186 見慣れない傭兵達

「止まれ……お前たちはどこから来たのだ」


 トゥールインを守護する衛兵が、二人の旅人を呼び止める。

 その二人は奇妙な組み合わせだった……男性と女性ほ二人組で、男性は少し悪人顔の男性で、背がそれほど高くない。使い古された革鎧レザーアーマーに身を包み、腰には二本の小剣ショートソードを挿しており、一見旅人というよりは傭兵のようにも見える。頭は少し薄くなっているが、茶色の髪を丁寧に整えており、細い目をしている。


 もう一人は、女性だった。やはり使い古された革鎧レザーアーマーに身を包んでいるが、やはり茶色い髪が特徴的で、とても意志の強そうな顔つきだが……傭兵とは思えないくらい整った顔立ちをしている。

 そして……背中には大きな鎧通しエストック長弓ロングボウと矢筒を背負い、歴戦の傭兵であることが外見からもわかる。

 さらに背はかなり高く、スタイルも良いことから衛兵たちは、彼女の体のラインを舐めるように見て……心の中で息を呑む。娼館でもこれほどのスタイルの良い女性はなかなかいない……。


「ああ、私共は流れの傭兵家業をしているものなのですが、ちょうどシェルリング王国へと向かおうと思ってまして……こちらに数日逗留する予定なのですよ」

 悪人顔の背の低い男性が細い目をさらに細くして笑いながら、見た目よりも遥かに柔らかい口調で喋る……見た目とのギャップで多少拍子抜けをした衛兵は、多少違和感を感じつつも……油断なく彼らを見つめる。

「今この街は警戒態勢が引かれている、あと一ヶ月もしたら街から出れなくなってしまうが……それが嫌なら別の街へと移動した方が良いぞ」


 男性は驚いたような顔をして、隣にいる女性を見上げて肩をすくめ……男性の視線に気がついた女性は、苦笑いを浮かべる。足止めをした衛兵はその一連の動作が多少芝居くさいようにも見えたのだが、気のせいだろうと思うことにして、その二人を通すことにした。

「まあ、いい。早めに街を出るんだな」


「それはどうも……すぐに退去いたしますよ、ね」

 不思議な男女二人は頭を下げて、街の中へと入っていく。

 その後ろ姿を見ながら、衛兵たちはため息をつく……トゥールインへと入ろうとしているものは彼らの他にも沢山いるのだ……まだまだ終わりそうにない列にため息をつきながらも、次の訪問者を調べることにする。




「随分物々しいな……」

 カレンは門から十分な距離を取ってから口を開く。その言葉に油断なく周りを見ながらベッテガはカレンの顔を見上げる。さっき衛兵がカレンの体のラインを舐めるように見ている時に、短気な彼女が黙っていたのは幸運だった。

「まあ、もうそろそろ戦場になる街だからな……それでも人が入ろうとしているのは、この街が帝国の交通網の要所だってことだろうな」


「それにしてもあの衛兵ども……私の体をジロジロ見つめやがって……気持ち悪いっての」

 カレンは地面にペッ、と唾を吐いて悪態をつく。ベッテガは内心、本当に運が良かったと思った……あそこでカレンが我慢しきれずに暴れ出したら殺されている可能性すらあったのだ。

「クリフも初めて会った時にお前の体のラインを見ていたろ、あれはよかったのか?」


「そうだねえ……あいつはまあそこまで嫌じゃないかな」

 カレンは顎に手を当てて考えると、少し間を置いてからにっこり笑ってベッテガがここ最近見たことのない笑顔を見せる。そんな妹分の表情を見て、普段では見せない変化に多少驚き……疑問を口にする。

「お前……まさか惚れたのか?」


「あんな綺麗な貴族様に惚れられてるくらいだから、いい男なんだろうけどさ……ちょっと掴みどころがないよね、いやでも惚れるとかないと思うけど……うん、多分大丈夫……」

 カレンは少し悩むような顔で考え込む……ベッテガはため息をついて、口数の増えているカレンの顔を呆然と見ている。いやまあカレンは傭兵稼業が長いとはいえ、年頃の女性ではあるのでそういうことがあっても仕方ないだろうとは思うのだが……よりにもよってあの魔法使いか、という気にもなる。

「でも、まあ……スケベそうな顔で言いよってくる奴よりは安心できると思うんだよね、そう思わない?」


 まあ……変な虫がつくよりは、とは思うのでベッテガからしたら、あのクリフを追いかけてもらった方が安心はできると思っているのではあるが……。

 ベッテガは薄くなった頭を掻いて……あれこれ独り言を呟いているカレンを心配そうに見つめる。

「まあ、助けてからその辺りは話すればいいよな? ベッテガ兄……まずはカスバートソン伯爵家からの報酬をたんまりもらう方が先だよね」

 カレンは歩きながらニカっと笑って、心配そうな顔をしているベッテガを見つめる。

 もう何年になるだろうか? カレンとベッテガが傭兵稼業に身を落としてでも生き延びなければいけなかった理由も含めて、カレンは幸せな人生を送ってほしいとは思うのだ。

「本来であれば……お前もあの貴族様のような生活ができただろうに、すまねえな……」


 急に真剣な顔で呟く。その顔を見てカレンが寂しそうな顔で……首を振る。

「仕方ないよ、あそこでベッテガ兄が救ってくれなければ、私は良くて娼館送りか、他の貴族の慰み者だったろうさ……これでも感謝してるんだよ、血のつながりのない私をここまで育ててくれたことは」

 歩きながら、ベッテガは過去のことを想う。

 ベッテガとカレンは血のつながりは無く……元々は西方のとある貴族家のお嬢様とその召使だった。御家騒動に巻き込まれた二人は国を追われ、傭兵稼業に身を窶した。


「そうか……まあ、まずはあの魔法使いを助けて、報酬をたんまりもらうか……」

 ベッテガはカレンの笑顔を見て……普段では見せないような笑顔を浮かべる。ベッテガの人生はカレンを守って、いつか彼女の家名を復活させること。そしてカレンを貴族に復権させること、死んでしまった彼の元主人ならそれを望むだろうからだ。

 カレンはベッテガの笑顔を見て、再びにっこりと……明るい笑顔で笑う。


「そうだよ、ベッテガ兄! 目指せ一攫千金……でしょ?」

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