201 風に乗りて歩むもの(ウェンディゴ)

男爵バロン……この戦場はやばくないですか?」


「……お前も気がついたか?」

 カイ・ラモン・ベラスコ男爵は傍に控える部下の進言に、苦笑いで応える……彼の第六感がこの戦場にとどまるのは不味いという警鐘を鳴らしている。

 彼がじっと眺める帝国軍の陣容も本気度を感じる数と厚さ……レヴァリア戦士団が精強と言っても被害の拡大は免れないであろう。

 敵方には剣聖ソードマスターもいると聞いている……戦って勝てるか? と問われれば、五分と答えてきたが……さて、どうだろうか?

「さて、どう戦う?」


 カイはじっと戦場を見ながら考える。彼はこの戦場だけが仕事ではない……これから先も、傭兵として稼ぎ続けなければいけない、撤退のタイミングすらも彼が判断をしていいことになっている。

 だがしかし、混沌の戦士ケイオスウォリアー達に共通するある自信……それがカイの判断を迷わせている。あまり深入りすることで、被害が増しそうな……困難な戦場の空気が漂っているのだ。

「お、お頭! あれを!」


「な、なんだありゃあ……」

 戦士団の一人が驚きの声と共に戦場とは違う方向を見ている……その視線の先には一〇メートル近いだろうか? 今まで不思議なものを見続けてきたカイが初めて見る異形の巨人が歩いている。

 幽鬼のように青白い肌に、やたら長い手足……そして金色の輝く目に蛙のようにつぶれた頭部を持つその不気味な巨人は、ゆっくりと戦場に向かって歩いている。

 カイは驚きつつも冷静に、巨人の向かう方向がこちらではない、と理解した。

「帝国の新兵器? それにしては歩いている方向が……」


「……風に乗りて歩むものウェンディゴだ」

 急に声をかけられて、声の方向へと慌てて目を向けるとそこには、あの混沌の戦士ケイオスウォリアーの少女……ネヴァンが立っていた。

 ニヤリとネヴァンは笑うとゆっくりとカイの元へと近づき、手を伸ばした。ああ、こいつは俺の馬に乗ろうとしているのか……と感じカイは黙ってネヴァンを馬の鞍へと引き上げる。

風に乗りて歩むものウェンディゴ? 初めて見たぞ俺は」


「違う場所ではイタクァとも呼ばれるらしいがな、混沌の風を象徴する魔神……いや魔人かな。アルピナが呼び出した」

 ネヴァンはカイを見上げながら、笑みを浮かべる……不気味だが、見た目の幼さもあってそれほど嫌な気分ではない気がしてくる。

「魔神ねえ……そんなもん呼び出してお前らは大丈夫なのか? その、戦力にならなくなるとか」


「心配するな、呪物を使って呼び出しているからアルピナも戦場で暴れられる……それよりも、レヴァリア戦士団に同行させてもらうぞ。この体ではうまく行動できそうにない……」

 へいへい、とカイは返事を返すが……どうやらこの混沌の戦士ケイオスウォリアーはお目付役として来た、ということか。心の中でため息をつくと、カイはさっと右手を上げる。

「いいか、お前ら死ぬなよ」


 その号令に合わせて、レヴァリア戦士団が『応!』と応える。

 そうだ、まずは目の前の戦場に集中せねば……こちらは防衛側なのだから、崩れないことを優先して戦わなければいけない。まずは耐える、だ。

「まずは耐え忍ぶぞ! それからタイミングを見て反撃だ!」




「レヴァリア戦士団は動きませんね」

 帝国軍の将軍の一人、ルドヴィーコ ・マリーニは副官と共に、トゥールイン軍の様子を伺う……全く動く気配がない、数で劣るゆえに防衛に集中しようということか。

「将軍! あれを!」

 副官が別の方向を見た時に驚きの声をあげる……ルドヴィーゴもその方向を見て絶句する。なんだあれは……幽鬼のように青白い肌に、やたら長い手足……そして金色の輝く目に蛙のようにつぶれた頭部を持つその不気味な巨人が帝国軍の陣へ向かってノロノロとだが歩いてくる。

「なんだあれは……」


「混沌の化け物だろうな、本気だっていうことだよ」

 将軍の隣に、いつの間にかセプティムが馬を近づけてきていた。ルドヴィーゴは不安げな顔で、セプティムを見つめる……セプティムの顔はいつもの少し気楽そうな顔ではなく、緊張感のある表情だ。

剣聖ソードマスター……司令官とは別の場所へ?」


「ああ、下手に攻撃してもあの巨人を止められないだろう、私があの巨人を足止めする」

 セプティムはルドヴィーゴへと笑いかける……が、普段の表情ではない。ああ、この表情は……死地に向かう兵士の顔だ、とルドヴィーゴは感じる。

 帝国で最強の剣士である剣聖ソードマスターが死を覚悟するレベルの敵なのだ、と改めて理解したことでこの戦いが一都市の反乱ではないと今更ながら感じた。

「セプティム……死なないでください」

 ルドヴィーゴは本当に心配そうな顔で、セプティムの顔を見て頭を下げる。彼に剣を教えてくれた剣聖ソードマスターへの恩義は彼としても返し切れるようなものではないからだ。

「ま、死なぬよ。私の死因は孫に囲まれての老衰と決めているのでね」

 セプティムはニヤリと笑うと、巨人の方向へと馬を走らせていく。その姿を見て……帝国軍兵士たちはその姿を敬意をもって見送る。

 馬を走らせながら、セプティムはそっとつぶやく。


「ま、無事に帰れるような保証はないがね……」

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