219 ラプラス家からの手紙

「んで……戦争には勝ったんですかね? セプティムさん」


「ま、野戦ではこちらの勝利と言ってもいいだろうね。トゥールイン軍本体は潰走したけど、都市にこもってしまっている」

 あの後、帝国軍の陣営に戻った俺は出迎えてくれた仲間達と再会しアイヴィーを預けた後、セプティムさんやルドヴィーコ将軍に呼び出され、彼らの天幕へと一人で赴いている。

 戦況の報告を聞いているが……死傷者はそれなりに出ている。帝国軍は六〇〇〇名近い軍を動員しているが、現在調査中ではあるものの少なくても三〇〇名近い死者が出ているという。

 これもレヴァリア戦士団の再三の突撃に耐えきれずに、戦線の一部が崩壊したためという説明を受けているが、それにしても五パーセントの死者数というのはかなり大きいはずだ。

「……レヴァリア戦士団はどうしたんですかね?」


「引き際が鮮やかだった、彼らもそれなりに消耗していたようだが負傷者はほとんど回収していたようだ、捕虜もほとんど取れておらんよ」

 ルドヴィーコ将軍が苦々しい顔で俺の疑問に答えてくれるが……彼も辛いだろうな。正直言って今回の戦い、戦線自体はレヴァリア戦士団に良いようにやられっぱなしだった、という印象だろうから。

 俺の魔法で風に乗りて歩むものウェンディゴを吹き飛ばしているものの、それまでに見ている戦線では帝国軍は優勢だったと言い辛いしね。

「彼らは本拠地があるんでしたっけ?」


「ああ、大陸の西側にあるブランソフ王国の外れに本拠地を置いているはずだ。まあ本拠地とは名ばかりで、ほとんどその砦にはいないそうだがね」

 ブランソフ王国か……確かカレンとベッテガの出身地だったっけ、別名忘れられた王国ロストキングダム……動乱の続く大陸中央部、そして西方の中心地からは離れた場所にあり、交易以外でその名前を聞くことは少ない。

 はっきり言えば立ち寄る理由がない国と言ってもいいだろうか、西方諸国に属しているにもかかわらず、軍事的文化的にも見るべきものがない。

 数百年戦争も起きていないし、冒険者となったこの王国の出身者は国に戻ることを嫌がる……なぜなら、王国内には探索をするべき遺跡や、怪物などが起こす事件も極めて少ない。

「あそこって何もない国って印象ですが、そんな場所に本拠地を置くメリットってあるんですかね?」


「クリフ、そりゃあ何か優遇があるんだと思うよ。あれほどの傭兵部隊だ、王国に本拠地があるってだけで侵攻を躊躇する国だってあるだろうよ。持ちつ持たれつの関係なんじゃないかな……」

 セプティムさんが俺の疑問に答えるが、それだけだろうか? と少しだけ疑問を感じる……帝国はこの大陸で最強の国家の一つだ。はっきり言えばここまで見ている限り、俺の出身国であるサーティナ王国なんか太刀打ちできないレベルだと思うし、よく今まで攻め込まれていないよな……と感心してるくらいなのだから。

 ブランソフ王国は本当に何もない場所なので、戦略上の要害でもないからだと思うけども……そうしてこんなに違和感を感じるんだ?

「……帝国はブランソフに侵攻することは考えていない、いや過去にも考えてはいなかったんですか?」


「過去には計画の立案はあったはずだね、でもあの王国はクリフも知っている通り本当に何もないんだよ。正直言えば、メリットなんか何もないし……占領して駐留するだけコストがかかる、それを陛下は嫌がったらしい」

 まあ、現実的に見てもあそこへと侵攻して軍隊を駐留させて……なんてメリットないよなあ……それでもレヴァリア戦士団が本拠地において今回トゥールイン軍へと参加して帝国軍と一戦交えている。

 傭兵だから、といえばそれで終わる話だろうけどその裏にある何か? が俺には気になって仕方がない。難しい顔をして考え込む俺を見てセプティムさんが考えすぎだよ、と苦笑いを浮かべている。

「……すいません、一旦は今関係ないですね。トゥールインはどうなってますか?」


「都市に立てこもっているから、包囲の準備は進めているよ。で、本題なんだが……君に手紙が来ている」

「俺にですか? 誰から?」

 セプティムさんは見ればわかる、とばかりに丁寧に封蝋された巻物を俺に差し出す……封蝋に押されている紋章を見て俺は誰から差し出されたのかを理解する。ラプラス家の紋章……封を切って巻物を広げると、そこにはたった一言書かれているのみだった。


『あなたと話がしたい』


 ……何度か書面を見直したり、裏側に何か書いてないか確認したり、振ってみたりしたけど別に何も出てこない……そんな俺をみてセプティムさんがくすくす笑っているが、いやだって普通他になんか書いているでしょ!?

 だが何度手紙を振ろうが見直そうが他には何も出てこない……セプティムさんがもういいだろと言わんばかりの顔で、俺の肩に手をポンと置くと、笑顔のまま口を開く。

「行ってこい、それと私たちはこれ以上の流血を望んでいない、君が説得してきてくれればと思ってるよ」


「……いいんですか? 僕が帝国を裏切って魔法をぶっ放す可能性だってありますよ」

 その言葉にルドヴィーコ将軍が緊張した顔で腰に下げている剣の柄に手を当てるが、セプティムさんは笑顔のまま手を振って将軍に落ち着け、と手振りで伝える。

 彼はそのまま笑顔で俺の肩に手を当てたまま、いつもの調子で軽く流すような喋り方だが、俺はこの人には敵わないな、と思った。

「その時は私に見る目がなかった、というだけだ。でもわかってると思うけど、行動次第では君の仲間が辛い目に遭うよ。それを止めることは私にはできなくなる、そういうのもちゃんとわかって行動できる人間だってわかってるからな……私以外に君の冗談を言わないほうがいい」


「……すいません、調子に乗りました。承りました、帝国の使者としてこれ以上の流血を防ぐ尽力をいたします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る