222 決めたことへの責任

「久しいな、クリフ・ネヴィル……それと初めまして、インテルレンギ嬢」


「閣下……お久しぶりです」

 俺は恭しく頭を下げ、アドリアもローブの裾を少し持ち上げるような仕草で優雅に礼を行う。目の前に座っているヴィタリは前にあった時よりも少し窶れ気味で、目の下の隈なども濃くなっている。

 服装はきちんとしたものだが、以前はアルピナが世話をしていたのかもう少し小綺麗だった気がする。

「アルピナを倒したそうだね、やはり君は素晴らしい魔法使いだよ」


「お聞きになっておられましたか……」

 俺の言葉に黙って頷くヴィタリ……少し悲しそうで、それでいて懐かしそうな顔で彼は微笑むと、椅子から立ち上がると背後に控えていた初老の男性の手に持たせていた何かを受け取り、俺の前へと歩み寄る。

 彼が俺に渡してきたのは、金糸を散りばめた紅色の石を嵌め込んだ小型の杖だった……転生前の世界で、軍隊を指揮する元帥に与えられていたと言われる元帥杖のようにも見えるが、それを受け取った俺は軽く作りを眺めてみる。

「これは我が家の当主が代々受け継ぐ権杖けんじょうだ、私は父上からこれを受け継いだが……これを皇帝陛下、まあこの場合は代理人となるので剣聖ソードマスターにでも渡してほしい」


「……どう言うことでしょうか?」


「これはトゥールインを支配する証となるものだ、皇帝陛下へ返却することで、私は恭順の意思を伝えたことになる……つまりトゥールインの降伏を意味する」

 ヴィタリの言葉に側仕えの男性が、悲しみを示すかのように顔を抑える……少し芝居がかっている気もするが、その辺りは貴族の側仕え、と言うことだろうか。

 そしてアドリアが他の人にわからないように軽く俺の脇腹を突く……なんだよ、と思って彼女の顔を見ると、その視線は俺が片手で握っている権杖けんじょうに向けられている。

 そっか、これ今適当に片手で受け取ってしまったけど、まずいやつやん! 俺は権杖けんじょうを改めて両手で持ち直すとヴィタリへと頭を下げる。

「承知いたしました、私が責任を持って代理人へと受け渡します」


「頼む、私はもう抵抗をする気はない……これ以上は帝国とトゥールインの再統合に悪影響を及ぼすだけだろう……」

 少し寂しそうな顔で俺に微笑むヴィタリ……この年の少年では見せないような表情だと思う。俺がなんとなくどうしていいのかわからずにいるとアドリアがそっと俺の手を握る……何もいうな、ということだろうか?

 俺がアドリアを見ると、黙って彼女は首を振る……そんな俺たちの様子に気がついたのか、ヴィタリがクスッと苦笑すると俺たちに話しかける。

「すまない、インテルレンギ嬢は優しいですね……」


「い、いえ……閣下の苦労には及ばないと思います、私は家を出ておりますので……」

 アドリアの言葉に黙って頷くと、俺の前まで歩み寄る……側仕えの男性が慌ててそれを止めようとするが、ヴィタリは手で側仕えの男性を制する。

 黙って頭を下げる俺の横まで歩み寄ると、彼はそっと肩に手を載せて軽く叩くと、そのまま膝をつくような格好で腰を下ろすと俺にそっと囁く。

「クリフ……忘れられた王国ロストキングダムへいけ、混沌の首魁、それがそこにいるはずだ……このまま彼らを放置するわけにはいかない」


「……え? 閣下……」

 俺が驚いて彼を見るが、ヴィタリは黙って立ち上がるとそのまま何もなかったかのように座っていた椅子へと戻り、腰を下ろす。本人はもうやり切った、と言いたげな顔で寂しそうな笑顔を浮かべると彼は俺に向かって軽く手をあげる。

 俺はその表情を見て、彼自身はこの先の未来をすでに諦めている、という気がした……黙って頭を下げると、俺とアドリアはそのまま謁見の間を退出する。

 これ以上は、何もできることがない……彼の助命を俺がお願いするのもお門違いではあるが……何かしらできることはないだろうか?

 俺は一度ヴィタリの方を振り返ってみるが、彼は忙しそうに側仕えと話を始めており、俺の視線には気がついていない……俺はもう一度だけ頭を下げると、そのまま部屋を出ていった。




「……どうにかしたい、って顔ですね」

 城を出てからも何度か振り返っている俺にアドリアが微笑む……俺は彼女を見てから、軽くため息をついて軽く首を横に振る。

 確かにどうにかしたい、とは思う……あんなに小さな子供が命を諦めるような、そんな顔をするのは間違っていると俺の頭のどこかで、俺自身が叫んでいるようにも思える。

 それは前世の記憶なのか、それとも価値観なのか……典型的日本人であった俺自身の良心なのか、何かおかしいんじゃないのかと囁いている気がするからだ。

「ヴィタリはあんなに小さいんだから……間違ってるよ」


「……貴族である以上、決めたことの責任は必ず取らなければいけないです。私のように出奔した身であっても、戻れば貴族としての責務が待っているでしょうし……まあそれから逃げている私がいうことではないかもしれないけど、仕方のないことなんだと思いますよ」

 アドリアは少し寂しそうな顔で私に微笑む……そうだな……俺はこの世界では貴族には生まれていないけども、そういった定めがあることも理解はしている、知識ではという注釈付きだけど。

 感情はそれに追いついていない気がするんだよな……人間離れしている、とかよく言われるけど俺自身はあまり人間と違う思考をしているわけではないし、普通の人でありたいとは思ってるんだよな。

「それよりも、もう遅いですからトゥールインの街で一泊してから戻りましょうよ」


「もうそんな時間かい? でもみんな待ってると思うんだけど……」

 俺がそう答えると、アドリアは少し悪戯っぽい笑顔で俺のそばへと寄ると、そっと俺に囁くように耳元に口を寄せる……その内容を聞いた俺は、少し頬を掻いてから黙って頷くことにした。そんな俺の反応を見たアドリアは、ほんの少しだけ頬を上気させて俺の腕にそっと体を寄せる。

 俺たちは今夜泊まる宿を探すべく、二人で寄り添いながら少し暗い影を落とし始めたトゥールインの街の中を歩いていく。


「愛してますよ、クリフ……あなたがどんな人であっても、私やアイヴィーはあなたの味方です」



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自転車和尚と申します。

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