215 人間以上の存在、そして

「あの魔神……風に乗りて歩むものウェンディゴは俺が倒します、だからセプティムさんやみんなはアイヴィーと合流して帝国軍の混乱を収めてほしいんだ」


 俺はみんなの前で今の状況を簡単に伝えていく……先ほど空から戦場の状況を見ていたが、恐ろしくカオスだった。アルピナの死により風に乗りて歩むものウェンディゴが暴走を始め、どうやらクラウディオも逃走してしまっている。

 さらにはレヴァリア戦士団の猛攻で、帝国軍の一部が戦線崩壊を起こしその気に乗じて戦士団は撤退を開始、その撤退を阻止しようと反転攻勢を行なった帝国軍は反撃を喰らって再度後退している。

 トゥールイン軍は指揮官不在のまま、都市へと撤退を行っており唯一損害が大きくない……この状況下で、帝国軍の指揮を取り直せるのは将軍とセプティムさんくらいだろう、と考えている。


「とにかく一度戦線を構築し直してもらいたいです、その間に風に乗りて歩むものウェンディゴを俺が倒してそのままトゥールインへの攻勢の足がかりを作りましょう。今のままだと散発的な都市攻撃で帝国軍が損害を増すばかりになります」

 俺の言葉にふむ……と少し考えこむセプティムさん、この時間すら惜しい気もするがそれでもセプティムさんがきちんと判断できるまで待つ必要があると考えた。

 セプティムさんがじっと俺の目を見てから、少し苦笑いを浮かべる……なんかあったかな?


「わかった、クリフ君に任せよう……君たちは本陣についてきてくれ」

 セプティムさんはそのままアドリア達に声をかけてから、俺に軽くウインクをした。ああ、彼はわかってくれた、ということか。

 俺は軽くセプティムさんに頭を下げると、駆け寄ってきた仲間にも頭を下げてから説明のために話しかけた。

「……すまない、今のところはセプティムさんの指示に従ってほしい、それとアイヴィーと別れて行動したんだけど、見当たらないんだ。戦場のどこかにはいるはずなので探してほしい」


 アドリアとロランが頷くと、カレンやベッテガへと声をかけてその場を撤収していく……ふと視線を感じた気がして、振り向くとロスティラフが俺の顔をじっと見て何かを考え込んでいるような仕草を見せていた。

 俺が振り向くとロスティラフは少し戸惑ったような表情を浮かべていたが、意を決したように俺に歩み寄るとあまり他には聞こえないように少し小声で俺に囁く。

「……クリフ……でいいのですよね?」


「え? ど、どういうこと?」

 俺は驚いて聞き返すが、ロスティラフは尚も困ったような顔で、まじまじと俺の顔を見つめたり、軽く俺の胸や肩を指先でつついたりと普段では絶対に見せない行動をしている。

 彼の尻尾も大きく左右に触れている……これって彼が困った時に自然と出る仕草だったかな、そんな話を昔聞いた記憶があるけど。

 少し間を置いてからロスティラフは顎に手をやったまま、ため息をつく。

「……雰囲気がかなり違うのです、それこそ別人のように見えます」


「そ、そっか……詳しいことは後で話すけど、色々あってね……少し変わったと思うよ」

 俺は目の前の竜人族ドラゴニュートの鋭さに少しだけ驚くが、そうか彼は一度貴族ノーブル階級まで進化していた過去があるのだっけ。

 記憶の断片なのか、急に竜人族ドラゴニュートについての知識がすらすらと思い出せる……貴族ノーブル階級は限りなくドラゴンに近く、その生態は洗練されている。炎の息を吐くとか、翼を使って空を飛ぶだけでなくドラゴン魔術マジックと呼ばれる独自の言語体系から構成される魔法を行使し、指導者として部族を率いる存在。


 過去ドラゴンの虐殺と呼ばれた、絶滅戦争においてとある地方の人間型種族を皆殺しにしたこともある強力な魔法使いであり、戦士でもある……実際に見ることはあまりないだろうけど、知識としてはこんなものね。

 ん? 急に俺の記憶の語尾が女性化したぞ? と思ったが、どうも俺の中に溶け込んでいるアルピナの知識が表面化しただけのようだ。

「……ったく……こんなことなら神化なんてやるんじゃなかった……」


「どうされました? 神化というのがクリフを変えた出来事ですかな?」

 ロスティラフの前で独り言を呟いてしまったが、彼は不思議そうな顔で俺に問いかける……彼から見て俺はどんな姿に見えているのかすごく不安だが、今のところそれを細かく説明している暇もなさそうだ。俺はロスティラフに苦笑いを向けて、彼の肩を軽く叩く。

「説明している時間が惜しい、後でちゃんと説明するよ……君からどう見えているのかも気になるけどね、アドリアを頼む」


 その言葉にロスティラフは頷くと、少し口元を上げて不器用な笑顔を見せる。ヒルダによく言われてたもんな……顔が怖いって。裏で相当練習したのか、結構様になっている笑顔を見て俺はクスッと笑うと、彼に手を振ってその場を離れていく。

 さて……風に乗りて歩むものウェンディゴをどうやって片付けるか……この魔神の情報を記憶から探っていくが、それほど得られる情報が多くない。

 ロックがかかっているのか、それとも元々知識にあまりないのか……コントロール方法などは思い出せるんだけどな……周りに人の気配がなくなったところで俺は魔力を集中させて、空中にふわりと浮き上がる。


「……本気を、出してみるか……どうなるかわからないから怖いけどさ……」

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