221 トゥールインの街へ

「一応入れたねえ……揉めるかと思ったけど」


「入れましたねえ……お手紙効果ですかね」

 俺とアドリアはトゥールインの街にある大通りを二人で並んで歩いている……外にいた兵士は俺が持参したラプラス家の紋様の入った手紙を見ると何も言わずに中へと入れてくれた。

 以前カレンやベッテガが放火し、武装蜂起も起きた、いや起こした前科があるにもかかわらずすんなり通った理由は、中に入ってわかった。


「修復が間に合ってない、いや街全体が恐ろしく暗いな……でも秩序は保たれているのはなんでだ?」

 大火によって破損した家々はまだ修復が完全ではなく、これから修復を進めると言った段階で、戦闘になったのは相当急だったんだろうなと思える。

 珍しいな、と思ったのは守備隊含め現状治安の悪化は起きておらず、街に出ている人の数はそれほど多くないにせよ、一定の秩序は維持されているようだ。大体戦に負けた軍隊ってのは碌なことをしない、ってのが定石なのだけど……。

 不思議そうな顔をして周りの衛兵の様子などを見ている俺にアドリアが苦笑しながら話しかける。

「彼らも帝国軍だからじゃないですかね? 末端では何かが起きているとは思いますけど、表向きはこの町の衛兵も帝国に帰属している兵士だからでしょうね」


「そんなもんかねえ……王国じゃこんなことにはならないだろうな……」


「まあ、野蛮人の国って言われてますよね、サーティナ王国は……クリフを見てるとそうは思わないですけど、子供の頃は王国人は怖いって教えられてましたからね」

 アドリアが苦笑しながら隣を歩いている……俺もその答えに苦笑するしかないけど……まあ事実なのだから仕方ない。戦士の国として名高いはずの王国は、近隣諸国に略奪行脚をすることでも知られているし、俺の父親も若い頃は多少なりともヤンチャをしたこともあったようだしね。

 俺の隣で微笑むアドリアは俺の袖をちょい、と引っ張りながらトゥールインの大通りを歩いていく……俺たちのような組み合わせは相当に珍しいのか、周りの人も少し物珍しそうな顔でこちらを見ている。

「おい、貴殿らはどこのものだ」


 いきなり声をかけられて振り向くと、そこにはトゥールイン衛兵隊の紋章をつけた兵士が数人立っている……表情を見る限り、俺たちが怪しい連中のように見えるだろうな。俺は笑顔で両手を広げながら声をかけてきた年長の衛兵に話しかける。

 ちなみに俺としては最大級に爽やかな笑顔であったはずなのだが……。

「ああ、僕らは帝国軍の……」


「確保ッ! 不審者だ! 取り押さえろ!」

 いきなり手を掴まれた後、後ろ手に関節を決められてその場にひざまずかされた俺は、慌ててアドリアの方向を見る……彼女は抵抗する気はなかったようで、両手をぶらぶらとさせながら無抵抗を主張してそのまま縄を受け入れてた。良かった、怪我でもさせられたらたまったもんじゃないからな。

 だが抗議は必要だろう、俺は縛り上げられながら年長の衛兵へと声をかける。

「お、おい! 正式にヴィタリ閣下から召還を受けてるんだぞ、問題になる前に解いてくれ」


「……この間もそうやって帝国軍のふりをして閣下に接近しようとしてきたやつがいるんだ、言い逃れはできないぞ!」

 えええ……ま、またこの街で捕まるのかよ……アドリアに目をやると彼女は苦笑いを浮かべつつ、衛兵のちょっかい……まあ軽いセクハラの類なんだが……に文句を言っている。

 まあ、あっちは大丈夫か……しかし帝国軍のふりをして、なんて考えるやつがいるんだなあ……とか思いつつ、俺たちは大通りを衛兵に縄で縛り付けられ引き立てられながら、城の方向へと歩いていく。

 この街に住む子供たちが、物珍しそうな顔で俺たちを指差して笑っている……俺は手元を縛っている縄を見つめてポツリと呟いた。

「……予想と全然違う……悲しい……」




「いやあ、クリフ殿、アドリア様には大変申し訳ない……」

 今俺は、トゥールイン衛兵隊隊長であるディーン・カーが本当に申し訳なさそうな顔で俺を案内している……城に引き立てられた俺たちは、衛兵隊の詰所で尋問室へと放り込まれ、手荷物検査を受けた。

 で、その時に俺の懐からラプラス家の紋章付きの手紙が出てきて大騒ぎ……てんやわんやの揉め事の末、彼が慌ててすっ飛んできて丁寧に謝罪をしてくれた後、ヴィタリ閣下の元へと連れていくということになったのだ。

「本当ですよ、無遠慮に私の体を調べようとするし……」


「いえいえ、本当に申し訳ないです……彼らも反省しているかと思うので、ご容赦いただけると……」

 ディーンは何度も頭を下げながらアドリアに謝っている……正直言えば、俺の能力をちゃんと使えば修羅場というわけでもないのだけど、問題を起こして和平がきちんとなされないのはそれはそれでセプティムさんたちの失点に繋がってしまうわけで、送り出されるときにアイヴィーに口を酸っぱくして注意されているのだ。


『絶対に揉め事を起こすな、人を傷つけるな、扱いが酷くても文句を言うな』


 と。帝国軍内でのセプティムさんの評価はそれほど高いわけではない、むしろ皇帝陛下が目をかけていると言うだけで、嫉妬や追い落としを狙って動いてくる貴族などもいるらしく、小さなミスを大きく喧伝したり、そこから手練手管を使って失脚に繋げようとするものすらいるのだと話していた。

 それ故に、今回の使者の役割は本来セプティムさんが行うべきところなのだが、ラプラス家の書状には俺を立ててほしい、という要請があったためにこうなっていると伝えられている。

「まあ、無事に誤解が解けたし大丈夫だよ……俺は冒険者だし本来はこんな場所に呼ばれるような身分じゃないからね」


「まあ、そう言っていただけると……衛兵にも情報がきちんと浸透しているわけではなくて……」

 ディーンは案内をしつつ現状のトゥールインの状況を簡単に説明してくれている……どうも表向きは治安維持がなされているようだが、やはり裏では次第に治安が悪化しつつあり、衛兵隊の仕事が増えているのだという。

 以前の大火事で商業地域などの一部が消失したこともあり、物流にも影響が出ているとか……まあその火事起こしたの俺の仲間なんですけどね。

 民衆はまだおとなしいけども、それも時間の問題でこのまま行くと民衆の蜂起もやむなしなのだとか。

「結構末期ですね……早めに交渉は終わらせないとまずいですよ、クリフ」


「ああ、まあ俺は閣下とも一度話しているし……すぐに終わると思うよ」

 俺はアドリアの頭をそっと撫でると、彼女は少し猫っぽい表情で笑顔を浮かべる……信じていると言わんばかりの顔に少しだけホッとした気分になってくる。

 ああ、このまま抱きしめたいなあ……俺の顔を見たアドリアが、少し膨れっ面になって軽く俺の背中をつねる……ああ、バレてら。

 ディーンが見覚えのある大きめの扉を開けると、俺たちに中へ入るように促す……俺たちはその勧めに応じて一礼してから中へと入っていく。


「ではこちらに……帝国軍使者としてクリフ・ネヴィル様とアドリアーネ・インテルレンギ様がいらしております!」

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