231 目が覚めたら知らない天井だった

「アルピナは滅びた……いや、正確には溶けたと言ってもいい。まあ当人は幸福に包まれているだろうから、まあなるべくしてなった、としか言いようがないのだがね」


 鳥を模した仮面、そしてその眼窩の奥に光る赤い目を輝かせ、長身の黒いローブ姿の男性が周りを見渡しながら話始める……道征く者ロードランナー混沌の戦士ケイオスウォリアーの第二柱を任されるこの男をい見つめるのは、魔法使いの帽子ウイザードハットを被った白髪の美女……第一柱カマラ、そして少し苛々とした表情を浮かべる剃髪した男性……第三柱クラウディオの二人だ。

「アルピナは使徒の中にいる、と言うことで良いか? 随分と使徒にご執心だったようだからな……」


「正確には使徒の中へと溶け合い、同じ人格へと融合した、だな……言葉は正確に使うといいクラウディオ、おめおめと逃げ帰ったものにはわかるまいが」

 道征く者ロードランナーはクラウディオを一瞥すると、侮蔑のような感情をのせた言葉を放つ……クラウディオはその言葉に込められた侮蔑を理解しつつも、奥歯を噛み締めるように軽く視線を逸らして何度か深呼吸をするような動作をしている。

 カマラはその様子を見ながら、呆れたように軽く肩をすくめると道征く者ロードランナーへと向かって言葉を投げかけた。

「それはそうと使徒はブランソフ王国へと足を踏み入れたわよね? 誰が止めに入るの? 随分と早い行動よ」


「……クラウディオ、お前が足止めをするといい。呼び込んだのはお前だ、お前が決着をつけろ」

 道征く者ロードランナーはあくまでも冷静に、だが恐ろしく冷たく言い放つ……まるで不始末は自分でなんとかしろとでも言わんばかりの口調に、クラウディオが言葉に詰まる。

 確かにブランソフ王国へとこい、と言ったのはクラウディオ本人だ……だが、これほどまでに使徒が早く向かってくるとは思ってもいなかったのだろう。

「それは理解している……だが、我一人が立ち向かうには少々骨が折れる。助力を得たい」


 その言葉に軽く失笑したかのような息を漏らす道征く者ロードランナー、そしてその美しい美貌に歪んだ笑みを浮かべたカマラの視線に気がつくと、クラウディオは人間であった時のようにどっと汗が噴き出すような感覚を覚える。

 元々道征く者ロードランナーとカマラはクラウディオという個人に対しての興味が薄い、アルピナはその性格的な面からクラウディオへの支援を惜しまなかったし、この場にいないネヴァンも思うところがあったのかクラウディオと行動しているときには彼への支援をよく行っていた。

 今、彼には味方がいない……そして残念なことに道征く者ロードランナーとカマラにはクラウディオはどうやっても対抗し得ない力の差がある。

「せめて……せめてドラゴンなどを貸してもらうことはできるだろうか?」


「マリアンヌを使っても使徒に及ばなかった、ドラゴンは確かに強いけど使徒ほどでは無いかもしれない。私の育てている子供たちはあなたのおもちゃに使っていいようなものではないの……だけど、何も渡さないというのは矜持に反する。実験に使っている連中なら渡せるわ」

 カマラはあくまでも視線を合わさずにクラウディオの懇願に答える……その言葉に、ホッと息をなでおろすクラウディオだが、そんな彼の様子を見て仮面の下で笑みを浮かべる道征く者ロードランナー

 元々道征く者ロードランナーはクラウディオのことをそこまで信用していない、それは最も新参者であったクラウディオ……元帝国騎士は人間である時の記憶、感情に引っ張られやすい面を露呈しているからだ。

「……クラウディオよ失敗は許されない。アルピナが使徒に吸収されたように、彼は我々を滅ぼす手段を得ている、お前の敗北はすなわち完全な死と心得よ」


 道征く者ロードランナーの感情の籠らない声に、黙って頷くクラウディオ……だがその顔は先ほどまでの不安そうな感情は消え失せ、死線を何度もくぐり抜けた歴戦の戦士の表情へと変わっている。

 混沌の戦士ケイオスウォリアーに揺れ動く感情の漣は必要ない、道征く者ロードランナー自身も笑うことも怒ることも、そして悲しむことも可能であるが、それは表面上の反射によって行われているだけで、彼の心は動くことはない。

 それまではただ一人、導く者ドゥクスだけが道征く者ロードランナーの凍てついた心を動かすことがあった……だがしかし……。

 カマラがその異様な雰囲気に気がついて、肩を震わせる道征く者ロードランナーを見て、ギョッとした顔を浮かべる……仮面の男は震えているのではなく、笑っているのだ。

「クリフ・ネヴィル……新たなる七人目の魔王ハイロード……この世界の異物にしてさ迷える魂か……ククク」




「……知らない天井だな……顔は見たことあるけどさ……ウゲフッ!」

「……あ゛?!」

 目覚めた俺の一言で、目に涙をいっぱいに溜めていたアドリアが、思いきり俺の腹に頭突きを叩き込み、俺は悶絶する。アドリアはそのまま俺の腹部に顔を埋めたまま小刻みに震え出す。

 ああ……彼女に心配をかけてしまったのか……俺は彼女の頭をそっと撫でながら、身を起こす……まだ少しぼうっとした頭だが、視界は色がついているし別に見え方もおかしくない。

「……バカ……バカ……どれだけ心配させれば気が済むんですか……」


「ごめん、心配させる気はなかったんだ……急に視界がおかしくなって……」

 俺の言葉を聞いてすぐにガバッと起き上がると、アドリアは俺の目をじっと見たり、軽く瞼を指でグイッと広げるようにしてまじまじと観察している。

 少しの間そうやって観察をしていたが、ホッと息を吐いてから安心したかのように俺の顔から手を離す。

「少なくとも今はそれほどおかしいところはありませんね……目が見えなくなったりしたら私をちゃんと見てもらえないかもしれませんから心配しちゃいますよ」


「う、うん……体におかしいところはないと思うんだ、おそらくこの間からの疲れが出てると思うんだけどさ……」

 俺の言葉に軽く笑みを浮かべると、再び俺の胸元にそっと身を預けるようにしなだれかかるアドリア……俺は彼女をそっと抱きしめると、優しく彼女の頭を撫でる。

 しかし……あの記憶は一体なんだったのか……この場所はよくわかっていないけど、すでにブランソフ王国……混沌の戦士ケイオスウォリアーの領域であることも影響しているのかもしれない。

 頬を撫でる微風に気が付き、俺は窓の外を見るが……すでに日は昇って明るく、街の喧騒のようなものが聞こえてきている。


「……さて、飯食うかな……何ヶ月も食べてない気分だ……」

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