175 ベアトリス・アリアス・フィネル

「クリフ……こんなに大きくなって……あの頃は可愛かったけど、今は守るもののある男性の顔になりましたね」


 俺は今仲間の前で、藍色の髪に深い海のような色をした目の半森人族ハーフエルフの美しい女性に頭を抱えられて抱き締められている。

 深い海のような目はとても潤んでおり……一見すると俺が泣かしたようにも見えるかもだが、実際にはそうではなく、彼女の名前はベアトリス・アリアス・フィネル子爵夫人。

 つまり俺が子供の頃に憧れを抱いたセプティムさんと一緒にいた冒険者の一人で……俺に初めての魔法を教えてくれた、大事な師匠だ。


「ベアトリスさん、僕ももう子供ではないのですが……恥ずかしいですよ……」

 そんな言葉にクスッと笑うと、ベアトリスさんは子供の頭を撫でるように、優しく俺の頭を撫でると再び抱きしめる。

「私やセプティムにとってはあなたは子供みたいなものですよ、私より背が高くなってもいつまでもね」

 彼女の匂いを一〇年ぶりくらいに感じて、俺は少しノスタルジーな気分に浸り……彼女のなすがままになっている。そんな俺の様子を見て、アイヴィーとアドリアは少し不機嫌そうな顔をしているものの、セプティムから経緯を聞いて黙ってこちらを見ている。


 ベアトリスさんはあの頃からほとんど年が変わっていない気がする……あの頃で一六歳くらいの女性に見えたが、今でも二〇歳くらい……つまりそれほど変化がないのだ。彼女はアイヴィーやアドリアの視線に気がつくと……ようやく俺を離して頭を下げる。

「ごめんなさいね……アイヴィー、それと夫から聞いているけどご学友のアドリアさんでしたっけ。懐かしくなってしまって」

「いえいえ、奥様お久しぶりです」

「初めまして奥様、アドリアーネ・インテルレンギと申します」

 アイヴィーが少し頬を染めて……ベアトリスに挨拶をしたのを見て、アドリアも慌てて頭を下げる。そんな二人に微笑むと、さらに固まっていたロランとロスティラフ、そしてヒルダへと順番に挨拶をしていくベアトリスさん。

 ロランとヒルダは、彼女のあまりの美しさに驚いたような顔をしている……そりゃそうだろう、アイヴィーやアドリアも美しい顔立ちだが、ベアトリスさんは彫刻のように整った顔立ちで、今まで生きてきても彼女ほど整った顔の女性は少ないと思う。


「セプティム……夫が戦いの準備で忙しいので、私が代理で皆様と一緒にいることになりました。よろしくお願いしますね」

 ベアトリスさんがニコニコ笑いながら、皆を椅子へと座るように勧める……その彼女の後ろに隠れるように、藍色の髪の小さな男の子が顔を見せている。

 俺の視線に気がつくと……すぐにベアトリスさんのスカートの後ろへと隠れてしまう。何歳だろう……六歳くらいだろうか? 顔立ちは……どことなくセプティムさんに似ているような気がするが、耳は……少し尖っている部分はあるが人間の耳のように見える。

「この子は私とセプティムの息子です……坊や、あいさつなさい」


 おずおずとベアトリスさんの前に出ると……少し泣きそうな顔で、俺たちを見ながら……不安そうな顔で口を開く。

「バジル・サティ・フィネルです……こんにちは」

 バジルは緊張したまま、貴族風の礼をすると再びベアトリスさんのスカートの後ろに隠れてしまう。そんな彼を見てヒルダとアドリアが『かわいいー!』と言わんばかりの顔をしている。

「バジルは少し恥ずかしがり屋で……夫の子供時代とは全然違うんですよ」


 ベアトリスさんは笑いながら、息子バジルの頭を撫でる。そうか……やっぱりこの人も母親になったんだな、と思う柔らかくて、優しい笑顔だ。俺の母であるリリアを思い出してしまう。そんな中アイヴィーが、バジルに優しく微笑みながら手を出す。

