206 戦線の膠着

「突き崩せ! やれるぞ!」


ヤーッ!!」

 法螺吹き男爵ベトレイヤルカイ・ラモン・ベラスコ男爵の指揮のもと、レヴァリア戦士団の騎馬隊による数回目の突撃が開始される。

 帝国軍の左翼部隊への攻撃は既に一時間以上に渡って続けられている。現在では帝国軍は防御用の柵などを使って大陸最強とも言われるレヴァリア戦士団の猛攻を食い止めている。


 だが、彼らの変幻自在な戦術は帝国軍を悩ませていた。

 当初帝国軍は少数に見えたレヴァリア戦士団の軽騎兵キャバリーへと攻撃を仕掛けた、しかしそれは罠だったのだ。

 軽騎兵キャバリーによる後退しながらの馬上からの弓射撃、それを無理に追いかけよう突出するとそこへ待ち構えていた竜騎兵ドラグーンによるラッパ銃ブランダーバスの一斉斉射、隊列が崩れた場所への槍騎兵ランサーによる騎馬突撃と、指揮官の異名には相応しくないほどの精緻な戦術により、開戦当初は圧倒的に数で勝るはずの帝国軍は防戦一方に追い込まれている。


「な、なんて強さだ……こんなの聞いてないぞ! ギャアッ!」

 悲鳴をあげて持ち場を放棄して逃げ出そうとした兵士の頭へと矢が突き立てられる。帝国軍の陣容の一部に綻びが生じればそこを無理矢理にこじ開けてレヴァリア戦士団の主力部隊が戦線を崩壊に導いただろう。

「だが、そこまで上手くはいかないか……全く、帝国軍の指揮官も粘りやがる」


 カイが戦況を見つめながら舌打ちをする。綻びを作ってもあっという間に後方からまるでパーツを交換するかのように別の部隊が送り込まれ、それに合わせて戦線の押し返しが始まる。

 レヴァリア戦士団にも少なくない損害が出始めている……勇敢な傭兵部隊ではあるが、人は怪我をすれば行動できなくなるし、武器を突き立てられれば死ぬ。

 それよりも味方であるトゥールイン軍側の戦況がほぼ分からなくなっているのが不安で仕方がない……帝国軍よりも練度で劣る部隊が多いし、戦闘経験も積めていないだろう。

 混乱すれば大崩壊する可能性すらあるため、現状レヴァリア戦士団が必死に暴れているという状況でしかないのだ。ただ疲労は積み重なるし、補充の効かない状態で攻勢を続けるのにも限度がある。

 そろそろ一旦戦線を落ち着かせるためにも後退しなければいけないタイミングだ。


「どこかでトンズラするか? でもお目付役もいるからなあ……」

 ちらりと横に立っている背の低い少女……いや、その中身は恐るべき混沌の戦士ケイオスウォリアーネヴァンが見透かしたかのように、カイの視線を受け止めるとニヤリと笑う。

「これだもんな……」


 ため息をついて、カイは改めて戦況を確認し直す……クラウディオとかいう混沌の戦士ケイオスウォリアーは一応剣聖ソードマスターとの一騎打ちに入ってしまって連絡が取れない。

 アルピナとかいう女はクリフと戦うと言ってどこかへ行ってしまった……ネヴァンによると戦闘は続いているようなので、彼が戦場へ来ることを防げているのだろう。

 あの巨人は……ゆっくりと帝国軍本陣へと向かっているが、途中で何者かに攻撃されたのか地面を叩いたりしている……なんて役に立たないんだ! そのまま陣へと突入すれば戦争は勝利確定なのに。


「アルピナが継続して命令をしてないようでな……どうもクリフとの戦闘で手一杯のようだ」

 ネヴァンが肩をすくめて苦笑いを浮かべている。クリフ・ネヴィル、大荒野最強の魔法使い……彼とその仲間は傭兵団に引き入れたい人物ではあるが、帝国との結びつきが強いのも魅力ではある。冒険者家業のような不安定な生活よりまだ傭兵家業の方がマシだろう。

「クリフは味方に引き入れたいんだがねえ……俺たちの仲間になれば大陸の戦場を全て席巻できるはずなんだが……」


「それは無理だろう。彼の性格を調べたが、傭兵団の隊長などで収まるような器ではあるまいよ」

 ネヴァンはカイの呟きを聞いてクスクス笑う……そうだ、あの男はそんな器ではない。神に等しい能力の持ち主なのだから……私は彼を導く者ドゥクスに変わる新しき指導者になると思っている。だから、傭兵団の隊長如きでは終わらせないのだ。

 彼は魂を喰らうことができる魔法を持っている……アルピナやクラウディオにも伝えていない、だって彼を成長させるのに彼らの犠牲が必要だから。


 私は導く者ドゥクスも信用できない……おそらくだが、彼はわたしたちをクリフの覚醒のための材料としか考えていない。だから私は最後まで争う……クリフに頭を下げてでも、彼に魂を売り渡したとしても……生き延びるのだ。

 それが私を混沌の戦士ケイオスウォリアーへと変えてくれた彼に逆らうことになっても、自分自身という存在を後世に残すためにも……絶対に生き延びるのだ。

「どうした? 難しい顔をして……お前も笑う以外の表情ができるのな」


 カイが急に黙ってしまったネヴァンを見て、不思議そうな顔で彼女を見つめている。そんな彼の視線を見て、再び苦笑いを浮かべてネヴァンは取り繕うような笑顔を浮かべる。

 カイは普段のネヴァンでは見ない表情だな、と感じて少しだけこの混沌の戦士ケイオスウォリアーの複雑な心中を感じた気になった。なんだ……こいつも人間らしいところあるじゃねえか、と。


「クハハッ……すまない……私も考えることが多いのだ」

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