183 人ではない何か
「やはり若いな……順調に回復していると見える」
数日の休息でかなり体が回復してきた俺は、寝台から降りて軽く体を動かせるような状態になっていた。武器や防具などは返してもらっていないのだが、今は支給された質の良い服を上半身だけ脱いで、部屋の中で軽くストレッチをしているところだ。その様子を見ながら、ネヴァンが感心したように寝台に寝転んで体を動かす俺のことを見ている。
なんだか落ち着かないシチュエーションではあるが……黙って俺は子供の頃から父に叩き込まれた、格闘戦の動きをなぞる様に体を動かしていく。
「うっ……」
体の各部に拷問の際にできた火傷の跡や、傷跡が大きく残っておりこの傷跡はポーションでも消せなかった……皮膚も少し引きつれているのか、腕を伸ばしたり大きく体を動かそうとするとまだ痛みが出る……。
「そのうち皮膚は伸びるだろう……それまでは痛みが出るだろうが、我慢するんだな」
ネヴァンはくすくす笑って、黄金の目を回転させている。
数日間彼女たちは本当に俺に何も手を出そうとせず、むしろネヴァンやアルピナは甲斐甲斐しく俺の看病と世話をしてくれていた。
『クリフ・ネヴィル……今日の料理はどうだった? お前でも美味しく食べれたのだろうか?』
それはもうアルピナはわざわざ三食自分の手で食べさせにくる……話を聞いていると俺のために料理を作っているとかで、毎回不気味に歪んだ笑顔で味の感想などを聞いてくるようになっており、それを眺めているネヴァンが呆れたような顔で見てくるようになった。
こうなってくるとあのぐにゃりと歪んだ笑顔にも慣れてくるようになっており……せっかく甲斐甲斐しく世話をしてくれるということで彼女にも笑顔をむけてしまう自分がいる。
さらにネヴァンはなぜか俺が寝台で寝ていると……添い寝をするようになっていた。というか寝る時には一人で寝ているはずなのだが、朝になると……ネヴァンが毛布に潜り込んでいて俺の顔を眺めていると言う状況になっている。
何かされたのかと思っていたが、本当に添い寝をしているだけらしく……何もされた形跡はなかった。最初は本当に驚いたが……何もされないので俺はあえて抗議はしていない。
しかし、そこまでされて俺は別の疑問が心を支配するようになった。
『なぜ彼女たちは俺を助けようとしているのだろう……?』
数日間ずっとそのことが気がかりだった……それまで俺と
「な、なあ? なんで俺を助けようとしているんだ?」
俺の質問に、ネヴァンはあどけなさのある顔で不思議そうに俺の顔を見つめる……金色の瞳がぐるりと回り、やはりこの目の前の少女が人間ではない、という言い知れぬ不安感と、恐怖感が心に芽生えるが……以前戦った時ほどの不快感は感じない。
「そのうち話してやる……とりあえず上を着てついてくるがよい」
ネヴァンは寝台から降りると、俺に着いてこいという仕草をして……扉を開ける。俺は慌てて服を着直すと……振り返りもせずに歩き出すネヴァンの後へと着いて歩いていく。
初めて戦った時はネヴァンは二メートル近かったと思うのだが、今は一メートル三〇センチくらいしか背丈がない……そのため歩幅も小さいらしく、すぐに追いついてしまい俺は少しギクシャクとした歩様で彼女の後をついていく。
トゥールインの兵士が廊下を歩いていくネヴァンを見て……目に畏怖の表情を浮かべて、だが慌てて敬礼する。
そして……彼女と一緒に行動している俺を見て……コソコソと何かを噂するように囁いている……どうやらこの
好奇と恐怖の入り混じった目を向けられて、内心とても傷つく……俺人間なんだけどなあ。
「お主、自分が普通の人間だと思ってるのか? わたしたちと互角に戦える時点で……もはや普通ではないのだぞ?」
ネヴァンは立ち止まると呆れたような顔で振り返って俺を見つめる……ぐるりと金色の瞳が回転して、少し考えるように俺の顔を見続けている。違う、俺はちゃんと人として生活しているじゃないか……。
「俺は自分が人間……いや人間だ、俺は」
急に不安感が心の中に湧き上がってくる……もしかしてネヴァンは俺の心に何かを仕掛けているのだろうか……彼女の金色の目を見続けることが辛くなり、俺は思わず目を逸らして大きく息を吐く。
だって俺は人を……アイヴィーやアドリアを愛せているじゃないか、人として俺のことを見てくれている。だけど……あの神を自称している影が言うように
『でも私ああいう存在になって欲しくない、まるで人ではないよう……』
あの夜にアドリアが本当に悲しそうな顔で告げたかったことは、もしかして既に人の道から外れた俺のことを心配していたからなのか? 心の中に強烈なまでの焦燥感と不安感が巻き起こる。
<<前回のアップデートを実施したことにより、セキュリティ上の問題から過去のバージョンへとダウングレードすることはできません>>
いきなり心の中に声が響く……いや、そう言うことを言っているのではなくて……。人ではなくなってきてると言う部分に不安を感じているのだけど……。
で、でも今世でこの声が聞こえるようになって……違和感なく聞いていたけど、これって人間から外れていることの証左になるのだろうか……それでもこの手に感じる人の温もりや、手触りは現実のものなのだ。
「自覚はあるようだな……ま、悩むといいだろう」
ネヴァンは不気味に歪んだ笑顔を浮かべて……再び歩き始める。俺は慌ててその後をついていくが……心がささくれだったように感じてうまく思考がまとまらない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「ぼうっとしてるなら置いていくぞ、迷っても助けんからな」
ネヴァンはカラカラと笑うと、石造りの廊下を歩いていく……俺は少しどうしたらいいかわからないという気持ちのまま、廊下を小走りにあるいて目の前の少女について歩いていく。
そんな二人を見て……トゥールインの守備兵たちはほっとした息を吐いて……呟いた。
「なんなんだ……あの二人は……人じゃないとかなんだとか話して……よほど気味が悪いぜ」
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