181 拷問と介抱
焼けて赤熱した鉄ゴテが目の前に突き出されると、俺の肌にジリジリとした熱が伝わる。
そしてそれを持っている拷問吏……初老の頭の少し薄くなった中年の男性は、品のない笑いを浮かべて見せびらかすように鉄ゴテを何度か振ると、疲労と痛みで反応しない俺にイラついたのか、ぺっと地面に唾を吐くと躊躇なく鉄ゴテを胸に押し当てる。
「うぎゃあああああああッ!」
肌が焼ける音と、嫌な匂いとそして凄まじい痛みで俺は悲鳴をあげて……なぜこうなったのかをぼうっとする頭で考えている。
数日前……レヴァリア戦士団の隊長、カイ・ラモン・ベラスコ男爵に降伏した後俺はトゥールイン近郊にある彼らの野営に連れて行かれていた。
残念ながら戦闘中に傭兵数人を魔法で殺していた俺は、傭兵たちの復讐を受けていた。鎖に繋がれ……当初は軽い暴行からスタートしていたのだが次第にエスカレートしていき、今では場所をトゥールインの城内にある地下室へと移し……拷問へとエスカレートしていた。
拷問吏は、俺の皮膚に張り付いた鉄ゴテを無理剥す……その痛みで俺が呻くとニヤリと笑って俺の顔を覗き込む。
「へへ……お前は俺たちの仲間を何人か殺してるからな……殺す前に楽しんでやるぜ……」
俺の顔を掴んで、軽く叩かれるが……もう既にそれ以上の痛みを胸に感じている俺は反応しない、というかできない。
「いっそ殺せよ……」
俺は呻くように呟く……もう耐えられない……仲間には悪いが、じわじわ継続的な苦痛と、苦しさをひたすらに与えられる毎日に……もう俺の気力が尽きかけていた。本当にごめん……楽にしてくれ……。
その言葉に男性が鉄ゴテを大きく振り上げて……俺に振るおうとした瞬間。
「あれ? なんでこいつを拷問しているんだ?」
能天気な声が響く……この声は、あの戦士カイ・ラモン・ベラスコ男爵の声か……俺は焦点もうまく合わない目で声の方向を見つめる……そこには先日戦ったあの戦士の顔が俺を見て驚いた顔をしている。
「お前ら……こいつは
「へ、へい」
カイは俺の頬をぐいっと掴んで再びじっと俺の様子を見て……まだ生きていることに安堵したのか、ため息をついて指示を飛ばして、俺に話しかける。
「ちょっと傷物になっちまったが、まあ大丈夫だろう……クリフ、助けてやるから待ってな」
その顔を見てこの状況から脱出できるとわかって、俺はそのまま暗闇の中へと落ちていく。
「あ……ここはどこだ……」
次に目を覚ますと俺は全く見覚えのない寝台の上に寝かされており……俺を心配そうに覗き込む、女性の顔……桃色の髪に金色の不気味な瞳の少女の顔が視界いっぱいに広がっていた。
「起きたな……久しいのぅ使徒よ」
その声に少しだけ聞き覚えがあった……三年前に俺が一度倒した
「お、お前は……ネヴァンか……」
「そうだ、お前に殺されたネヴァンだ……とは言っても今はこんな
ネヴァンはそういうと、枕元にあった緑色の液体の入った水差しから、軽く水をグラスに注ぐと、俺に飲ませる。液体は……何度か口にしたことのある治療効果のあるポーションだ。
「まだ無理はせんほうがいいぞ、拷問でお前の体力はほぼ尽きかけていた。
ネヴァンはくすくすと笑うと、金色のヤギのような目を回転させる……ああ、そうだこの不快な表情は、やはりネヴァンだ。ポーションの効果で俺は意識がはっきりとしてくる。
「い、いやなんでお前らが俺の治療を……」
起きあがろうとするが全身に鋭い痛みが走り、俺はうめきながら再びベッドに倒れ込む。そんな俺の様子を見て、ネヴァンはため息をつくと、再び俺をベッドに寝かせ直し……毛布をかける。