「こんにちはバジル様……アイヴィー・カスバートソンです。お父上には大変お世話になっております」

 アイヴィーの赤い眼を見て、おお! という顔をするバジル。

「赤い……お姉さんは皇族なのですか?」

 ああ、そうか紅の大帝クリムゾンエンペラーも言っていたが……皇族の血が少しでも入ると隔世遺伝やら、先祖返りやらで赤い眼の人物が生まれるとかだっけ。帝国人からするとちょっと違った扱いになるのだとかで。

「いえ、私の家に昔皇帝陛下の親族が嫁がれたそうです。私は何代目かの先祖返りになったようで」


「そうなんですね! でも、とても綺麗です」

 バジルは目を輝かせて、アイヴィーに抱きつく。ちょ、ちょっとアイヴィーは僕の恋人でしてぇ、子供とはいえ男性が抱きつくのは勘弁してほしいんですがぁ! そんな俺の非難の目に気がつき、アイヴィーが呆れたような顔をしてから……バジルの頭を優しく撫でる。

「クリフ……相手は子供なのよ? そういう顔しないの」

「は、はい」


 しょんぼりしているとベアトリスさんが俺たちを見てくすくす笑っている。

「仲良いのね、アイヴィーの恋人がクリフでよかったわ。私の知っている二人が仲良くいてくれるのはとても幸せなの」

 その言葉に少しアイヴィーが恥ずかしそうな顔を浮かべてるも、すぐに笑顔になって頷く。

「私、クリフと一緒にいられて幸せです……アドリアもクリフの恋人ですが仲良くしています」

 その言葉に少し驚いたような顔をしたベアトリスさんだが……すぐに納得したような表情を浮かべる。うん? なぜそんな納得したような顔を……。

「そうなのねアドリアさん、クリフをよろしくお願いしますね」

 急に頭を下げたベアトリスさんに戸惑うような顔をしていたアドリアだったが、頬を赤くしながら改めて挨拶をしている。


 バジルがアドリアの顔をまじまじと見つめて……耳を指差す。

「お母様、このお姉さんも耳がお母様みたいですね」

「そうね、半森人族ハーフエルフ森人族エルフのような耳をしているのよ、貴方にも私の血が流れているけど、アドリアさんほどではないわね」

「そうなのですね、アドリア様よろしくお願いします!」

 バジルは目を輝かせながら、アドリアに抱きつく……俺はプルプルしながら、バジルがアドリアの控えめな胸に顔を埋めているのを見ている。そんな俺の顔を見てロランやヒルダが苦笑いを浮かべている。


「クリフ、この後はどうするのですか? 帝国は内戦になると思いますから、早めに離れた方が良いと思うのですよ」

 ベアトリスさんが皆にお茶とお菓子を勧めてくれた後、開口一番はっきりと内戦について口に出した……まあ俺たちも皇帝陛下の言葉から、この後内戦に突入するのだとは思っていたのでそれほど違和感はないが、改めて口にすると、その内戦、という言葉には緊張感が走る。


「ベアトリスさん、内戦は長く続くと思いますか?」

 俺の問いに、首を横に振るベアトリスさん。まあそうだろう……色々な人の話を聞いている限りでは、帝国全軍とトゥールイン軍では数に差がありすぎる。

「トゥールインは確かに交通の要所ではあるのですが、軍事力という意味では帝国の主力軍には太刀打ちできるだけの戦力はありません。ただ、それでもなお挙兵したというのには裏があるのではないか? と思います」


 そうだろうな……混沌の戦士ケイオスウォリアーがトゥールインに来いと言ったのはそこで戦うために待っている、という意味でもあったのだろう、そこに彼らが待っているとなれば俺たちは行かなければいけない、と思っている。

 ベアトリスさんはかなり迷った末に、真剣な顔で俺に驚愕の事実を伝えた。


「夫は……交渉に赴いた際に、アルピナが出てきたと話していました。混沌ケイオスの眷属が彼らの味方をしているのであれば、そう簡単に内戦は終わらないかもしれません」

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