170 報酬の特記事項

 紅の大帝クリムゾンエンペラーとの面会が終わり……彼から俺が受け取った報酬は、俺が希望するときには帝国貴族としていつでも迎え入れられる、という実にどうでもいい報酬だった。


「お前が欲しいのは事実だ。だから報酬はこういうものにしてやろうと決めていた。ついでにお前が困る顔も少し見てみたかった」

 というのが紅の大帝クリムゾンエンペラーの答えだった。実際すごく困った、というのも『アイヴィー・カスバートソンを正妻にした際にこの効力が発行される』という予備事項がついていたからだ。初めてみた場合は三回くらいその追記事項を読み直して……何度も悩み、考えつつ最終的に目の前で意地悪く笑っている紅の大帝クリムゾンエンペラーに尋ねることにした。

「あの……この追記事項は一体なんでしょうか?」


 紅の大帝クリムゾンエンペラーは俺が非常に困った顔をしているのをみて、少し嬉しそうな目をする。

「基本的に帝国貴族……特に私の血縁に近い貴族は他国人との血の交わりを認めておらん。紅の眼クリムゾンアイと呼んでいるが、血縁貴族にしか顕現しない特殊な能力なのだ。だがお前が望むのであれば、あの娘を娶ることを私の名において許す。受ける受けないだけでなく、そういう意味もあるのだ。お前とあの娘は……そういう関係なのだろう?」

 なんかそう他人から言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいな、その事実。いや、でも俺はアイヴィーを正妻にすると明言したことはないし、結婚自体も真剣に考えたことがなかった。

 アイヴィーは寝物語のときに将来どういうふうになりたい、とか子供の頃から母親になりたいとは思ってた、とは言ってたけど……俺はあんまり真剣に取り合ってなくて、怒られたこともあるくらいだ。

 前世で俺は独身だったし、結婚するというのがどういうことになるのかを想像できていないから……なんと答えていいのかわからないのだ。

「結婚か……」

 俺は思わず小声で呟く……その声を聞き逃さなかったのか、目の前の悪戯好きな皇帝陛下はニヤリと笑って俺に囁くような仕草をして語りかける。

「上下関係ははっきりさせたほうが良いぞ、お前はどうも尻に轢かれるタイプに見えるのでな」

 その言葉に頬が熱くなる……くそう、先程までの真面目な雰囲気はどこへ行ったんだよ、この皇帝陛下は!


 それはさておき、俺は皇帝の問いに答えられなかった。なぜならまだ勇者ヒーローでも魔王ハイロードでもない単なるクリフ・ネヴィルだからだ。俺は能動的に混沌の戦士ケイオスウォリアーと戦っているわけではない、どちらかというと巻き込まれてきた立場だと思っている。


『まだわからないです、俺は……いや私はこの世界になんのためにいるのか? これから知っていくのだと思っています』


 これが俺の答えだった。その答えでも皇帝は怒りもせず、驚きもせずにただ頷いただけだった。多分、彼もその場で答えを出すとは思ってなかったのだろう。

「それで良い、私も自分の存在意義をハッキリと認識したのはかなり経ってからだ。問い悩み後悔し……お前の道を見つけるが良い」

 思ってたよりも優しかったな、魔王ハイロード様は……目の前で意地悪な顔をしていて、とても全力でなぐりたい気分ではあるが。あー、むかつくなこの陛下、ジト目で俺は皇帝陛下を見つめるが、当の本人はそんな視線などどこ吹く風かのようににやにやと笑っているだけだった。




 俺が部屋に戻ると……心配そうに俺を待っていた仲間の顔が一気に明るくなる。

「クリフ、随分遅いから心配したのよ、あ、ちょっと……」

 アイヴィーが俺に駆け寄る……ちょっと甘いような香水の匂いもするが、安心する彼女の匂い。先程までの会話の流れを思い出して、なんとなく切なくなって思わずそのまま彼女をぎゅっと抱きしめる。少し驚いていたものの俺の気持ちが伝わったのか、彼女もそっと目を閉じて俺に抱きしめられたままになっている。みんなの前で、少しの間何も話さずにそのままの状態が続く。


「はいはい、他でやってくださいね」

 流石に見てられなくなったのか、アドリアが不満そうな顔で俺とアイヴィーを手を使ってぐいと離れさせる。

「あ、ごめん。ちょっと皇帝陛下と色々話してたもので……」

「陛下の客人の皆様、失礼する」

 セプティムさんが待合室へとやってきて……俺を見ると、そのままつかつかと歩いてきて……力強く俺を抱き寄せる。え、なんですかこの流れ。ちょっと僕そういうの苦手なんですけど。

「あ、ちょっとセプティムさん?」


「久しぶりだな、クリフ。大きくなって……アイヴィーも綺麗になったな」

 セプティムさんは少し……年を重ねて目がやさしくなっただろうか。三年前にあった時も髭を生やしていたが、少し密度が増えている気もするし……アイヴィーはセプティムさんが手招きすると少し恥ずかしそうな顔をしながら、俺と一緒に彼の腕の中に収まる。

「君たちの記憶がまだ子供の時のようでね、こうしているとちょっと嬉しいんだよ」

 セプティムさんが俺たちを離すとアイヴィーの頭を撫でて笑う。その仕草に少し恥じらうも、懐かしくなったのかアイヴィーは嬉しそうに笑っている。


「君は、あの時クリフたちと一緒にいた娘……アドリアだな。君も綺麗になったな」

 セプティムさんはアドリアに笑いかけると、アドリアは急に顔を真っ赤にして……恥ずかしかったのか下を向いてしまう。そんな彼女の様子を見て再び笑うと、彼はロラン、ロスティラフ、そしてヒルダへと頭を下げる

「先ほどは護衛という立場上挨拶もせずにすまなかった、私はセプティム・フィネル。アイヴィーの剣の師匠だ。クリフはまだ小さい頃にあっていて、それからの付き合いだ。二人を守ってくれて本当に感謝する」


 そんな彼の様子を見て逆に三人が慌て始める。それはそうだろう、この人は本物の剣聖ソードマスターにして、帝国貴族なのだ。身分的にも、頭を下げるような立場の人間ではない。

「特にヒルデガルド殿には大変なご無礼をいたしました。お許しいただけますでしょうか?」


 ヒルダに……とても丁寧に頭を下げるセプティムさん。その姿を見てこの人はヒルダの秘密を知ったのだな、と俺たち全員が理解した。

「いえ、私も感情的になり皇帝陛下に大変な無礼を働きました……殺されても文句は言えない状況です」

 ヒルダの言葉に、俺は少し背筋が寒くなった。何したの、ねえこの子何したの!? そんな俺の心配をよそにセプティムはその言葉に笑う。

「問題ございません、陛下はあなたの身の安全を保証すると申しておりました。帝国の賓客として栄光ある身分の方をお招きできることは僥倖でございます」


 セプティムは儀礼に則った礼をヒルダに対して行い……そして皆を再びみまわすと笑顔を見せる。


「さて、この後皆さんを晩餐会へと招待することになっています。帝国の料理を楽しんで行ってください」

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