220 私だって欲しいんですよ
「……で、私がいないと交渉もできないと言うわけですか、クリフは」
「へっへっへ、頼りにしてますよぉ、姉御ぉ」
「任せなさい! ……で、なんで急にそういうキャラになったんです? ちょっと変ですよ、面白いですけど」
俺の隣で上機嫌な顔で微笑むアドリアを見て、思わず苦笑いを浮かべてしまう。今俺とアドリアは白旗を持ちながら、トゥールインへと向かう道を歩いている。
ラプラス家、と言うよりもあの子供……ヴィタリ卿からの『会いたい』と言う手紙を受け取った俺は、帝国軍の使者としての任務を受けることを承諾し、同行者としてアドリアを指名した。
まあ、他のメンバーでも良いとは思ったんだけど、アイヴィーは交渉ごとをそれほど得意としていないし、ロランは……揉め事起こしそうだし、ロスティラフは最も温和だけど見た目がアレだし、ヒルダはお子様なのでそもそも論外。
「いやあ、他のメンバーじゃ交渉なんかにならないだろ? 俺もそんなに交渉なんかやらないし君が頼りなんだよ」
「……ま、そりゃそうですね。本来こういうのやるべきアイヴィーは交渉するよりも殴る方が楽って言っちゃってるくらいですし」
と言うことで名家の出身であり礼儀作法もパーティ内では洗練されていて、さらには
全員だと襲われた時にどうにもならないこともあるし、アドリアと俺だけならどうにかなるだろう、と言う目論見も多少働いている。それにアドリアは見た目が幼く、危険視されにくいと言う打算も少し入っているかもしれないが。
「でも、襲われた時にちゃんと守ってくれるんですよね? 危ない場所に一緒に行くんですから」
「そりゃ俺が責任を取って守るよ、それだけの力はあるって自負してるし。安心してくれよ」
「……私も子供欲しいんですよ」
「……はい? え? 何を急……あ……」
いきなり少し顔を赤らめたアドリアが拗ねるような表情を浮かべて口を尖らせている……いきなり何を言い出して……ってそこまで考えた俺は、アイヴィーの顔を思い浮かべて軽く頭を抱える。
アドリアがそんな仕草をした俺を見てちょっと怒ったように、俺の腕を掴んで揺さぶる。……ああ、つまりアイヴィーとアドリアは合流後に俺とアイヴィーが交わした言葉を聞いたってことか。
『……この局面を乗り切って無事に戻れたらさ、ずっと一緒にいよう。子供はそうだな……君が欲しいだけ作ろう』
あの時は感情が昂ってて思わずそんなこと言っちゃったけど、実のところ俺はそこまで考えてあの発言をしたわけじゃない。
どちらかというとその場の雰囲気で口走ったというか、彼女との結婚を考えていないわけじゃないし、そのうち子供もできるだろうと思ってはいたけど、あの時は死ぬかもしれないから、彼女をどうにかしてその場から逃したかった。
それで彼女に希望を持って欲しいと思ってあの言葉を話したわけで、それでも本気ではないとは言わないけど、そこまで熟考してあの言葉を選んだわけじゃない。
「わ、私だって貴方との子供が欲しいんですよ、愛されているってわかってますけど、その結果につながるものが欲しいというか……アイヴィーだけに伝えるのはずるいと思います」
「……それはそうだけど……今から敵地に乗り込もうって二人の会話じゃ……」
「だから今は二人きりじゃないですか、貴方の言葉を私にもくれないかなって……敵地に乗り込んだら死ぬかもしれないんですよ?」
アドリアがグイッと俺を道端の木々の中へと引っ張っていく……今トゥールインへと向かう道はそのほとんどが踏み荒らされ、荒れ果てているが木々は伐採されていない場所も多く街道からは少し影になった場所だ。
そこまでくるとアドリアは思い切り俺にしがみつく……少しだけ体が震えているのに気がつき、俺はそこで彼女が今回の任務に恐怖心を感じながらもついてきていると言うのに気がついた。
「……私貴方のことを愛しているからずっと後ろを付いていけるって思ってます、でも怖いものは怖いんですよ……」
「アドリア……」
俺はそっと彼女を抱きしめる……こんなに細い体で必死に恐怖を押し殺して俺についてきてくれる彼女が愛おしくないとは言えない。アイヴィーとは違うベクトルで彼女のことは大好きだ、愛していると言える。
そっと片手で彼女の顎を持ち上げると、その細い唇へと自分の唇を落とす……アイヴィーよりも背が低い彼女に覆いかぶさるように俺は優しく彼女の口内へと舌を絡ませていく。
その動きに応えるように彼女も積極的に俺の口を貪る……二人だけの秘密だよ、と悪戯っぽく笑いながらお互いを求めた時期もあったけど、アイヴィーは黙って許してくれたし、そうなるのも予想してた、とは話してたっけ。
「……ん……クリフ……私……アイヴィーに負けないくらい子供欲しい……」
「……体もつかな?」
「搾り取っちゃいますよ? アイヴィーには渡しませんから」
俺の言葉にクスッと笑うと、彼女はいつものように悪戯っぽい笑顔を浮かべると、もう大丈夫と小声で呟き、俺から離れる。
彼女の甘い香りと、柔らかい唇はずっと変わらないな……俺はなんとなく彼女の頬を触りたくなってそっと手でアドリアの頬を撫でる。少し猫が喜んでいるような、小動物的な笑顔を見せつつアドリアが俺の腕に自分の腕を絡めてピッタリとくっつく。
俺たちはそのまま少し遠くに見えている巨大な城塞……トゥールインの街へと歩き始める……。
「もうすぐでトゥールインだ。無事に入れると良いんだけどな……」
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