228 提案というのは大体碌なものではないのが世の常

「……無念……ここでダ族の歴史が終わることになろうとは……」


 俺たちの前に縛り上げられたドドロバスを含めた狼獣人ウェアウルフの戦士たちが、膝をついて悲しそうに項垂れている。彼らの獣化は解かれ、少し粗野な印象のある風貌が見えている。

 その背後にはやはり原始的……言い方を悪く言えばボロを纏った女性や俺たちに敵意を向ける子供たちが座っている。

 混沌狼ケイオスウルフは全て倒したが、ドドロバスが捕まったと知った途端に他の戦士たちは降伏したため、一応ロランとロスティラフが縄で縛って動けなくはしている。


「……とはいえ、君らは山賊行為を行ったわけでさ、討伐依頼が出ているんだ。このまま逃すわけにはいかないだろうよ」

 俺の言葉にガックリと項垂れるドドロバス……よくみると俺たちとの戦闘よりも前に付けられたであろう傷や、治療が雑だったのか少し皮膚がひきつれた後のようなものも残っている。

 俺がその傷を見てから、アドリアに目配せをすると黙って頷いた後に、彼女はドドロバスの傷跡を軽く確認すると……先ほどの戦闘でついた傷を魔法で治療すると、ドドロバスへと話しかける。

「……治療が中途半端ですね……動かないでくださいね」


「……我は敗者だ……好きなようにするといい」

 ドドロバスは抵抗する気力もないようで、黙って項垂れている……それを見てアドリアが少しため息をつくと、手持ちの袋からいくつかの薬を取り出すと手際良く処置を進めていく。

 俺はそれを黙って見ながら、ドドロバスをじっと見つめる……俺の目に映る彼は健康的な人間が出す雰囲気とは少し違っている気がしているからだ。

 俺の目には病人のそれに近い少し弱ったような光が見えている……彼を処置しているアドリアを見ると、もっと明るい色の光が見えるような気がしている。

「健康状態が悪いのは、洞窟ぐらしのせいか……」


「このまま引き渡したとして、彼らはどうなると思う?」

 いつの間にか俺の隣へと移動していたヒルダが俺を見上げながら、心配そうな顔で話しかけてきた……俺はヒルダに少し苦笑いを浮かべてからダ族と名乗る彼らを軽く見渡す。

 依頼はこの狼獣人ウェアウルフを全滅させること……証拠となるものを届ければ良い、だが彼らはここで解放したところで同じように山賊行為を続けることになるだろう。

 狼獣人ウェアウルフ自体がまともに生活できるような社会というのは存在していないからだ。彼らは流浪に次ぐ流浪を繰り返し、その先々で略奪行為を繰り返す。

「引き渡したら処刑だろうな……見せしめにされるだろう」


「……そ、そんな……子供もいるのに……」

 ヒルダが、という言葉に反応して少し顔色を変える……そうか、彼女の仲間は……俺はうっかりと自分が彼女のトラウマを刺激したことに今更気がつき、慌てて抱き寄せると俺は彼女の頭をそっと撫でる。

 まだ、数ヶ月……年若い彼女が傷を癒すには短すぎる時間だった……俺は俺の都合で勝手に感傷に浸ったりもしていたが、それ以上に俺は仲間のことを考えなきゃいけなかったことに今更ながらに気がついた。

「すまない……そういうつもりで言ったわけじゃ……ごめん」


 ヒルダは俺にしがみつくように、震えながら俺の胸に顔を埋めている……最初に会った時よりも遥かに明るく、優しい一面を見せるようになっている彼女だが、やはり年相応に繊細な部分も多いのだ。

 軽く彼女の頭を撫でつつ、俺は彼らの処遇について頭を巡らせる……かわいそうだからって、はいそうですか、と逃すわけにはいかない。

 もし彼らがなんの気兼ねもなく住める場所があれ……あれ? あるんじゃない? 元々ヒルダたちを送り届けようとした場所が。

「あ、そっか……頼めばいいのか……って痛えっ!」


「……それよりも、ヒルダを離しなさい」

 いきなり呟いた俺に驚いたのか、ヒルダが顔をあげる……俺は彼女の顔を見てから、少し笑顔を見せて安心するように伝えると、治療を終えて俺の元へと戻ってきたアドリアが軽く俺の腕を抓る……彼女の表情は少し嫉妬まじりのものが混じっているが、多分それは前にも言われていたヒルダには手を出すな、という言葉からくるものだろう。

「ああ、ごめんごめん……そういうつもりじゃないんだよ」


「どーだか……ヒルダ、ダメですよこの男はスケベ大魔王で酷いことされちゃうんですから」


「あはは……ごめん、昔のことを思い出してて……慰めてもらってたの」


「ああ……そうでしたか……」

 ヒルダの言葉にアドリアの表情が一気に曇る……ジブラカン残党軍の処刑、それは遠い昔にようにも思えてしまうが、昨日のことのように鮮明に思い出せる記憶だ。

 ヒルダだけじゃない、夢見る竜の全員が思い出すだけで気分が悪くなるような、そんな記憶だ。女王連隊クイーンズとその襲撃、そして落城と処刑、全ての記憶が鮮明に思い出せる。

 俺はその時に彼らに新しい場所を用意しようとしていた、大荒野の知恵者ウィズダム……蛇竜ワームにして研究者である彼の元に、このダ族と名乗る狼獣人ウェアウルフを送り、崩壊した集落を立て直させる。


 前回は女王連隊クイーンズによる襲撃により間に合わなかった……だから今度こそは俺は、あんな気持ちになりたくない……冒険者として旅をしている間にたくさんの命を奪い取った。

 そうしなければ殺されてしまうから、だが……一つだけ善行を残してもいいんじゃないか、とは思ってる……彼らが更生できなくても、今の生活から抜け出した先にある未来をちゃんと見つめる権利はあるはずだ。

 俺は治療が終わって、あちこちに布が巻かれた状態のドドロバスの前に立つと、彼の顔をじっと見つめてから彼へと語りかけた。


「なあ、ドドロバス……提案があるんだが……定住する気はあるか?」

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