185 ヴィタリ・ラプラス

「よくきた……私がヴィタリ・ラプラス……このトゥールインの領主である」


 俺の前には……一〇歳程度の小さな金髪の子供が身の丈に合わない大きな椅子に所在なさげに座って……とても鮮やかな青い目を輝かせて、俺のことを期待に満ちた目で見ている……俺は、どうしたらいいかわからなかったが、ネヴァンが恭しく彼に向かって頭を下げたのを見て、側から見ておかしなくらいぎこちなく頭を下げる。

「クリフ・ネヴィル! ネヴァンやアルピナより聞いておったぞ。大荒野で一番の魔法使いと聞いている! よく我が元へ!」


 ヴィタリは感動したように椅子から立ち上がって……俺の前へと歩み寄る。

 これももし彼らが仕組んでいるのだと考えれば……納得するがあまりにヴィタリの純粋な目を受けて、俺は少し自分がおかしいのか? と言う気分になってくる。

「か……閣下……私はあなたの味方をするとは……」


「大荒野最強の魔法使いクリフ・ネヴィルは、ヴィタリ・ラプラス閣下の恩顧に報いると思われますわ」

 その場に……歪んだ笑顔を浮かべるアルピナが姿を現す……ヴィタリはアルピナの姿を見ると笑顔で、彼女に抱きつく。そんな二人を見て、呆然とした俺を見てネヴァンが笑みを浮かべて、俺に話しかける。

「驚いたか? お前らが戦っている相手……敵の首領があどけない子供だとは思わなかったのだろう?」

 確かにそれは考えていなかった……俺の視線に気がつくと、ヴィタリは何も疑わないかのような純粋な瞳と、笑顔で笑う。


「クリフ・ネヴィル……私は其方のような有能な冒険者の力を借りたい……アルピナはジブラカン王国の残党や周辺地域の貴族とも誼みを結ぶなど、私のために努力をしている。私は彼女たちの努力に報いたいのだ……其方の力を貸してもらえないだろうか?」

 あどけないヴィタリの真っ直ぐな目を見せられて、俺は少し怯む……こんな、こんな子供を使って俺に何をさせるつもりなんだ。

 それとジブラカン王国の残党とも誼みを結んだ、と言う言葉に俺の脳裏にヒルダの顔が浮かぶ……彼女は俺にアルピナのことは全く口にしていなかった。ラプラス家との約定とは話していたが、その後深く彼女に聞くことを、俺たちは避けていた……もしかしてヒルダも俺に隠していたのだろうか? 

 疑念が俺の中に膨らみ……そしてはじけていく、いや彼女が嘘をつくなんて、あり得ないと思う。

「……新しい仲間から全てを打ち明けられていない、か。信頼されていないようだな」

 俺の心を読むように、ネヴァンがほくそ笑む……いや、そんなことは無いと思う……たまたま俺たちがその答えに到達していないから、あえて彼女はそれを口にしなかったのだと思っている。

「そうかな……お前はそれほど指導力のあるリーダーだったのか?」


 俺は驚いた表情で彼女の顔を見るが……ネヴァンはその目を見て再び咲う。

 これは……罠だ……ネヴァンは心を操る術を使う。だからこのような言葉で俺を操ろうとしているに違いない。そんな俺の心を読むように、ネヴァンは馬鹿にしたかのように噴き出すと大きく口を開けて笑う。

「お前のことを愛しているといった二人……あの金髪の姫と、半森人族ハーフエルフの少女……本当にお前は理解されているのか?」


 その言葉に……俺は絶句する。

「……そんなことはない……俺は理解されている……」

 独り言のように俺はネヴァンの問いに抵抗する。心がざわつく……愛しているんだ……俺はあの二人を、心の底から愛しているんだ、だから彼女たちも俺のことを信じてくれているんだ。

「そうかな? 今お前がここにいるのに、なぜ彼女たちは率先して助けに来ていない……お前が捕まってから……もう何日も経過している。助けに来るのであれば遅すぎる、と思わないか?」

 やめてくれ、俺が捕まっているのに、彼女たちがここにいないのは仕方がないんだ……助けにこれるわけがないじゃないか……俺の心が大きくささくれ立つ……そして先日脳裏に浮かんだ、二人の軽蔑するような目を再び思い出して、俺は背筋が寒くなる。


「もうやめてやれ……使徒も困っているだろう……」

 男性の声が広間に響くと……ざわついた俺の心も落ち着く……ネヴァンは舌打ちをして、声の方向を見るとそこには頭を剃り上げ顔中に不気味な刺青を入れた男性が立っている。

「クラウディオ……」

 ネヴァンと、アルピナが彼の顔を見て呟く、そして彼を見たヴィタリが、急いで椅子を降りて笑顔で彼の元へと駆け寄る。

「クラウディオ、今日はまだ稽古をつけてもらっていないぞ」

 クラウディオと呼ばれた男性……どう見ても人間ではないが、ネヴァンやアルピナから比べれば比較的なマシな笑顔を浮かべたクラウディオは、ヴィタリを抱きしめると笑顔を浮かべる。

「閣下、その時間はまだでございます……今は目の前の有力なものを登用する時間かと」


「そうだったな、クリフ・ネヴィル。トゥールインに逗留して体を休めると良い、答えはそのうち出してくれれば問題ないぞ」

 ヴィタリはあどけない笑顔を俺に向ける……その目が邪気のない、とても真っ直ぐな瞳なことに気が付き、俺はどうしたらいいかわからず……呆然としたまま頭を下げる。

「感謝します……とはいえそれまで私は帝国に招かれただけなので……考える時間をください……」




 クリフ・ネヴィルが退席した後、クラウディオはヴィタリと共に修練場へと移動し、残されたネヴァンとアルピナは別室へと移動して、テーブルを挟んで椅子に座る。

「で、あの子……使徒に何か仕掛けたの?」

 アルピナはネヴァンの前に置かれたグラスへと、ワインを注ぎながら尋ねる。注がれていくワインの輝きを眺めながら、ネヴァンはぐにゃりと歪んだ笑顔を浮かべて、金の瞳を回転させる。

「何も……私の能力は使わずとも、単なる言葉で人は誘導できる……心の中にある疑念や恐怖心を思い出させれば、人は容易に崩れる……これは人が考える動物であるからこそ、仕方のないことなの」

 アルピナとネヴァンはお互い顔を見合わせて……くすくす笑う。


 アルピナはグラスを傾けて、ワインを一口飲むと、先ほどまでのクリフの表情を思い出す。

 叱られるのを恐れる子供のように動揺した瞳……ああ、可愛い……目玉だけでもくり抜いて愛してしまいたいくらい、あの怯えた目は愛おしいのだ。

 この紫の舌で目を失った眼窩を心ゆくまで舐め回してしまいたい、そんな欲望に身を振わせる。

「まさかあそこまで心に隙があるとはな……揺らせば堕ちるのではない? 完全に墜とせれば私のものになるかもしれないのよ。体の各部を引きちぎって別々に愛してしまいたいわ」

 アルピナが惚けたように頬に手を当てる……そんなアルピナの顔を見ながら苦笑するネヴァンはグラスの中身を飲み干す。


「もう半分堕ちているようなものだけどね……仲間に引き入れればこれほど力強い味方はいない、けど……」

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