227 お互いを信じて戦うということ

「……かかってこい」


 俺は黒の腕ブラックアームを使って手招きをする……なんだかこんな強者ムーブってしたことないから新鮮だなあ……微妙な満足感を覚えながらも、頭の中で相手の手札を整理していく。

 狼獣人ウェアウルフの情報は大学の図書館などで穴が開くほどチェックしている……まずは手に生えている恐ろしく鋭いかぎ爪、これは鉄をも切り裂く威力を発揮する必殺の武器になる。

 咆哮……これは先ほどのように魔力を載せることで複数の効果を生み出すことが可能だ、地面を割るほどの衝撃波というのは初めてだし、文献には記載があったがこれほどとは思っていなかった。

 そして一番気をつけなければいけないのはその鋭く尖った歯による噛みつき……彼らは顎の力がかなり強く、人間の肉体なら簡単に食いちぎることが可能だからだ。


「うおおおおおっ!」

 ドドロバスは俺に向かって突進してくる……まっすぐ? 俺が目で追っていくと、いきなり速度を上げてまるで姿が消えたように錯覚する動きを見せる。

 だが、魔力の残穢は見えている……俺は予想地点に左の黒の腕ブラックアームを展開すると直後にドドロバスの攻撃が炸裂する……返す刀で右の黒の腕ブラックアームによる拳を振り抜くが、その攻撃を紙一重で避けた怪物は、大きく跳躍して少し離れた場所へと着地する。

「……うん、早いね」


「化け物が……人間ではないのか? その魔法……いやお前の意思に従って動く腕はなんだ?」


「説明が難しいね、でも魔法に近い力で構築している……元は魔法だよ」


「……そんな魔法使い聞いたことがないぞ」

 ドドロバスは必殺の攻撃を防御されたことに動揺しているようだ……しかし俺もちょっとドキドキした、あんな変速的な動きは流石に何度も避けれそうにない。

 アイヴィーやロランなら感覚的な部分で防御や回避ができそうなもんだけど、俺は魔法使いでしかないので、何度も似たような行動をされると流石に対応しきれない……戦士であったなら、と悔やむことも多いが、こればかりは仕方ない。さっきの攻撃はなんとなくここかな、という場所に置いた防御だったために、非常に幸運だったのだ。

「特別……うん、特別なんだと思うぜ、多分ね」


 俺が少し言い淀んだのを見て、訝しげる様な表情を浮かべるドドロバスだが、すぐに身構えると唸り声をあげて姿勢を低く保つ……おそらくドドロバスは略奪行為などに手を染めているが、本質的には戦士なのだと思う。

 それ故に先ほど俺の反応が遅かったことも既に見抜いているはずだ……俺のこめかみに軽く汗が滴り落ちる……先ほどは飄々とした喋り方を意識していたもののおそらくそれが虚勢であることも分かっているのだろう。

 ドドロバスの表情が少し歪む……それは笑顔の様でもあり、獲物を狙う獰猛な獣の表情でもあり、次の攻撃で殺してやるという決意のようなものすら感じる。


「魔法使い……! お前は危険だが、俺ほどの戦士ではない……」

 そりゃそうだろうな、当たり前じゃねえか! とツッコミを入れたくなる気持ちを抑えつつ俺は身構える……ただ、手に持ってる剣杖ソードスタッフは大して役に立たないだろうし……まあないよりましか。じり、じり……とドドロバスの体が前へと進んでくる。

 俺は黒の腕ブラックアームを身構えさせつつ、相手の出方を伺う……父であるバルトがよく言ってたっけ、戦士同士の戦いでは相手の出方を伺い、その動きを予測して対応することが大事だと。


 考え方としては日本の武術における後の先に近いだろうか? 子供の頃にバルトの剣を見せてもらい、何度か立ち会ったけど結局一本も取れずに終わったんだよな。

 今やっても父親に勝てる気がしないくらい、俺のこの世界でのお父さんは強かった……そんな懐かしい思い出がある。

 俺は少しだけ自重気味の笑みを浮かべたのを見て、馬鹿にされたと感じたのかドドロバスが一瞬表情を変えた後、一気に突進をかけてくる。


「グオオオオオオオオオッ!」

 凄まじい咆哮と共に、俺の視界から一瞬で消え去るドドロバス……いや消えたわけじゃない、これは死角へと一気に跳んだのだろう。

 後ろ? いや横? 俺の反応速度では絶対に捉えられない速度で、木々の間をまさに飛ぶような速度で移動するドドロバス……俺の感覚に凄まじいまでの殺気が感じられ、俺はその殺気……真後ろへと向き直ろうとする。

「遅いッ!」


 そう、ドドロバスの速度は俺の反応速度を遥かに上回っている……ドドロバスの顔に俺を確実に殺した、という確信めいた笑みが浮かぶ。

 彼が俺に肉薄するまでに、防御体勢を整えるだけの時間はない……そう、、確実にここで死んでいるのだろう。迫るドドロバスを見ながら俺は少しだけ口の端を吊り上げて笑う。

「ま、俺たちは仲間を信じて戦うだけなのさ、夢見る竜ドリームドラゴンは俺だけの冒険者パーティではないってことさ」


「……ッ! ぐあああああっ!」

 ドドロバスの体がいきなり横へとすっ飛んでいく……すでに他の狼獣人ウェアウルフを戦闘不能にした金色の髪を靡かせたアイヴィーがドドロバスをそのしなやかな脚で蹴り飛ばしたのだ。

 ズドン! という鈍い音ともに巨体が数メートル吹き飛ばされ、回転するように近くの大木へと衝突する……衝突音が辺りに響き狼獣人ウェアウルフはそのまま地面へと倒れ伏す。

 アイヴィーは、軽く息を吐くと、俺に向かってニコリと笑う……少しだけ悪戯っぽい表情を見せた彼女は刺突剣レイピアを構え直すと、木の根元に倒れているドドロバスへと語りかける。


「……残念ね、私たちはお互いを信じて戦ってるのよ。クリフは戦士ではないけど、彼の後ろは私が守ってるの」

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