197 希少性(レアリティ)

「大荒野最強の魔法使い……クリフ・ネヴィルに逃げられた? だと?」


 ヴィタリ・ラプラスは豪華な椅子の上で……崩れ落ちそうになる体を大きな肘置きで支える。眼前に跪くクラウディオは満身創痍で、かなり激しい戦闘が行われた末の逃亡だったことがわかる。

「冒険者、夢見る竜ドリームドラゴンが全員あの場に集まっておりました……さらにいつ進入したかわからないのですが、雇われの傭兵二名が協力し、クリフ・ネヴィルの逃亡を助けたようです」


 クラウディオの報告を受けているヴィタリの隣にはアルピナがいつもの笑みを、そしてその横にはネヴァンが無表情で立っている。

「思っていたよりも結束が強いのだな……」

 ネヴァンは報告の内容から、彼女の記憶……というよりも寝ている間にクリフから盗み見見た記憶のカケラを思い返している。とはいえクリフの目から見た記憶でしかないので……あまり必要なさそうな、睦み合いなどの記憶は排除しているが。


 昔の記憶ではアイヴィーとアドリアの確執……というよりアドリアの一方的な想いだったわけだが、それを利用して双方に不和を生み出そうとしたことがあるが、どうやらお互いがその出来事から強く結束しており、そういった部分からの切り崩しは難しいと考えている。

 新しく入った仲間……これもまた、クリフ・ネヴィルという個人を完全に信頼していてそう簡単に切り崩すのは難しいだろう。

「これだけの情報では打ち手がないな……」

 ネヴァンは一人ため息をついて……隣にいるアルピナの顔を見つめる。何を考えているのかわからないが、アルピナは笑顔のまま何も動こうとしていない。


「仕方ない……クリフ・ネヴィルは公式にトゥールインの敵として認定する。あれだけの魔法使いを倒すには……クラウディオお前の力が必要だ。まずは体を癒してほしい」

「寛大なお言葉……感謝いたします」

 ヴィタリの言葉に深々と頭を下げて礼をするクラウディオ。表情は固く……あの笑みは浮かべていない。クラウディオが頭を下げたまま立ち上がり……謁見の間を出ようとした時に、アルピナが急に口を開いた。


「クラウディオ……一人であの子を倒せる?」

 その言葉の真意を測りかねて……ヴィタリが心配そうにアルピナの顔を見上げて見つめる。ネヴァンも不思議そうな顔でアルピナの顔を見ているが……クラウディオは振り返ることもせずに、そのままの姿勢で答える。

「昔の私なら、できる、と答えたであろうな……だが今は違う。クリフ・ネヴィルとその仲間たちに勝つには……こちらも数が必要だと答える」

 その言葉を言い終えると、クラウディオはすぐに謁見の間を去っていく。アルピナはその答えに満足そうな笑みを浮かべて、傍に座っているヴィタリへと優しく語りかける。


「問題ございません閣下、クラウディオはああ見えてもきちんとものを考える武人……勝つための方法を模索しているのです」

 安心したように頷くヴィタリ……アルピナは満足そうに微笑む。ネヴァンもまた、アルピナの真意を理解できずに、少し悩んでいる。今のネヴァンは戦闘能力に乏しい……アルピナとクラウディオだけが正直いうと頼りなのだ。カマラも今トゥールインを離れており、混沌の戦士ケイオスウォリアーの数も揃っていない。導く者ドゥクスも先日ネヴァンを使ったある実験以降は姿を見せていない。

 しかし本当に使徒を、その仲間を倒せるのか? という疑念はネヴァンの中にしこりのような存在となって残っている。




 暗い、とても暗い円卓の部屋に道を往く者ロードランナーが座っている。その眼前には白髪の……赤いローブを纏った人物が座って彼の部下を優しく見つめている。

導く者ドゥクス……トゥールインは捨て駒になさるので? 混沌の戦士ケイオスウォリアーをこちらへ召還しましょうか?」

 その言葉に導く者ドゥクスは首を振って……優しく微笑んで口を開く。


「お前は優しいな、本当はお前以外の混沌の戦士ケイオスウォリアー、だ。私の目的を達成するには、お前がいれば事足りる」

 あくまで慈愛の、溢れんばかりの優しさを込めて……導く者ドゥクスは微笑む。

「アルピナとクラウディオは贄になってもらおう。新たなる魔王ハイロードを顕現せしめるための贄にな」


 その言葉に仮面の下で訝しげるような表情を浮かべる道を往く者ロードランナー

「もしお聞きしても良いのであれば……」

「発言を許す」

 導く者ドゥクスは微笑みを絶やさずに、道を往く者ロードランナーの言葉を待つ。道を往く者ロードランナーは一度頭を下げて、感謝の意を表すと敬愛する主人へと尋ねた。

「新たなる魔王ハイロード……とは? クリフ・ネヴィルのことでございましょうか?」


 その言葉にふふ、と微笑むと導く者ドゥクスは慈愛の表情を崩さずに、黄金色の目を閉じて何かを思い出すようにぽつり、ぽつりと口を開いた。

「そうだな……あれは良い素材だ。ただ、今の調子では神性顕現には少し時間がかかる。あの女はそれを早めるために切開クリーヴまで与えたのに……有効に使っておらなんだ。それゆえに贄を用意する」

 切開クリーヴの名前を聞いて、道を往く者ロードランナーはふと己の知識の中から該当する魔法の内容を思い返す。


 切開クリーヴ……古代の魔法使いが禁忌とした魂の外殻を破壊し、その中身を消滅させる魔法……現代では失われた魔法ロストテクノロジーとされているが、実は世界には数人だけ使い手が残っている。

 この魔法の最大の特徴は消滅する魂を術者に吸収させ、魂の希少性レアリティを向上させることができること。人の身で希少性レアリティを上げていくことができるのは一部に限られる。

 また魂を吸収されると、魂という存在が消滅し永遠に抜け出せない術者の魂に連結した牢獄の中へと溶け合っていく。この状態になると例え神であっても、その魂を切り分けることができなくなる。


 そう、真の意味での死が訪れるのだ。


 混沌の戦士ケイオスウォリアーはその身にある魂のコアを破壊されると一時的に死を迎え、別の場所に存在している本当のコアが再び複製を作り出すことで肉体を復元、この世界へと復活する。

 つまり肉体にあるコアを破壊したところで彼らには本当の概念である死を迎えることができない、とも言える。しかし……切開クリーヴはその仮初のコアに霊的につながっている本当のコアへも影響を与える。

 外殻を破壊し、その中にある真の魂ソウルを術者のものとすることができる。

「あの二人はそれで満足でしょうか?」

 道を往く者ロードランナーは心に生じた疑問をふと口にする……導く者ドゥクスは笑顔のまま頷く。その笑顔があまり気持ちの良いものではない、ということに少しだけ気持ちがざらつくも敬愛する主人の言葉を待つ。


「アルピナは……クリフ・ネヴィルに吸収されるなら本望だろう……真の意味でクリフの伴侶よりも高次元で溶け合うのだからな。……クラウディオは強敵と戦って負ければ運命を受け入れるだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る