192 襲撃(アサルト)

「誰もいないようだな……」


 俺たちが地下水道を抜けるとそこは郊外の森の中にあるこじんまりとした広場だった。空を見上げるとうっすらと白み始めており、夜が明け始めていることがわかる。

 何時間あの地下水道にいたのだろうか……森の中の匂いが新鮮で、俺は大きく息を吸い込んで……安堵の息を吐く。


「ここから帝国軍の本隊の方に逃げなきゃいけないけど……方角がわからないね」

 カレンが少し不安そうな表情で森を見回している。以前見た混沌渓谷ケイオスキャニオンと違って、木々はねじれていたりはしておらず、比較的自然のままの姿を残している。

 ただ、時折触手というか、不気味な黒い蔓が木々に絡みついて奇妙な音を立てているところもあり、混沌ケイオスの侵食が始まっているのだということを知ることができる。

混沌の戦士ケイオスウォリアーがトゥールインにいる影響なんだろうか……子供の頃に見た暗黒族トロウルの駐屯地に似てきているな……」


「……あ、こっちに道が伸びてるね……足跡も少しついているからこっち行ってみよう」

 俺の呟きに、少し薄寒そうな表情を浮かべたカレンは、森の先に伸びている獣道を指し示した。その瞬間……凄まじいまでの殺気を感じて、飛び込むように俺はカレンを乱暴に抱えて地面へと身を投げ出す。

「な、なに……を……ッ!」

 俺に押し倒される格好になったカレンが身じろぎしたその視線の先を、轟音と共に木々が吹き飛び、破壊された木の破片が通り過ぎて、地面へと衝突する。


「おや? 当たらなかったか?」

 ズシリ、と重量感のある音と金属が掠れる音を立てて、一人の男性が砕け散った木々の向こうからゆっくりと姿を現す。その姿を見て、ベッテガとカレンの顔が硬直する。

 刈り込んだ坊主頭に、顔中に不気味な装飾の刺青を入れた……とても人とは思えない笑顔を浮かべ、板金鎧プレートメイルを見に纏い、その手には大雑把な鉄塊のようにも見える槌矛メイスを、もう片方の手には凧盾カイトシールドを持った戦士……混沌の戦士ケイオスウォリアークラウディオが姿を現した。


「お、お前は……」

 ベッテガは息を呑んで腰に刺していた小剣ショートソードを引き抜いて構える。俺とカレンも立ち上がると、俺は剣杖ソードスタッフを、カレンは背中に刺していた鎧通しエストックを引き抜いて、水平に構える。

「ほう……お前は一〇年前に見た顔だな。すると、その隣の女性があの時の……ランベルトの娘、ということか?」


 不気味すぎる顔に、さらに歪み切った笑顔を浮かべてクラウディオは紫色の舌で舌舐めずりをする。そのあまりに不気味な顔を見て、ベッテガとカレンが恐怖を感じて一歩後退りをする。

「き、貴様……あの時の……お父様の……」

 カレンがカチカチと歯を鳴らしながらも、目にいっぱいの涙を溜めてなんとか前に出ようとする。ベッテガがそんなカレンの前に出ると、小剣ショートソードを突きつけるように構える。

「お前の名は何という、俺はベッテガ……ベッテガ・ペンテ。プロヴァンツーレ男爵家に使えた者だ」 


「これは失礼した……私の名はクラウディオ。混沌の戦士ケイオスウォリアーにして元騎士である」

 槌矛メイスを顔の間に立てて騎士風の礼をしながら、クラウディオは名乗りを上げる。そして再び槌矛メイスを俺たちに向けると、笑顔を浮かべる。

「今日は良い日だ……アルピナがご執心の使徒に、一〇年前に逃した手駒が戻ってくるとは」


「だ、誰がお前みたいな奴の……ッ!」

 カレンが激昂して、鎧通しエストックを構えたまま一気に突進する……流石に傭兵生活が長いだけあって、その突進も、鎧通しエストックの突きもかなりの鋭さだったが、クラウディオは左手に持った凧盾カイトシールドを使って難なくその必殺の突きを受け流すと、体制が崩れたカレンの腹部に容赦のない蹴りを叩き込んだ。

「良い突きである……が、我に立ち向かうには少々無謀であるな」


「ぐはあッ!」

 カレンはカウンターで入った蹴りの勢いで大きく吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。彼女が着用している革鎧レザーアーマーは動きやすく扱いやすいが、防御能力としてはそれほど高くない。

「カレン!」

 俺は慌ててカレンに駆け寄るが、彼女は少し口の端から血を滲ませているが、大きな怪我はないと言わんばかりの表情で何とかたちあがる。


「ふむ……なかなか頑丈だな。革鎧レザーアーマーだが手入れもきちんとしているし、要所要所に硬化処理をしてあるようだな」

 クラウディオは感心したように、カレンを見ているがその隙を狙ってベッテガが音もなく忍び寄ると、隙だらけに見えるクラウディオの鎧の隙間を狙って、逆手に持った小剣ショートソードで切り付ける……。

「ぐぁ……」

 クラウディオはニヤリと笑って、槌矛メイスの柄頭を横腹に叩き込まれて悶絶するベッテガを見る。ベッテガの小剣ショートソードは鎧の下に着込まれている鎖帷子チェインメイルに阻まれて肉体までは届いていない。


「良い狙いだ……相当に修練していると見える」

 クラウディオはそのまま凧盾カイトシールドを使って、ベッテガを払い除ける……体の軽さも相まって俺たちのそばにベッテガが飛ばされて転がってくるが、彼はすぐに立ち上がった。だがかなりの衝撃だったようで、肩で息をしており頭からは軽く血が流れている。


「これならどうだ! ……戰乙女の槍ヴァルキリースピア!」

 俺は無詠唱で準備をしていた光輝く槍を放つ……超高速で飛翔する魔法の槍……重装備の戦士であれば避けることができない貫通力に優れた魔法だ。まずは一方的にタコ殴りにして体力を削り取る。


盾の壁シールドウォール

 風を切り裂く音を立てて迫る戰乙女の槍ヴァルキリースピアを見て、突然クラウディオが凧盾カイトシールドを地面に突き刺す。それと同時にクラウディオの持つ凧盾カイトシールドから暗褐色に輝く防御領域フィールドが展開されて、領域にぶち当たった戰乙女の槍ヴァルキリースピアが甲高い音を立てて霧散する。


「え? 絶対魔法アンチマジック防壁プロテクションか?」

 俺は連続で戰乙女の槍ヴァルキリースピアを放つが、暗褐色に輝く防御領域フィールドはその程度の魔法を難なく消滅させていく。

 攻撃が止んだと判断したクラウディオが再び凧盾カイトシールドを持ち上げると防御領域フィールドは消失する。

「フハハ! 無詠唱でこのレベルの魔法を連続で放つ……ここ一〇年そんな魔法使いは聞いたことがないわ! さすが使徒……そして次世代の魔王ハイロード候補だけある」


 クラウディオはズシリと重い音を立てて一歩前へと出る。その威圧感にベッテガとカレンは後退りするが、彼らの目は死んでいない……どうしたら相手を倒せるのか必死に探っているように見える。

 俺も相手の防御領域フィールドをどうやって打ち破るのか必死に頭を回している……。


「もっと強力な攻撃を打ち込む……か? ただトゥールインに気が付かれる可能性があるな……」

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