178 傭兵の経験値

 俺たちが配属された帝国傭兵部隊は五〇〇名ほどの小集団であり、装備も練度もバラバラの混成歩兵部隊だった。


 はっきり言えば……正規の帝国軍よりも実戦経験が多いだけの烏合の衆と行っても良い。その証拠にこの傭兵部隊を指揮する隊長は帝国の下級貴族の子弟で、ヤコボ・リージという取り巻きだけは多い経験の少なそうな若者だった。

「全く、金のためとはいえあんな若造の下とはな」

 隣にいたベッテガがぼやく……それに反応して俺の近くにいたカレンが笑う。

「本当だよ……帝国は金払いが良くてよかったんだけどねえ、指揮官だけはどうも運がなかったね」


「それで……なんであなたたちは僕のそばにいるんでしょうか……」

 俺の両隣にベッテガとカレンが歩いているという状況に、俺は少し困惑する。その顔を見てベッテガがニヤリと笑う。

「お前が魔法使いだからだ。いざという時にお前を盾にできるし、そこの竜人族ドラゴニュートはかなり腕が立ちそうだからな。他の傭兵どもは博打と女しか興味がない無能揃いだからな、少しでも自分が生き残れる方法を模索しているんだよ」

 ベッテガの顔は俺を小馬鹿にしたような風でもあり、それでいて少しでも生存確率を上げたいという希望も込めたもののように見える。


 他の傭兵たちの方を見ると、どうも士気は高くないようで各々が行軍しながら、他のことを考えているような……とてもまとまりに欠ける行動をしているものも多い。

 そんな傭兵たちの様子を見て……隊長のヤコボは辟易したような顔で取り巻きと話しながら馬を進めている。どうもあの隊長と取り巻きたちを信じるのはまずい、そんな空気感をひしひしと感じる。


「ま、あんたに助けられるようなことが起きないことを祈ってるよ」

 カレンが俺の肩をバシン! と叩いて笑う。昨日あんなことをしてきたのに、急にこういう態度を取られるとどうしていいのか少し悩むな。ロスティラフが二人が少し離れたのを見て俺に近づき……耳打ちをする。

「口は悪いですが、どうもあの二人は傭兵としての経験値は恐ろしく高そうですな。協力し合えれば生き残れるかもしれません。あまり好きになれない輩ではありますがね」

 ま、同意だな……俺たちを交えた傭兵部隊は、少し日の高くなってきたなか、トゥールインへの道を前進していく。帝国軍本隊にはセプティムさんとアイヴィーがいる……しかし分散しての行軍となったため、現状では彼女たちの姿を見ることはできない。

「あっちは大丈夫なのかねえ……」




 セプティム・フィネル子爵とアイヴィー・カスバートソンは馬に乗って、帝国軍本隊三〇〇〇名の中にいた。剣聖ソードマスターとその女弟子がいるということで、アイヴィーは常に好奇の目に晒され続けており、その痛いほど集まってくる視線に彼女は内心辟易していた。


 まあそれも仕方のないことで、帝国軍には女性兵士もいるが、基本的に後方支援部隊にしか配属されない。アドリアやヒルダが後方支援部隊への配置を決定されたのが通例で、アイヴィーのように補佐官として前線に出てくる女性はそう多くない。しかも彼女は冒険者としても名高く、金髪の剣姫とまで呼ばれていると噂が広まれば、そういう目で見たくもなるだろう。そして彼女は女性としても、とても美しく魅力的でもあるため注目を集めてしまっているのだ。

「ま、前線に出てきたらそんなものだろうな……ベアトリスと軍にいた頃も彼女が苦情を訴えていたよ」


 セプティムが苦笑いを浮かべて……アイヴィーを宥める。

師匠せんせい……私冒険者でよかった、と思いますよ、本当に」

 アイヴィーは少し膨れたような顔で、セプティムに告げると彼はくすくす笑って……アイヴィーの肩をポンと叩く。

「まあ、そういうな。兵士たちは皆不安なんだ。少しでも気を紛らわせたいと思うものも多いからね……ま、戦争が終わるまでの辛抱だ」


 とはいえ……子供の頃から知っているが、本当に美しくなったな、とセプティムは内心感心する。子供の頃は少し気の強そうな少女でしかなかったが、さまざまな経験や挫折を経て顔つきも良くなったと思う。クリフという愛するものがいることも彼女を大きく成長させ、魅力的に見せているのかもしれない。

「そういえばベアトリスとあったのだろう? 子供も見たかな?」


「はい、奥様お美しくなられていましたね。お子さんも大きくなられて……」

 アイヴィーは笑顔でその時の記憶を楽しむような表情を浮かべている……その笑顔に、近くにいた兵士たちが少し見惚れるような顔をしている。喉が渇いたのか、アイヴィーは鞍にさしていた水筒を取り出すと軽く口に含む。

「……君はクリフとの間に子供は作らんのか?」

 唐突なセプティムの質問に口に入れていた水を吹き出しそうになって咳き込むアイヴィー……顔を真っ赤にして、セプティムを見るが、彼自身はなんで驚いているんだ? と言わんばかりにきょとんとしている。

「せ……師匠せんせい何を言い出しているんですか?!」


「あ、いや? 子供の頃君はベアトリスに母親になることの良さを聞いていたではないか。だからクリフとの子供が欲しいのではないか? と思っただけだが、何か変なことを聞いたか?」

 アイヴィーはその言葉で、かなり昔ベアトリスに愛する男性と一緒にいるのはどういう気持ちなのか? ちょうど妊娠していた彼女へと母親になることの気持ちなどを聞いていたりしていたのを思い出した。

「そ、そう言えばそうでしたね……忘れていました。本音を言うならすぐに欲しいと思っていますが……少しすれ違うこともあるようでして」


 アイヴィーは少し寂しそうな顔で……先日の怯えたような目をしていたクリフ、明らかに悪戯を見つかることを怖がっている子供のような顔を思い出して、ため息をついて下を向いてしまう。その寂しそうな顔を見て、セプティムは何かあったことを理解すると、それ以上は何も言わずに黙っていることにした。

 アイヴィーは誰にも聞かれないようにボソリと呟く。

「どうしたら、分かり合えるのかしらね……」

 アイヴィーはそっと空を見上げる……その美しい金髪がゆらりと揺れて、兵士たちが驚いたような顔で彼女を見る。何か物憂げなその表情が兵士たちの心を掴んでやまない。


 金髪の剣姫、の名前が伊達ではないと思わせるそんな、神々しさを感じさせて……彼女は馬上で嘆息するのだった。

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