177 帝国軍傭兵部隊(マーセナリーズ)
「じゃあみんな行ってくるよ」
帝国軍に従軍してトゥールインの様子を見にいくとセプティムさんに伝えると、セプティムさんは急ぎ帝国傭兵部隊への編入手続きを行なってくれ、帝国軍の出立に間に合うことができた。
「クリフ……一応私も
アイヴィーが本当に心配そうな顔で、俺の着ているローブやら鎧の立て付けなどを確認している。そんな彼女を見て……セプティムが感心したような顔をしている。
「クリフの親御さんみたいな行動だな……」
「アイヴィーの言う通りですよ、私やヒルダ、ロランは後方支援の補給所にいますけど……戦場からかなり離れるそうなので、助けに行くのが難しいかもしれません。危ないと思ったらすぐ逃げてくださいね」
アドリアも俺の首元の紐を閉めたり緩めたり、なんだか落ち着いていないような顔をしている。
「俺も一緒に行きたかったが……ロスティラフ、我らがリーダーを任せたぞ」
ロランの言葉にロスティラフが頷く。
今回
傭兵部隊内にも女性はいるが、荒くれ者の中にいても動じない胆力が必要という話と、貴族令嬢というだけでろくな事をしないものも存在しているとかで、避けた方がいいという話だった。
アドリアとヒルダ、そして彼女たちの護衛としてロランは帝都付近に残ることになった。というのも、戦場に女性をあまり連れていくのはどうか、という意見があったり、帝都近くに野営を作るのでそこで治療などに当たってほしい、という依頼があったからで、それでもロランという護衛がいないと何が起きるかわからないという説明をされて、アドリアとヒルダは少し困った顔をしている。
「本音を言うなら独立した部隊として君達を迎えるのが筋だろうが……帝国軍内において私は自分の指揮する部隊以外の指揮権限がなくてな……」
セプティムさんは少し申し訳なさそうな顔で、俺に頭を下げる。今回トゥールインへと向かう帝国軍先陣は、トーマス・マコケール将軍が指揮する三〇〇〇名の中央軍だと話しており、このトーマス将軍の意向にはセプティムさんも逆らえないのだとか……むしろトーマス将軍はセプティムの依頼を快く受け入れて、短時間でできる手をきちんと打ってくれた、と言う認識だな。
「いえ、トゥールインに行くというのは僕のわがままなので……ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
俺はセプティムさんに頭を下げると、みんなと別れを告げてロスティラフと共に傭兵部隊の溜まり場へと移動していく。ロスティラフがいるとはいえ、こういった行動を取るのは本当に久しぶりだな……と思う。
「クリフ……私を同行させるのは意味があったのですか?」
ロスティラフは歩きながら少し考えるような仕草で俺に問いかける。傭兵として動いたことのあるロランを同行させる方が本来は良いのだろうけど、俺はロスティラフの打ち明けた話を聞いて、彼を連れていかなければいけないと思っていた。
「カマラと会うのであれば……君がいないとダメだろ? ただ、もし俺に何かがあったらアイヴィーを連れて戦場から逃げてほしいんだ」
「そ、それは……、いや承知しました。私が責任を持ってアイヴィー殿を戦場から逃がします」
傭兵部隊の溜まり場……と説明されていた野営は、帝国軍の野営とは少し違って活気のある声が響いていた。というのも、傭兵たちは個々人で参加しているものが多いのに加え、喧嘩や賭け事などに熱中しているものが多く、今その真っ最中だったからだ。どこから入ってきたのか、娼婦の姿も見える……軍紀ってのが完全に崩壊しているような気もするが、事前に説明されていたテントへと向かう……とその前にスッと足が突き出される。
「……おう、新入り……お前見ねえ顔だな、それと
見ると、足を突き出している傭兵は……いかにも悪役! といった面構えの男性で、頭は少し薄くなっているが茶色い髪が丁寧に整えられている。
男性の顔は抜け目のなさそうな細い目をしているのが印象的で、油断なくその目で俺を見ている。彼は腰に
「今日から傭兵部隊に加入することになったんですよ、冒険者でして……」
俺は足の届かない範囲へと移動して通り過ぎようとするが、それとは別の方向からスッと足が伸ばされ……俺は思わずその足の主に目をやる。
「冒険者ねえ……随分と若いじゃないか。ベッテガ兄、こいつ戦えると思うかい?」
その足の主は……女性だった。それもとても野生味があるが、その野生味を美しいと思える風格のようなものが備わっている……この辺りの人種ではなく、どこらかというと北方の国出身な気がする。明るい茶色の髪に、紫色の瞳を持っており先ほどの小柄なベッテガ兄と呼ばれた男性と同じくかなり使い古された
スタイルは恐ろしく良く、鎧越しでもその滑らかな体のラインと、鎧の隙間から覗く白い太ももがとても艶かしい。
「どうだろ、カレンはどう思う?」
「こいつ杖なんか持ってるんだぜ、どうせヤワな魔法使いか何かだろ。後ろの
カレンと呼ばれた女性は地面にペッと唾を吐くと、俺の顔をジロジロと眺め始める。なんていうか……好きになれそうにない人種だ。ロスティラフは困ったように俺の顔と、カレンの顔を交互に見ている。
「あの、特に用がなければ僕は行ってもいいですかね?」
その言葉に、馬鹿にしたような表情を浮かべて……カレンは俺の肩をどん、と叩く。その余りの力に俺が思わずよろけると、その様子を見てカレンは大きく笑う。
「行ってもいいよひよっ子、戦場でママを探しても迎えに来ちゃくれないぜ」
全く……傭兵ってやつは……。俺はローブについた埃を払うと黙ってロスティラフを手招きしてテントへと向かう。その跡をロスティラフが黙ってついてくるが、彼の顔は少し怒りを感じさせる表情になっており、そのままにしていくと暴発しそうだったな。
「失礼な輩でしたな……」
「傭兵だしね、仕方ないよ」
俺は気にした様子もないというふうに流すが……ちょっとだけ気になってた。というのもカレンの顔が……傭兵稼業をしている人間にしては少し綺麗すぎるような気もしたからだ。あ、あとかなり美人なのでってのもあるが、なんだろう……平民の女性のように見えなかったのだ。
「まさかね……」
俺は少し疑問を感じながらも、明日からの荒くれた傭兵部隊での生活を思い……少し憂鬱とした気分になっていた。
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