

<<……共有設定を確認してください>>


 まるで無理やり引き戻されるかのように、記憶が全く思い出せなくなる……なんてことだ。

 ぐ……クラウドストレージにアクセスでもしてるのか? 共有設定って……俺はさらに深い階層にありそうな記憶を掘り起こすべく神経を集中させていく。だが、そこでも同じように頭の中に声が響いた。


<<ダメよぉ、そういうズルしちゃ……私はあなたの驚く顔が見たいの……だから見せてあげない。共有設定を確認してください>>


 ……おい、アルピナの声がしたぞ。

 俺の困惑した感情をよそに、再び元の声に戻るとアクセス不可を告げていく……頭が痛くなってきた俺は黙ってジョッキに注がれた生ぬるい水を飲み、再び食事に集中していく、何を考えているのかわからないが出たとこ勝負でやるしかないってことか。

 それと……こうやって記憶を見せないようにしているのは、何かあるってことの裏返しなんだろう。

 俺は残りの食べ物を口に放り込むと無理やり水とともに嚥下すると、軽く口元を拭ってつぶやく。


「……ここになんかあるのは理解した……皆、この王国は明らかに混沌ケイオスの巣窟になっていると思う。手を貸してくれ」

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