198 助けられた恩義と約束
「壮観だな……クハッ!」
クラウディオは騎乗している
彼らの目の前には、帝国軍第一陣である約六〇〇〇名の軍団の戦陣が広がっている。トゥールインを目指して進軍した帝国軍は、傭兵部隊五〇〇名を完全に失ったものの本隊は無事にトゥールインまで残り三日の平野へと分散合流を成功させ、戦力を倍増させた状態で到着していた。
「随分と数が多いわねえ……ま、数がいればいいってものではないのだけど」
アルピナは歪んだ笑みを浮かべて、帝国軍の様子を窺っている。あの子はもう帝国軍に確保されただろうか? せっかく手の内に入りそうになったのに、するりと抜け出てしまった。
「一緒になりたかったわねえ……」
「クハッ……帝国軍を倒して手に入れれば良かろう。戻るか」
クラウディオはため息をついているアルピナへ声をかけると、
「そうねえ……まずは人間をいたぶりつくすところから再開ね……それはそれで楽しみだわ」
不気味に笑うと、アルピナはゆっくりと踵を返してトゥールインへと帰還するために走り出す。戦いが始まる、心だけでなく体も熱気を帯びている。混沌の戦士となってからそれほど多くない戦争が開始されるのだ……笑みを抑えることができないアルピナだが、クリフ・ネヴィルが戦場に出てくるならそれはそれで楽しいだろう。
「楽しみにしてるわ、私の愛しい人……」
「クリフ、動いちゃダメよ」
拝啓、俺は今過去最大級のVIP対応を受けています。右にアイヴィー、左にアドリアが座って俺の世話を甲斐甲斐しく行ってくれています。
わざわざアイヴィーは粥を掬ったスプーンを息をふーふーかけて冷ましてから口運んでくれるし、アドリアは細かく切った肉を同じような感じで満面の笑顔で食べさせてくれている。
これってハーレムにいる王様みたいな状態だなあと思うが……目の前には苦々しい顔のカレンとベッテガ、いつものことだなという顔のヒルダとロラン、そしてロスティラフが立っています。
あ、みんなゴミを見るような目ですね、実に。
「まあ、お熱いのはいいんだけどさ……何もこいつを王侯みたいな扱いすることないんじゃない?」
弛緩した顔の俺を見て少しだけイラッとした顔のカレンに対して、俺に肉を食べさせようとしていたアドリアが少しほくそ笑んだような気がした。
「もしかして……妬いてます?」
アドリアの言葉に何かを言おうとして、何度か口をパクパクさせていたカレンだが、ため息をついて呆れたような顔をしてお手上げ、という仕草をしている。
アドリアは少し独占欲の強い面もあるからなあ……よく『これ以上女性を侍らすのは良くない、特に私が怒る』って言ってたし……カレンは大人の女性として魅力的な部分もあるので、アドリアからするとこれ以上近づいて欲しくないという気持ちもあるのだろう。
「全く……妬くほど乙女じゃないんだよ、私は」
そのカレンの言葉にベッテガが少しだけくすくす笑う……そんな兄貴分の足を思い切り踏みつけると、カレンは苦々しくベッテガを睨みつける。
「でも、カレンさんとベッテガさんのおかげでクリフは助かったのだし……お礼を言うべきだわ、アドリア」
アイヴィーは二人に深々と頭を下げる……今回俺を助けに行ってほしいとお願いをしたのは彼女なので、彼女としてはカレンとベッテガには頭が上がらないのだろう。
「いえいえ、お姫様。クリフを助けたのは力になってほしいからってのもありますよ、それと高額の報酬もね」
ベッテガは目を細めて笑うが、アイヴィーはその言葉に少し困ったような顔で頷く。そういえばどう言う条件で契約をしたのだろうか? ベッテガとカレンは傭兵としてはそれなりの金額を支払わなければ雇われないはずだ。
「その……条件なのですが、本当に先日のお話の内容で問題ないのですか?」
「はい
おや?
「ベッテガその二つ目の条件って、話にあった……」
俺の疑問にベッテガ笑顔をやめて真顔で頷く。
「そうだ、カレンを貴族へ復帰させたい……死ぬ思いで傭兵稼業を続けてきたのはそれが俺の生きている意味だからだ」
その言葉にカレンが少し悲しそうな顔で俯く……その言葉に俺の仲間たちが少し驚いたような顔を見せる。
「んー、するってーとそのカレン、と言う女性も貴族の出身なのか?」
ロランが少し意外そうな顔でベッテガに問いかける。
「私の真の名は、カレン・ヴェラ・プロヴァンツーレ。ブランソフ王国のプロヴァンツーレ男爵家の娘です」
カレンはブランソフ貴族流の洗練されたお辞儀をする……帝国流とは少し違うものの、所作の美しさにこの女性が貴族として非常に高い教育を受けてきたことを理解させるものを感じて、慌てて俺から離れたアイヴィーとアドリア、そしてヒルダが同じようにお辞儀をする。
各国ごとに作法が違うものの、一連の動作は非常に洗練されておりこの三人がきちんとした教育を受けていることがわかるのだ。
「ほう……そちらのお嬢ちゃんもそれなりの家柄なのだな」
ベッテガが感心したようにヒルダを見ている……この辺りは説明が必要かもしれないな、と思い俺は補足を加えていく。
「アイヴィーは知ってるだろうけど、アドリアも聖王国のインテルレンギ家のお嬢様だよ。ヒルダは……ジブラカンの王女様だ」
その言葉にベッテガとカレンが慌ててヒルダへとひざまづく。
「これは失礼を、王族でしたか……」
「あ、いえ……私の国は既に滅びていますし今は冒険者ヒルデガルトでしかないので、気になさらないでください」
ヒルダは困ったように二人に話しかけ……ベッテガとカレンはそう言うことであればと、一度大きく頭を下げたのちに笑顔を浮かべる。
なんとなく場も和んだところで、俺は口を開くことにした。
「わかった、君たちに恩義がある……必ず君たちの力になると約束するよ」
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