184 仲違い(ディスコード)

「それでは……契約が終わったので、私たちはおいとましますね……」


 ベッテガとカレンは剣聖ソードマスターであるセプティム・フィネル子爵に頭を下げて……ここから離れる旨を報告している。

「そうか……君たちの旅に良き出会いと、幸運があらんことを」

 カレンはセプティムの顔を少し観察して……彼が先日よりも少し窶れていることに気がついた。アイヴィーやロスティラフの話によると、セプティムはあのクリフを子供の頃から知っていると言うことだったので、本心では自分が真っ先に彼を助けに行きたいのだろう、と予想している。


「ありがとうございます、無事生きて帰れたことを……神に感謝しないといけないですね」

 ベッテガはいつもの営業用スマイルで……ニコニコと笑い揉み手をしている。ベッテガはカレンにはできないような交渉などを担当していて……大体彼に任せておけば今まではよかったのだ。

 でも、今回だけは違う……カレンのわがままを通した。ほんの少しだけ一緒にいただけの……クリフ・ネヴィルを奪還するとアイヴィー・カスバートソンに約束した。


「次はどちらへいくのだ?」

 セプティムはため息をつきながら……二人に問いかける。契約上の通例として、戦争期間中に一方の契約が終了した傭兵が敵方との契約をすることは、この世界では『』だ。

 つまりレヴァリア戦士団のように契約が終わったからといって、敵方と契約してしまうような個人の傭兵は通常干されるか、戦争中に行方不明になる可能性が高い。


「そうですなトゥールインの様子でも見にいって……そこから北方のシェルリング王国の方へと移動する予定です」

 ベッテガはこともなげにそう口にする……セプティムは少し訝しげるような顔をしてベッテガを見るが、ベッテガ本人はニコニコと笑っているだけだ。

「まさかとは思うが……」


「ああ、仁義に反することは致しませんよ。シェルリング王国へ向かうのに、トゥールインを通過するのが早いので……ついでにね、様子だけ見ようと思っています」

 ベッテガは笑いながら……頭を下げる。それに合わせてカレンも頭を下げて天幕を出ていく。その後ろ姿を見て……セプティムは少し疲れ切った頭で、しばし悩む。

 古い友人? 事前の申告であの二人には友人と呼ばれるような傭兵などは存在していないと言う話だったが……気のせいだったろうか。

「聞き違いだったかな……まあ、無理をいうこともなかろう……」

 勘違いだったかもしれないと考え、セプティムは手元にあった資料や、書類を確認する……彼も重職に就き、守るべきものが増えた結果、冒険者時代では携わらなかった事務仕事などを多くこなすようになっていた。煩わしい……とは思うがやらざるを得ない……帝国貴族の中にはこういった地味な仕事を嫌がる風潮も強いのだが、セプティムはあえて断ることをしていない。


「セプティム、入るぞ」

 天幕に古い友人が訪ねてくる、カルティス・アイアランド……帝国地方軍所属の歩兵部隊隊長であり、セプティムの冒険者仲間だった男だ。現在は作戦行動や必要な時以外は顔を合わせることはないのだが……今回は彼の部隊も遅れてはいるものの合流したのだろう。

「カルティス……久しぶりだな……」


 カルティスはセプティムに近づいて肩を叩いてニヤッと笑う。トゥールインの独立が確定的になった時に、彼と彼の部隊はセプティムを護衛していた。その後何度か別任務についていたが、ようやくこの戦場へと辿り着いたのだ。

 それともう一つ……かルティスにとっても忘れられない弟のような存在が帝国に来ている、と言う情報もあって彼は普段よりも上機嫌だった。

「なあセプティム、クリフが帝国に来ているって話を聞いたんだ。お前はもう会ったんだろ? この陣にはいるのか?」


 その言葉に、バツが悪そうに書類へと目を落とすセプティム……そんな盟友の様子を見ながら、少し不安そうな顔を浮かべるカルティス。

「いないのか?」


「実は……トゥールインにレヴァリア戦士団が味方していて……クリフは捕えられたか、殺された可能性が……高い」

 その言葉が終わる前に、カルティスはセプティムの服を掴んで無理やり立ち上がらせると……怒りに満ちた表情でセプティムを睨みつける。

「クリフは俺たちにとって息子のような存在だ、お前は……何もしないのか?」


 セプティムはそんな盟友の顔を見て、普段の彼であれば絶対に浮かべないであろう悲しそうな表情で、視線を外して向いて口を開く。

「一傭兵に、救出部隊など差し向けられない……これは軍規の問題だ、クリフは傭兵として戦場へで……」

 言葉を聞き終わる前に、怒りの表情を浮かべたカルティスが有無を言わさずにセプティムを殴りつける。地面へと倒れたセプティムが殴られた頬を抑えて、盟友の顔を呆然とした表情で見上げる。

「な、何を……」


「お前は……クリフを見捨てるのか?」

 カルティスは地面に倒れたままのセプティムに覆いかぶさって……殴りつける。普段のセプティムであればこのような攻撃を避けることは簡単だろう。だが、セプティムは友人に殴られたと言うショックと、なぜ彼が怒っているのかが理解できずに、呆然と殴られるままになっている。


師匠せんせい……こちらのしりょ……え?」

 アイヴィーが書類を持って天幕に入ってきて絶句する……怒り狂って師匠を殴りつけるカルティスと、なすがままのセプティムを見て、思考が完全に停止する。喧嘩? 何を、何をしているの?

「クリフを見捨てて、お前は満足か!? 息子以上の存在だっただろう……そんな簡単に切り捨てられるようなやつか! あいつは!」

「か、カルティスさま! おやめ下さい!」

 アイヴィーは慌てて、師匠を殴りつけるカルティスを止める……必死に止めるアイヴィーを見て、カルティスがようやくセプティムを殴りつける手を止める。荒い息を吐いて……カルティスは近くにあったテーブルを殴りつける。


「見損なったぞ、クリフを助けない? お前がそんなやつだとは思わなかった!」

 カルティスは怒りのままに天幕を出ていく……心配そうに、師匠の傷を見て、医療班を呼ぶために天幕を出ようとしたアイヴィーの耳に、涙声のセプティムの呟きが聞こえ、アイヴィーはそこで自分の師匠が一番傷ついていることを知って、ハッとした表情を浮かべる。


「クリフを助けたくないわけがないじゃないか……私が一番出たいんだ……私が一番……クリフを助けたいんだ……」

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