202 骨砕き(ボーンクラッシャー)

「フハハハハ! さあ次はどいつだ!」


「ば、化け物だ!」

 板金鎧プレートメイルに身を纏った混沌の戦士ケイオスウォリアークラウディオが、無骨な形をした槌矛メイスを奮って帝国軍兵士を蹴散らしている。

 トゥールイン軍と帝国軍の前哨戦……双方の小部隊が哨戒中に睨み合いとなり、小競り合いを始めたのが今から一時間ほど前……そこから小競り合いは次第に周りの部隊を巻き込んでの本格的な戦闘へと発展しつつあった。

 戦場に指揮を出していたクラウディオが目敏くこの小競り合いを発見すると、急いでこの場に駆けつけ……帝国軍へと踊りかかった、という状況だ。


「帝国軍に勇者はおらんのか? 私と互角に戦える猛者は」

 クラウディオが返り血に舌を這わせながらぎらり、と目を輝かせその不気味すぎる光景に帝国軍は尻込みを初めている……だがしかしトゥールイン軍側も混沌の戦士ケイオスウォリアーの乱入は予想外だったようで、彼ら自身もどうしていいのかわからず戸惑っている。

 戦闘は一方的だが、全体としては個人の武勇を披露するだけの不可思議な空間が広がっているのだ。

「……変わったな、古き友よ」


 その言葉にクラウディオの表情から余裕のある笑みが消え去る……この言葉には記憶がある、私を人を超えた時に生贄にしてやろうと思っていた友人の声……今ではもうその時の若さはないとはいえ、未だ帝国の重鎮として全ての兵士からの尊敬を集める……そう、剣聖ソードマスターセプティム・フィネルの声だ。

「せエエエエエエエプティイイイイィィィム! 待っていたぞ……」


「僕は待っていないがね……むしろ会いたくはなかったよ」

 クラウディオの雰囲気が一気に怒りへと切り替わったことを知って帝国軍兵士たちが青ざめる……そんな兵士たちの中から、馬を降りてゆっくりと歩み出るセプティム。

 すらりと三日月刀シミターを引き抜くと、切っ先をクラウディオへと突きつける……周りの兵士に手で引くように合図をするとその意志に従って帝国兵士達が仲間の遺体を回収しつつ撤退を開始していく。

「ほぉ? 乱戦なら私に勝てる機会も生まれように……わざわざ一騎討ちとは古風だな」


「さっさとお前を倒して、あの巨人を撃つとしよう」

 セプティムはここ最近あまり持つことのなかった円形盾ラウンドシールドを背中から外して持つと、前面に構えて少しだけ腰を落とす……剣聖ソードマスターとなってからは盾を構えることはほぼないのだが、そんな余裕などはないと判断しての行動だ。

 その行動を見てクラウディオの余裕のある笑みが消える……戦士同士でしかわからないかもしれない、ある種独特な嗅覚が油断をしてはいけないと告げている。


「惜しいな、あの時俺はお前を誘ったな……人のままではこれ以上強くなれんと」

 油断なく槌矛メイス凧盾カイトシールドを構えてセプティムとの距離を測っていく……トゥールイン軍はどうしたものかと不安そうな顔で二人の様子を見ているが……そんな彼らに気がつくとクラウディオは口を開く。

「陣へ戻れ……巻き込まれたくなければな」


 トゥールイン軍の兵士たちは慌ててその場を後にしていく……そんな彼らを見てクラウディオはやれやれと言いたげな顔でセプティムへと視線を移す。

 セプティムはトゥールイン軍が去るまでその様子をじっと見つめて、ふうっとため息を吐く。

「お前は何故混沌の戦士ケイオスウォリアーに堕ちたんだ、友よ」


「より高みを目指したい、というのは生物としての基本的な欲求ではないか? あの使徒も純粋にそういう気持ちを持っていそうだったがな、お前は違うのか?」

 クラウディオはいうが早いか、重武装の鎧を着ているとは思えないほどの速度でセプティムとの距離を詰めると普通の戦士であれば上半身ごと持っていかれるであろう打撃を繰り出す。

 セプティムは円形盾ラウンドシールドを使って衝突の瞬間に表面を滑らせるように受け流すと、返す刀で三日月刀シミターを振るう。

「クリフを……あの子をお前の同類のように語るな!」


「ハハッ! そういえばお前の剣はそういうものだったな!」

 三日月刀シミターはクラウディオが身を縮めるように構え直した凧盾カイトシールドに防がれ、甲高い音を立てて弾かれる。

 追撃を避けるためなのかセプティムは大きく後ろへとステップして距離をとり、再び同じ構えをとる……危なかった、受け流しに失敗していたら盾と腕がそのまま持っていかれた可能性すらある。

 不気味な魔力を感じる武器だ……受け流したはずの腕に痺れのようなものが残っている。


神話ミソロジー級武具『骨砕きボーンクラッシャー』……百腕巨人ヘカトンケイルが神々と戦うための武具だが……お前に使うのは正しいであろう?」

 クラウディオは大きく歪んだ笑みを浮かべて、ベロリと舌なめずりをして笑う……人間が当たったら即死、簡単に肉体を破壊されてしまうレベルの恐ろしいまでの破壊力を秘めている。

 セプティムの頬に冷たい汗が流れる……勝てるだろうか? ただでさえあの巨人をこの後に倒さなければいけないというのに……なんて度し難い状況なのだ。


「これは……本気で戦わないと、ダメだな……これほどとは……」

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