176 法螺吹き男爵(ベトレイヤル)
「そろそろ帝国軍による攻勢が始まるであろうな」
クラウディオはトゥールイン守備隊への教練を終えて、アルピナがワインを楽しんでいる横に置かれた椅子にどかりと腰を下ろす。その不作法さに眉を顰めたアルピナだが、黙って彼にワインの入ったグラスを差し出す。
「全く……貴方はもう少し貴族らしくしなさいな、
「はっ……セプティムの過去を知っていればそんな言葉なんか出ないさ」
クラウディオは笑いながらグラスからワインを飲み干すと、アルピナからワインの瓶を引ったくるように奪うと、手酌でワインを注いでいく。
「無粋な……ところでカマラよ、あの坊やたちはここに来るでしょうね?」
アルピナが視線を移すと、そこにはカマラが椅子に座って……みずみずしいフルーツを頬張っているところだった。カマラはバツが悪そうに食べかけのフルーツを皿に戻すと口を開く。
「来ると思うよ、使徒……クリフっていうんだっけ、私を見ても戦意を失っていなかったから、あれは殺し甲斐がある……」
「私が十分楽しんでからにしてね、カマラ。あの子が子供の時はそれはもう可愛かったのよ……」
アルピナがぐにゃり、と大きく歪んだ笑顔を見せる……そう、そうだ。あの時油断もあったが、たった八歳程度の子供があれだけの魔力を発揮して戦ったのだ。彼に後頭部を撃ち抜かれた時の痛み……顔半分を吹き飛ばされた時の屈辱はまだ忘れていない。
「次は私がなぶってあげるわぁ……楽しみよぉ……」
クラウディオはアルピナのそんな顔を見ながら、馬鹿にしたかのような失笑をこぼすと……どうやって帝国軍を撃退するのかを考え始める。
トゥールイン守備隊はラプラス家への忠誠心は見事なものだが、練度がいまいち高くない。正直言えば百戦錬磨の帝国軍相手にはなかなか厳しいものがあるだろう。
やはり主力としてはカマラの連れてきている魔獣が中心になるだろう……あとは先日契約を結んだ西方の傭兵騎士団が主力となるはずだ。
「おお、こちらにいましたか」
彼は磨き抜かれた
急に現れたカイを警戒をするアルピナとカマラを手で制して……クラウディオは椅子から立ち上がり、カイへと相対する。
「どうされたかな……もう部隊ごと到着された、ということか?」
「レヴァリア戦士団二〇〇〇名、トゥールイン城外にて野営の準備を進めております」
カイは恭しくクラウディオへと礼をすると、顔をあげてニヤリと笑う。そんな彼の様子を見ていたアルピナとカマラに、クラウディオが説明を始める。
「カイ殿は西方の傭兵団を束ねている戦士でな、今回ラプラス家に雇われてもらった……腕は保証する」
「お二人も
こともなげにニコニコ笑いながらアルピナとカマラへと挨拶をするカイ。そして二人はどうしてこいつは普通にしているのだ? という訝しげな表情を浮かべている。
「ああ、お二人を見ても怖がらない、のが不思議ですかな? 私どもレヴァリア戦士団は報酬と強敵さえ与えていただければ使える主人を選ぶことはしないのですよ」
アルピナはそこで気がついた、レヴァリア戦士団……西方で一大勢力を誇る傭兵団で、高額の報酬を支払えば昨日までの雇い主を裏切って、別の雇い主につくことも辞さないという悪名高い傭兵団だ。ただしその戦闘能力は折り紙付きで、味方にすれば必ず勝利を呼び込むとすら言われている。
その中でも折り紙付きの厄介な戦士がいる……それがベラスコ男爵、目の前に立つ男。剣の腕は
「ああ、
「そうですな、雇い主の皆様にはそのような
カイはくすくす笑うと、二人へと大袈裟な、時代がかった礼をする……芝居のようなその仕草に、アルピナは辟易しつつもこの傭兵団を味方に引き入れたことは大きいと感じていた。
「二〇〇〇名ということだが、それ以上は集まらなかったのか?」
クラウディオが不満そうな顔で、カイへと訪ねる……その言葉に笑顔を浮かべながら……カイは答える。
「申し訳ございません、クラウディオ様。私の部隊以外は西方で
「トゥールインに新たな一団が到着したらしい。旗印を見るに、レヴァリア戦士団のようだ」
帝国軍の将軍であるトーマス・マコケールが居並ぶ士官を前に状況の悪化を伝える……トーマスは帝国軍の将軍として……実戦経験の乏しさを感じている。
帝国軍はここ五〇年間戦争という戦争を経験していない、トーマスも家格で将軍になったいわゆる新世代の将軍の一人だ。盗賊や山賊の撃退などでは功績を残しているが、大規模な会戦は経験がなく……将兵たちだけでなく士官も不安げな顔を浮かべている有様だ。
「レヴァリア戦士団か……現在進行形で戦争に参加している筋金入りの傭兵団だな」
列席する士官に混ざって、地図を眺めていたセプティムは顎に手を当てて考える……今回招集できた帝国軍は中央の軍隊のみで、実戦参加は五〇年どころか、一〇〇年近くまともな戦争に参加していない軍団が多い。
それに対するレヴァリア戦士団は二〇〇年以上さまざまな紛争に介入し続けている筋金入りの戦争狂の集団だ。このままレヴァリア戦士団と当たることを考えると……正直いうなら恐ろしい結果が待っているとしか思えない。
「
士官の一人が不安そうな顔を浮かべたまま、セプティムに問う。笑いながらセプティムは、その士官に語りかける。
「負ける戦は私もしたくはないな……絶対に勝てる戦争などというのは幻想に過ぎないが、我々は帝国を守るという使命を背負っている、負けるわけには行かんだろう」
問いかけた士官の肩をぽん、と叩くとセプティムはそのまま軍議の間を出ていく……
陣幕を開けて外に出るとセプティムは歩きながらため息をついて、独り言を呟く。
「古来より確実に勝てる戦などは存在しないが……それでも勝たねば次がないな……」
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