200 ジャジャースルンド

「クリフ……無理をしないでいいのでは? 帝国に恩義があるわけではないのだから……」


 今俺がいるのは、放棄された廃屋の一室で、目の前に立っているアドリアが俺が鎧を着込んでいるのを見て心配そうな顔をしている。

 他の仲間も俺が慌てて鎧や服を着込んでいるのを見て、心配そうな顔で俺を見つめている。俺は傷跡が引き攣るような痛みを感じながらも必死に鎧を着込んでいく。

「全く……私のいうことなんか聞いてくれませんね、あなたは……」


 アドリアはため息をついて、俺の鎧の着用を手伝い始める……魔法使いはたいてい鎧など装着しないのだが、何年かの冒険者生活で多少動きが制限されても必要最小限の鎧は必要だと認識している。

 そのため俺は魔法使いとしては例外的に、いくつかの部位に鎧を装着している……軽めの金属を使ったものと革鎧レザーアーマーを組み合わせており、動きを阻害するようなものではないのが幸いか。


 俺はおそらく混沌の戦士ケイオスウォリアーが戦場に出てくると見て、慌てて戦闘の準備を始めた……アドリアのいう通り、俺は帝国、いやセプティムさんからはある意味切り捨てられたとは思うのだが、古い付き合いである俺はセプティムさんは帝国の掟に従ってそうせざるを得なかったのではないか? と思っている。

「違う、俺は帝国のためにやるんじゃない、俺のためにやるって決めてるんだ」


 都合がいい解釈かもしれないが、彼自身の人となりを考えると本当は自ら救出に動いてきてもおかしくない人なのだ。それができなかった、アイヴィーすらもそれを禁止されたというのはおそらく彼自身ではどうにもならない状況、ルールなどに縛られていたのだと思っている。

「俺はセプティムさんが裏切ったなんて思ってない……俺は彼を信じるよ」


「彼のことを、恨むべきではない……」

 いきなり廃屋の入り口から声をかけられて、俺たちは全く気配に気が付かなかったことに驚きながらも武器を構えて入り口を見る……そこには一人の暗黒族トロウルが立っていた。

 不気味に赤く光る両眼、両顎から鋭く尖った凶悪な牙、尖った鼻腔、縦に延びた鋭い耳、そして二メートルを越す巨体に盛り上がった筋肉……あまり俺の記憶からその姿は変わっていない。

暗黒族トロウル!?」


「待ってくれ! 俺の知り合いだ……」

 カレンとベッテガが武器を構えて暗黒族トロウルへと飛びかかろうとしたのを俺は急いで制する……だってその姿は今でも忘れたことはない。

「久しぶりだな賢き子よ……いやもうそんなことは言えんか。クリフ・ネヴィル……一〇年ぶりだな」

 ジャジャースルンドはあの凶暴そうな笑顔を見せて笑う……俺は着替えもそこそこに彼の胸へと飛び込むと逞しい両手が俺を包み込む。その様子を見て仲間たちは、ようやく武器を下ろした。

「ジャジャースルンド……本当に久しぶりだね……」


「皆お前の仲間か……良い目をしているな」

 目の前の優しき暗黒族トロウルは俺の頭を愛おしそうに撫でると、仲間たちを見回してほう、と呟く。

 そんな俺たちを見て、ポカンとしたアドリアや仲間たちの視線を受けて俺は咳払いをしてから、彼らにジャジャースルンドを紹介することにした。

「ジャジャースルンドは一〇年前にセプティムさんや俺と一緒にアルピナ……混沌の戦士ケイオスウォリアーを倒した仲間なんだ……ってなんでここに?」


「それは我が今帝国……というよりはセプティムのために働いているからだ」

 ジャジャースルンドはやはり牙を剥き出しにした笑顔で俺に微笑む……彼のあまりに凶悪な顔にヒルダがドン引きした表情を浮かべているが……その他の仲間たちはその説明である程度納得したようだった。

 とはいえまさか彼が帝国にいるとは思っていなかった俺は、喜びを隠しきれない……ジャジャースルンドは再び俺の頭を撫でる。大きな手だ……一〇年前の記憶とあまり差異がない気がする……。

「お前は本当に大きくなったな……我も歳をとるわけだ」


「クリフ、いる……ってうわあああああっ! なんでこんなところに暗黒族トロウルがっ!」

 慌てて飛び込んできたアイヴィーが目の前のジャジャースルンドの巨軀を見て悲鳴をあげて刺突剣レイピアを引き抜く……俺や仲間たちが慌ててアイヴィーとジャジャースルンドの間に入ると必死に手を広げる。

 ジャジャースルンド本人は頬をカリカリ掻いて、少し罰が悪そうな顔をしているが……まあこの外見では仕方のないところなのかもしれない。


「待った! 待った! この人は俺の知り合いで!」

 その言葉にアイヴィーは、先ほどまでの仲間と同じような顔をしてポカンとしている……。

「……? えっとなんで暗黒族トロウルが知り合いなの?」

 俺はアイヴィーに改めて、一〇年前の出来事を掻い摘んで説明すると彼女は、ああ! と納得したような顔になる。


「ま、すまんな我はこの外見で、人間からはそれほど良く思われておらん……帝国でも誤解も多かったのでな」

 ジャジャースルンドは改めて、昔の彼ではやらなかったであろう頭を下げて俺の仲間に謝罪する……先ほど歳をとった、と話していたが俺は彼の外見からは年齢を判別できないが、声の感じとか仕草が少しだけ落ち着いたような気もするのだ。

「ジャジャースルンドは帝国で何をしているんだ?」


「我は剣聖ソードマスター……まあ我にとっては友人となるが、セプティムの目として動いている」

 彼はそれまでの経緯を話し始める……帝国へと戻ったセプティムから依頼を受けて、斥候として陰ながら彼のために働いていたこと。

 帝国領内における諜報活動に暗黒族トロウルの技術は役に立っていたこと……彼がいうには暗黒族トロウルは元々隠密活動を得意としていて、体の大きさから粗暴な戦士として見られがちだが、実際にはそれ以上に闇の中に潜む斥候としての活動が最も得意であることなどを語り始めた。

「この一〇年、我はセプティムのために働いておった……よき年月である。彼は誠実で信頼できるからな」


 ジャジャースルンドは少し懐かしそうな顔で、遠くを思い返すようなそんな遠い目をしている。俺の知らないセプティムとジャジャースルンド二人だけの時間がそこにはあったのだろう。

 じっと俺の目を見つめて……ジャジャースルンドの赤い目が俺を見る……。


「我はあの男を死なせたくない……だからクリフ、お前の力を必要としている……力を貸してほしい」

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