「人間は不便じゃの……痛みや死の恐怖を常に感じておるわけだ。体を治してから、説明してやる……もう一度言うが取って食わんので安心して眠るが良い」
ネヴァンは寝台横にあった椅子から降りると……何も言わずに部屋から出て扉を閉める。俺は混乱したまま……天井を見るが……煉瓦と木材を組み合わせて作られた天井から、ここはトゥールインのどこかの部屋なのだろう、とは予想できているが……なぜ敵である彼女たちが俺を治療しているのか……それが全くわからない。
「なんなんだ一体……」
少しの間俺は半分寝ているような、それでも覚醒しているような中途半端な状態でうとうとしていると、廊下からバタバタと走る音が聞こえて俺は目を覚ました。
すぐに扉が乱暴に開けられて……視界いっぱいに灰色の肌に、長い黒髪、そして白眼は漆黒、黒目がルビー色に輝く女性の顔が広がる。
「ア……アルピナ……」
俺は息を呑んで……その女性、一〇年立っても忘れていない、その不気味で美しい顔を見て呟く。その言葉にアルピナは満面の歪んだ笑みを浮かべ……口元からベロリと長い紫色の覗かせて舌なめずりをすると、そのまま俺の頬を両手で覆って、いきなり俺の唇を貪るように口づけをしてきた。
「はぁ……うむぅ……これを一〇年……一〇年待ったのよぉ……はぁ……」
無理矢理な口づけを、俺の口内を侵食していく長い舌に俺は咳き込んで、必死に抵抗する。それに気がついたアルピナは、少し不満そうな顔をして、ようやく俺を離した……俺は寝台の上に崩れ落ちて咳き込む。
アルピナの口元には俺のものと、彼女の唾液がこぼれており、ぬらぬらとした筋を作っており、それを残念そうに指でなぞって、ぐにゃりと歪んだ笑顔を再び浮かべている。
「ゲホッ……くそっ……なんなんだ一体……」
「いい男になって……私好みの男に調教したくなっちゃうわ……あなた私の
アルピナはニヤリと笑うと……枕を支えに俺の上半身を優しく起こして俺の頬を優しく撫でる……手触りは人間とさほど変わらないが、どことなく触れた部分が不快に感じるのは、俺が
「あー、いいかな?」
アルピナの後ろから聞き覚えのある声がかけられる……カイ・ラモン・ベラスコ男爵がアルピナのいきなりの行動に面食らいながら、頬を掻いていた。
カイは俺を部下が拷問していたことに気がつかなかったことや、戦闘行動後の処理で俺から目を離してしまったことを謝罪してきた。
「本意ではなかったが、結果的に君を殺すところであった、申し訳ない」
「いえ……こうして生きているので問題な……」
その謝罪の最中もアルピナはなぜか甲斐甲斐しく俺の世話をしていて……どうしてこんな高待遇になっているのか全くわからないまま話を聞いている。
「はい、クリフ……これを食べるのよ」
粥のような食べ物を木のスプーンに乗せて俺に勧めてくるアルピナ。正直言ってどうしてこうなった! と叫びたくなるくらいの状況ではあるのだが……上手くものが握れない俺は何度かの逡巡の後に思い切ってその食べ物を口に入れる。
「よく噛みなさい……そうそう立てるようになるまでは少し時間がかかるわ……」
味は少し薄いが、一応俺たちの食べれるものを用意しているのだ、というのがわかって安心して口に入れた粥を飲み込む……それを見て満足そうな顔を浮かべて、アルピナは次の粥をスプーンで掬って……再び口元に運ぶ。
今度は抵抗せずに粥を口に入れた俺を見て、アルピナは満足そうな、とても歪んだ笑みを浮かべると俺に囁く。
「クリフ・ネヴィル……動けるようになったら一度話をしましょう、大事な、大事な話をね」
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