忘れられた王国編

223 夢見る竜は街道を進む

「は〜……のどかな場所だな〜」


「ちょっと前まで戦場にいたとは思えないわね……」

 今俺はブランソフ王国の辺境地域にある街へと向かう馬車の上に揺られながら、アイヴィーの膝枕で幌の外に見える空を眺めてぼうっと寝転がっている。

 その少し離れた場所で座っている、ヒルダとロランは実に呆れ返った目で俺をみており、ロスティラフとアドリアは御者台に……我関せずと自分達の武器の確認をしているカレンとベッテガもいる。

 この総勢八名を乗せた馬車は、ゆるゆると街道を南西へと向かっている……この街道はかなり古い街道で、帝国とブランソフ王国を繋ぐ隊商の道としても知られている、らしい。


 らしい、というのも俺はこの辺りの地理は初めてで、帝国を出発する際に地図を頼りに帝国の商人から根掘り葉掘り聞いて回った結果、というだけなのだから。

 ただカレンとベッテガがこの街道のことを知っており、このままいけば国境の街へと到達できる、と話していたことからその意見を信じたというのが正直なところだ。


 帝国の内戦が終結してから三ヶ月あまり……トゥールインが降伏した後、帝国軍は速やかに街へと進駐し警備軍を一度解体、そして帝国軍による部隊の再編成が進められた。その結果、目に見えて治安が悪化しつつあったトゥールインの街は復興の道をたどりつつある。

 実際に元通りになる、というのは長い年月をかけてじっくりと進められるのだろうが、一旦は帝国全土を揺るがした内戦自体が下火になったのは喜ぶべきところだろうか。


 ヴィタリはあの後、皇帝陛下への拝謁を賜ったのち服毒による自裁を命じられた、とアイヴィーから聞いた。助けられなかった……という自戒の念が俺を苦しめることになり、自分自身食事も満足に摂れない期間も存在していた。

 どうしたらあの子を助けられたのか? という思いは今でも心の奥底に眠っている……思い出すだけで胸がズキリと痛むのだ。

「クリフ……元気出してくださいよ」


 アドリアが御者台からやる気のなさそうな俺の顔を見て、心配そうに微笑む……そんな彼女の顔を見ながら、俺は軽くため息をついてからアイヴィーの膝枕を楽しむべく別の方向へと体を向けると、彼女は少し怒ったかのように何かを呟いてから再びロスティラフと一緒に前を向いて馬車の運転に戻る。

 帝国からブランソフ王国までの旅路は結構長く、徒歩では相当な時間が経過してしまう、ということで馬車に乗っているのだけど、正直言えばあと数ヶ月は宿に篭って何もしたくなかったのが本音だ。

「俺は、何ができるんだろう……」


 俺の呟きを聞いたアイヴィーが少し困った顔をしながら、俺の髪をそっと撫でている……ヴィタリの件で彼女に当たり散らしてしまったこともあって、数日彼女との間にもわだかまりが残っていたが、それから俺はずっと彼女に甘えっぱなしになっている。

 前世の俺も、細かいことや辛いことを前に逃げ出したくなる気持ちが強く、どうしても立ち直るのに時間やアルコールが必要だった時期もあるのだ。

 アイヴィーはそっと俺に微笑むと、俺の耳に口をそっと近づけてから優しく囁く。

「……大丈夫よ、きっと前を向けるわ、貴方なら彼が掴めなかった未来を掴める……今はお休みしてて」




「……夜はどこも変わらないよね……」

 その日、街道沿いにある小さな村……マルルト村というそうだが、帝国領の辺境に位置するこの村の宿で、部屋の窓から見える夜空を眺めながら俺はつまらなそうに呟く。

 夢見る竜ドリームドラゴンとして宿を取る場合、リーダーである俺とアイヴィーもしくはアドリアのどちらかが相部屋、ロスティラフとロランが同じ部屋、ヒルダと俺と相部屋ではない一人が部屋を取る様にしている。

 今回、旅の仲間としてカレンとベッテガが加わったことでその編成も一部変更が入り、以下のような部屋割りになった。


 俺、アイヴィーの部屋、ロスティラフ、ロラン、ベッテガの男部屋とカレン、ヒルダ、アドリアの女性部屋の3つだ。

 アドリアには本気で怒られた……夕飯を食べているときにほぼ説教モードになってしまった彼女は、本来順番としては俺と相部屋になるはずだったのだけど、ウジウジしたやつと一緒の部屋なんてごめんだ、と騒ぎ出してアイヴィーが部屋を変わったという経緯もある。

 ヒルダは荒れまくっているアドリアを宥めつつ、俺に凄まじく非難の目を向けてきていたので、これもまた謝らなければいけないわけだが……ついでにカレンも怒ってたな。

「明日謝ってね、アドリアに……彼女なりに傷ついているのよ? みんなも同じよ、貴方がリーダーなのだから……」


「……わかってるよ……俺が全部悪いってことも……でも俺無力じゃん?」


「そんなことないわよ、私の未来の旦那様はずっと強くて、ずっとかっこいいのよ、今は少しだけ傷ついているだけって私は知ってるわ」

 アイヴィーはそっと俺の背中に顔を埋めながら、優しく包み込んでくれる……俺はそうかな……と呟くと満点の星空を見上げる。

 前世の日本ではこんなに美しい夜空を見ることはあまりなく、それこそ山の上にある温泉とか、民宿に宿泊した時くらいしか見たことがないけど、この世界には日本にはないとても美しい光景が広がっている。

 この世界で俺は何をしたいのか……今まで夢中になって走ってきたけど、結果として俺は目に見える範囲のものしか何もできていなかったんじゃないかと無力感を感じている。


 強くなったと思う……おそらく王国で魔法の勉強をしてた時、駆け出し冒険者として走り回っていた時、みんなと出会って大荒野で冒険を始めた頃よりもずっと強くなっているはずなのに、俺はたった一人の子供の命さえ救うことができなかった。

 それがずっと心に棘のように刺さったまま痛みを発している……この痛みを消すにはどうすればいいのだろうか?


「もう寝ましょう、明日も旅は続くわ……」

 アイヴィーが俺の背中から離れ、寝台に潜り込もうと整え始める……そんな彼女を見ながら俺はもう一度空を見上げる……星は、この世界の星はずっと美しい、でも前世のものと違って不思議な色合いをしている。

 ランタンの火を息を吹きかけて消すと、寝台を整えていたアイヴィーをそっと背後から抱きしめる……寂しい、虚しい……ずっと寒いって感じてしまう。


「……あんまり無理しないでね」

 俺の体が震えているのを感じたのか黙って彼女は俺の頬にそっと口付けると、耳元でそっと囁く。

 アイヴィーが恥ずかしそうな顔で寝台に横たわり、俺は彼女の上へと覆いかぶさって彼女にそっと口付ける……暗い部屋の中でお互いが着ている衣服を脱がしていくと俺は彼女にそっと囁く。


「アイヴィー……俺、どうしたら……どうしたらこの世界で生きていけるんだ……俺は怖いよ……」

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