189 大火(グレート・ファイア)

「お、おい火の回りが早いぞ! 水をもってこい!」


 トゥールイン衛兵隊の面々は、急に発生した街の消化活動に追われていた。普段このような同時多発的な火事は起きることが珍しい……失火の原因は様々だ。魔法の暴発や、錬金術師のミス、炎の精霊を放置した、など様々な原因が考えられるが……今回は五か所でいきなり爆発が発生した。街の人間もこの火事に対応するべく、トゥールインの街全体が大騒ぎになっている。

 悲鳴と怒号が響く中、城を守備する衛兵も消火のために駆り出されていく……そんな様子を近くの屋根の上で見て、ほくそ笑む二人の影があった。


「時間通りだね……」

「ああ、完璧だな。しかも放火した場所は一般人とは関係ない、廃屋や混沌の戦士ケイオスウォリアーと連動している商人の家だけだ」

 お互い顔を見合わせて頷くと、ベッテガとカレンは普段の革鎧レザーアーマーに身を包み、城の方向へと屋根を伝って走っていく。

 時間が勝負だ、この混乱で衛兵はほぼ城から出払う……これも事前に打ち合わせした通り、隊長格の衛兵が協力を申し出ており、その誘導に従って次々と衛兵が城から出ていくのが見えた。

「何をしたかわからんが嫌われすぎだな、混沌の戦士ケイオスウォリアーは……」

 屋根から屋根へ影が飛んでいくが、火事の影響で普段であったら警戒をしているはずの衛兵が全く二人を見ていない。楽勝だな……とベッテガはほくそ笑んで、城へと近づいていく。


 城の外壁へとたどり着くと、ベッテガは事前に用意していた鍵爪のついたロープを投げて、うまく引っ掛けると強度を確かめるように二度ほど強く引っ張ったのち、壁をよじ登っていく……体の軽いベッテガは軽々とクリフの閉じ込められている屋敷の屋根へとたどり着くと、背中に抱えていたロープを近くの木へと結びつけ、カレンへと垂らし、手招きをする。カレンは何度かそのロープの状態を確かめるように引っ張ると、ロープを使って屋敷の屋根へとなんとかたどり着く。

「衛兵からはできるだけ殺すなって言われてる。気絶させるんだぞ」

 ベッテガの言葉に頷くと、ベッテガとカレンは武器を構えて慎重に忍足で、屋根に開いている大きな屋根裏部屋の窓を抉って開けて、中へと侵入していく。




「おい、火事だってよ! 俺たちも行かなきゃいけないんじゃねえか?」

 扉の外が騒がしいのを聞いて、俺はついに始まったのだと状況を理解した。カレンはあの後三回ほど食事を運びにきており、その度に隠し持っていたメモなどで状況の整理と、揉め事の詳細を説明していった。


 衛兵にみられても怪しまれないようにするために、わざわざ寝台の上に俺が押し倒すような格好で会話をしており、覗き見していた衛兵たちからは『あのメイドも、客人も大概だな……』というつぶやきが聞こえたくらいだった。

 正直いうと……あまりに良い匂いと、やたら近い距離感で俺はカレンにまいっていた……びっくりするくらいの柔らかさと、なめらかさの肌に触れてしまって……そのまま最後まで進んでしまおうかと思ったくらいだ。

 まあ、そうなる寸前でカレンはサッと身をひいて出ていってしまうお預け状態が続いていたのだが。


 それはさておき……火事が起きたら、すぐにベッテガとカレンはこの部屋へやってくる。俺の装備をしまってある部屋は見つけてあるので、そこへと案内し、装備を回収したら屋根を伝って準備してある場所まで移動し、そこから地下水道を抜けて街の外へと脱出する。

 という手筈だ……ということで俺は黙って待っていることにする。

「しかし……結構大きな火事になっていないか?」

 窓から外を見ると、街の中は大きな火事が数カ所で起きている。ここまでの騒ぎになることを俺は予想していなかったし、二人はどうなのだろう? と少し疑問にも感じるのだ。


 扉が乱暴に開かれると、ベッテガとカレンが武器を構えたまま飛び込んできた。

「おい、人の妹に興奮してたクリフ。迎えにきたぜ」

 俺はその言葉に一瞬フリーズする……、か、カレンさん? 何をあなたのお兄ちゃんにお伝えしているんですか?! 呆然としている俺の顔を見て、カレンがものすごく悪い顔で微笑む。

「だってー、えっちなクリフがいつも打ち合わせの最中に私の体を触ったりするんだもんー、私汚されちゃうかと思ったー」


 ベッテガはとても呆れた顔で……俺を見るが、濡れ衣です! いやちょっと興奮しちゃったのは事実なんだけど、でも何もしてないし! とても言い訳をしないとやっていられない気分になって俺は真っ赤になった顔で、言い訳を喋ろうとする。

「お前な……まあ、そんなことよりもお前の装備のある場所がわかってるいくぜ」

 ベッテガはすぐに気を取り直したように俺を手招きして部屋の外へと駆け出していく……そうだった、俺とカレンは彼の後をついて走り出す。




「裏組織が協力したのか……フフ、面白い。それだけの価値があるということだな」

 クラウディオは巨大な鉄塊にしか見えない無骨だが、複雑な意匠が施された槌矛メイスを振り回して、襲いかかってくる黒装束の戦士を次々と薙ぎ倒している。

 クラウディオが振るう槌矛メイスの一撃が相手に触れると、まるで爆散したかのような音を立てて四肢がちぎれ飛び、悲鳴と血飛沫が上がる。あまりの凄惨な光景に戦士たちは身が凍るような思いで敵を見つめる。

「なんだあの武器は……」


 戦士たちは流石に恐れ慄き……距離をとり始める。クラウディオはぐにゃりと歪んだ笑顔を見せて……笑い始める。

地獄門ヘルゲートを守りし百腕巨人ヘカトンケイルの武器が一つ、神話ミソロジー級武具『骨砕きボーンクラッシャー』だ。お前らに使うのは少々勿体無いが……使徒の頭を砕く前にお前らで実践してやる」

 クラウディオは板金鎧プレートメイルをきているとは思えない速度で距離を詰めると、目の前に呆然と立っていた戦士へ横なぎに骨砕きボーンクラッシャーを叩きつける。


 人の体が文字通りくの字に捻じ曲げられると、勢いよく体が弾け飛び、あまりの威力に肉が裂け、内臓と骨が噴き出すように壁へとへばりつく。

「か、怪物だ……聞いてねえぞ……」

 逃げ腰になった戦士たちを前に、クラウディオはおや? という表情を浮かべた後、再び不気味すぎる笑いを浮かべた。恐怖で動けなくなった裏組織の戦士たちを、立木でも殴りつけるかのように爆砕していくと、クラウディオは笑いながら口を開いた。


「聞いていないのか? 随分前から化け物が目の前にいるのだぞ、そしてお前たちの支配者と共に行動している……クハッ!」

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