187 メイド・イン・トゥールイン
「よし……かなり体は動くようになったな……」
俺は上半身裸のまま、日課となっていたストレッチで体の違和感を確かめている。凄まじい大怪我をしたわけではないけど、拷問で受けた傷は完全に塞がり、火傷の跡や大きな傷などは残ってしまったものの体を動かすときの違和感は全くなくなっていた。まあ、毎日甲斐甲斐しくネヴァンとアルピナが治療に当たってくれたから、と言うのもあるのだけど。
結局ネヴァンの添い寝と、アルピナの介護は毎日続いた。
ネヴァンは朝起きると不気味すぎるくらいの笑顔を見せるし、アルピナはあの笑顔で変わらず食事を食べる俺を楽しそうに見つめていて……何がそんなに楽しいのか、本当にこちらからは理解できない状況なのだ。
逃げ出したいけど、俺の荷物はどこにあるかわからないし……そろそろ返してほしいなあと思うのだけども、たまに目が合う衛兵は俺のことを化け物のような目で見ているし、なんかコソコソ喋ってるしでとてもではないけど、居心地がそこまでいい状況ではないのだ。
「辛い……俺まだ人間なんだけどな……」
「失礼します、お食事を持ってまいりました」
扉を叩く音が聞こえ、女性の声で食事が来たことが告げられる……そういえば今日の昼からは食事を届ける、とかアルピナが話していたっけ。全く、親切なのか部屋から出す気がないのか……。
「あ、はい。どうぞ」
ため息をつきつつ俺は上着を着ながら、声の主に入室を促す。
扉がゆっくり開いて、少し背の高い使用人……まあとどのつまりはメイドなのだが、そう言った服装の女性がお盆に乗せられた食事を抱えて部屋へと入ってくるのが視界の隅に見えた。
「お食事は机に置きますね」
女性は俺に一礼すると扉を閉めてから、机の上にお盆を載せる。今日の食事はまだ療養用の少し軽めのものが多いようだ……ただ、きちんと温かいものが提供されているし、味は悪くないので出されたものはきちんと食べるようにしている。
「……ありがとうございます。食べ終わったらお知らせしますね……」
俺はその女性の顔をよく見ずに、頭を下げて椅子に座ろうとする……その時いきなりその女性が、俺に顔を寄せてきた。
「……おい、クリフ……人の顔くらいちゃんと見ろ」
え? と思ってそのメイドの女性を見ると……そのメイドだと思っていた女性は茶色い髪を高く結い上げて全く違った印象となった……傭兵カレンだった。
「え? あれ? カレン? メイドに転職したの?」
その言葉にカレンは呆れ顔で俺の頭を軽く小突くと、扉の外にいるであろう衛兵の動向を気にするように何度か確認をしながら小声で俺に耳打ちする。
「馬鹿かお前は……助けに来たんだ」
俺はその言葉を何度か、意味を含めて考える……助けに? 助けに来た……俺を?! 思わずカレンの顔を二度ほど見直すと、カレンは本当に呆れたような顔で俺を見ていた。
「女を充てがわれて骨抜きにでもされちまったのか? あの金髪のお姫様に頼まれたんだ、お前を助けてくれって……必要なかったか?」
俺はそんなことはない、と首を何度か振って……彼女の格好をもう一度見直す。
「ま、まさか君がくるなんて……それとすごい格好だな……」
「そんな目で見るんじゃねえよ、恥ずかしいんだよ、この格好……」
その言葉に少し頬を染めて、目を逸らすカレン。不覚にも俺は恥ずかしがっているカレンを見て、とても魅力的だなと思ってしまった。
「あ、いや……でもカレンはとても魅力的だし、可愛いと思うよ……」
俺の言葉を聞いて、驚いたようにまじまじと俺の顔を見つめるカレン……ど、どうしたんだ? 頬を染めたまま俺の顔をじっと見ているカレンは、何度か何かを言いたげに口を動かしていたが、急に目を逸らす。
「ふぅん……そう言うふうには見てくれるんだ……」
ん? なんか急にしおらしい態度になったな、この女傭兵は……でも、最初に見た印象もそうだったけど、カレンは傭兵と言っても、少し雰囲気が粗野すぎないというか、とても整った顔立ちをしていることもあって、嫌な感じではなかったんだよな。カレンは少しの間モジモジしていたが、すぐに何かに気がついたようにハッとすると急に真面目な顔になった。
「あ、そうだ……こんなことしてる場合じゃなかった。私とベッテガ兄がトゥールインに来ている、数日以内に街の中で揉め事を起こすから、その混乱に乗じて一緒に逃げるぞ」
カレンはそのまま簡単に説明を始める。
本来は別のメイドが雇われるはずだったが、そのメイドが
ベッテガは街の裏組織と掛け合って、破壊工作などに従事していると言うこと。数日はメイドの仕事があるので、その間に準備は済ませておくこと、など。
なんと……俺がここでぬくぬくと人質生活を送っている間に彼らはそう言った準備も進め始めてくれていたようだ。
「俺の荷物がどこかにあるんだけどこの部屋から出られないんだ……それも見つけてほしい」
カレンは俺の要望に頷く……そのとき扉がドンドン! と叩かれてイラついたような衛兵の怒鳴り声が聞こえる。
「おい、いつまで掛かってるんだ」
その声に反応したカレンが、突然俺の上着の前ボタンを外して手で乱れさせると、さらに自らのメイド服を軽くはだける……思っていたよりもはるかに大きな胸部の一部が見えて、俺は思わず絶句してしまう。
服の一部をずらしたりして傍目から見たら俺と何かをしていたように見えるだろう。咳払いを軽くしてからカレンは口を開いた。
「……ああっ、ちょっとおまちを……外に聞こえてしまいますわっ」
おい! ちょっと待て! そっちで行くのかよ! と言う顔で絶句している俺に、カレンは笑って軽くウインクをするとお盆を持って、服を直しながらバタバタ音を立てて扉を急いで開ける。
「すいません……いきなりだったもので」
衛兵は服を直しながら顔を赤らめて恥じらうように部屋を出ていくカレンを見て、驚いていたが、部屋の中で呆然としながら上着を軽くはだけて座っている俺を見て、事態を把握したらしく、ゴミを見るような目で俺を睨みつけて吐き捨てるような言葉をぶつけてくる。
「
え? もしかして俺メイドを襲ってたクズ扱い? 衛兵の疑わしい目の先で、カレンが悪戯っぽく笑って舌を出すと、そのまま廊下を小走りに走っていく。
「盛るのも大概にしろよ……あとで他のメイドが皿を片付けにくるが、襲うんじゃねえぞ」
衛兵の犯罪者を見るような目を受けて俺が青い顔で、黙って机に置かれた昼食に手をつけ始める。き、傷ついた……濡れ衣じゃねーか……。
「冤罪なんですよぅ……」
ボソボソと呟きながら食事に口をつける俺をもう一度、ゴミを見るような目で睨みつけた衛兵は、大きな音を立てて扉を乱暴に閉めた。
「全く……この調子で全部のメイドに手を出されるんじゃねえだろうな……探すのも大変なんだぞ、ったく……」
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