217 帰るべき場所へ
「ゴミじゃねえか……あはは……っ!」
心の奥底からの笑いに自分で違和感を覚えて思わず自分の頬をぱちん! と叩く……急にそれまで感じていた妙な高揚感が消え失せ、冷静に辺りの様子を見られるようになる。
なんだ今の高揚感は……前世でも、今世でもこんな気分に陥ったことはないんだぞ……俺自身は極めて冷静に動いていると自負しているので、あんな気分で戦いに赴いたら速攻で死んでしまいそうだ。
冒険者になって最初に所属したパーティの面々は今正直言えばあまり素行のよろしくない連中ではあったものの、最低限何をしたらダメ、という冒険者としての基本はちゃんと教えてくれた。
彼らによく言われたものだ「常に冷静に周りを見ろ」「熱くなるな、怒りを抑えろ」「先輩の言うことはちゃんと聞け」「人の女に手を出すな」……最後のはちょっと違ったか。
ミスをした際に容赦なく気絶するまでタコ殴りにされたり、リーダーの恋人が俺にちょっかいをかけてきてそれを見られてボコボコにされたりとか、まあ色々鉄拳制裁をされ続けたおかげで冒険者としてはなんとか生き残ってると言ってもいいかもしれない。
それからずっと冷静に動く、というのを重視してきたのだけど……先程までの全能感? というか恐ろしいまでのなんでもできると思ってしまう感覚は危ない、と頭のどこかで警鐘が鳴っている。
確かに恐ろしく強くなったと思う……でもそれは危うさも持った強さなのではないか? と思ってしまう……なんていうかな、前世でいうのであれば企画をもとに作り上げたビルドがおかしい時に感じる「あれ?」って感覚だ。
「これは何か間違ったことをしているんじゃないか?」
不安を覚えるが自分自身の体に大きな不調や変化というのは……感じていないので、漠然とした不安感だけが俺を包んでいる。
とはいえ、考えても仕方ないか……まずは目の前の脅威をなんとかできた、でいいのかもしれない。
俺は空中に浮いたまま辺りの様子を確認していく……まずは帝国軍とトゥールイン軍の戦闘はどうやら落ち着いている。トゥールイン軍は
まあそうだろうな……敵方にあんな大魔法を使う奴がいる、と判った段階で逃げるのは人間として当たり前のことだ。この世界の魔法は身近なものだけど、それゆえに暴走や威力の高い魔法を扱う魔法使いというのは恐怖の対象にもなり得るから。そしてそれを戦争の道具として、集団運用した帝国の戦術は異端なんだよな。
ついでにだけど帝国軍も先ほどの爆発の余波で隊列が乱れて混乱が生じているようだ……とはいえトゥールイン軍ほどの恐慌状態ではないからすぐに治るのではないか、と思う。
「そ、そうだ……みんなは……」
辺りの気配や生命反応を探っていく……まるで俺からのびる見えない腕のように、感覚が周囲を探っていくが……見つけた。爆風の影響で転んだけど大きな怪我はしてないみたいだ。
よかった……感覚の端っこに仲間とは別の場所にいるアイヴィーの匂いを感じ取り、俺はすぐさまその場から彼女の元へと瞬間移動する。
「……アイヴィー」
いきなり俺が目の前に現れて、声をかけてきたことで驚いたアイヴィーは戦士の本能なのか、咄嗟に
だが俺が抵抗もせずにそのまま黙っていると、彼女は何度か俺を見直して、すぐに
「クリフ! 無事だったのね!」
「ああ……ごめんよ、思ったよりも魔法の威力が大きくて」
俺は彼女をそっと抱きしめて軽く後頭部を撫でる……柔らかいなあ……軽く彼女の頬へとキスをすると、彼女はクスッと微笑を浮かべてから俺の唇を自分の唇で優しく塞ぐ。
思わず彼女の唇を舌で割り、軽く口腔内でお互いの舌を絡め、しばらくお互いを強く抱きしめ合う……誰もいない空間に唾液と舌の絡む音と、吐息が混じり合っていく。
「……ん……誰か見てたらいやだからここまでね」
「まあ、いないから最後までできるけど……こんな場所は嫌だよな」
俺の言葉に顔を赤らめて急にモジモジした仕草を見せる彼女は、何度かためらったような表情を見せた後に、そっと俺の耳に手を添えてボソリといやじゃないけど、と囁く。
あれ? そういうのもお好みでしたかね? んじゃあ早速……と俺が下心満載の表情で彼女を見ると、アイヴィーは俺の考えを読んだように膨れっ面で軽く俺の足を踏見つけた。
いってええ! 俺が足を押さえて苦笑いを浮かべていると、アイヴィーはすぐに真面目な顔に戻ってから軽く周りを見渡してから俺に尋ねる。
「
「先に逃げてもらった、帝国軍の陣地に戻れば会えると思う」
「そっか……アルピナは?」
俺は黙って自分の胸を軽く親指で指す……そのジェスチャーにアイヴィーは少し驚いたような表情を浮かべてから、俺の頬や首や、髪の毛……そして手や胸を軽く触って確かめている。
う、まあ……確かに今のジェスチャーだと俺が食べちゃったような印象もあるかもしれないけど……正確には魂を吸収して同化した、と言ってもいいかもしれない。
「あなたが何をしても驚かないって決めてるけど……未来の旦那様はどうなっちゃうのかしらね……」
彼女がため息をついて、両手を広げてお手上げ、というジェスチャーを見せるが……まあ何も変わらない、と思っている。感覚は人間のままだ……多分胸に剣を突き刺されれば死ぬだろうし、人間としても老いて行くだろう。
少し違うのは身体中を駆け巡っている魔力……膨大な量の魔力が呼吸と共に血と共流れているような感覚というのか……頭は冷たく冷静なのに、身体中は少し熱ったような感じがしている。
『為すべきを為せ……新たなる
いきなり耳元で知らない声が囁いたような気がして俺は咄嗟に後ろを振り向くが……そこには誰もいない。首を傾げて考える俺の手をアイヴィーは笑顔を浮かべてそっと握る。俺は彼女へと微笑むと、引かれるままその場から歩き出す……仲間の元へと、そして帰るべき場所へと。
「……まずは戻るか……みんなの場所へ」
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